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2.婚約破棄(できませんでした)
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私が、聖騎士であるサフィード様の婚約者になったのは、「黒の魔女の娘」だったからだ。
闇魔法しか使えない。そして、群を抜いて強大な魔力を持つ。
それが、「黒の魔女の娘」と呼ばれる者の条件だ。
何でも、もともと上級の闇魔法は女性しか使えないものらしい。それが私は「禁域」と呼ばれるレベルまで行使できた。
「『黒の魔女の娘』ディルティーナには、国による庇護と、婚姻を保証する」
私が13歳のとき、王都からやってきた役人が重々しく伝えてきた。闇魔法=直ちに悪、というわけではないから、殺されることはないけれど、やっぱり監視が付く、ということだろう。そして、強力な魔力は引き継がせるのに値する、と考えられているらしい。
自分の置かれた境遇が、頭では理解できるけれど、心は締め付けられて萎縮していく気がした。でも、地方貴族の娘で、何事も程々に、波風立てないように生きてきた私が、否を言える話ではない。受け入れる他ないのだ。
しかし。
「こんにちは、ディルティーナ。私が貴方の婚約者ですよ。どうぞ宜しくお願いしますね」
輝くプラチナブロンド。瑕疵一つない白く滑らかな肌。長身を覆う純白のマントには、聖騎士の青い十字。私の目の前で、身を屈めて優雅な礼を取っている青年の姿を見ながら、私は心底戦慄していた。
「あなたは……聖騎士のサフィード様ですよね」
「おや、私のことをご存知でいらしたのですね」
「有名な方でいらっしゃるので」
「それは光栄です」
澄み切った淡色の目が、微笑みに煌めいて私を見つめる。しかし、私は騙されてはいなかった。
強い魔力を持った人間の宿命として、私には目の前にいる人の素質、属性、蓄えている力などがある程度「視える」。しかも、この聖騎士様は、凄まじい神聖魔法のオーラを漂わせている。隠すつもりもないらしい。はっきりと読めた。
聖なる死の執行者、と。
怖い。怖すぎる。どれだけ聖なる死、つまり神聖魔法で殺戮をしてきたという意味だが、それを繰り返したら、間違えようもなく魂に刻まれた称号が浮かんでしまうというのだろう。業が深すぎる。
しかも、私を「いざとなったら消し去ってもいい相手」としてしか見ていないのがまざまざと伝わってくる。柔らかな微笑み、まっすぐに伸びた背筋の上から、完璧な造作を描く美貌が私を見ているが、その眼に浮かんでいるものは「無」に近い。
(この人の傍にいたら、恐怖でどうかなってしまう)
この人と夫婦? この人と子作り? 無理だ。
逆らう気はない。私は命知らずじゃないからだ。しかし、死にたくない。
(逃げよう)
そう決意した私は、とにかく闇魔法の研究に没頭した。正確に言えば、「闇魔法封じ」だ。国が私の魔力を問題視するなら、それを自ら封じてしまえばいい。もしくは、私の中から消し去ってしまうか。
三年間。三年かかって、私は自分の中の魔力を抽出し、魔導具に封じて、王城に提出した。数ヶ月かけて検証が行われ、問題がなければ、私は監視を解かれ、聖騎士様との婚約は無かったことになる。……そう考えて、後は待ち続けるだけ、だったのだが。
二ヶ月後、私のもとにやってきたのは、サフィード様ご本人だった。
「……驚きましたね」
薄い唇は笑みを浮かべていたが、私は身体の震えが止まらなかった。
この人の笑みには様々な意味合いがあるのだと知ったのは、この時だ。
「私は、貴方との結婚を楽しみにしていたんですよ。貴方も、嫌とは仰らなかったでしょう? まさか、一言も私に相談無く、あっさり捨て去ろうとされるとは。おかしな話ですね、愛しいディルティーナ? ……あいにく、全く笑えませんが」
そう言いながら、その唇は曲線を描いて吊り上がる。
(ひゃあぁぁぁぁ)
じんわりと、冷たい汗が滲んだ。
やってしまった。間違えてしまった。この場で、「あなたこそ、この結婚が不本意だったのでは」などと言ってはいけない。言われてみればそうだ。サフィード様は、一回も「結婚したくない」とは仰っていない。まあ、実際、彼の目からは、愛情や友愛どころか、私に対する好意の片鱗すら読み取れないのだが。それでも、客観的に見れば、一方的に破棄しようとしたのは私だ。
「し、しかし、その、私は、その、良かれと思って、」
「なるほど?」
サフィード様の声のトーンが落ちた。ほとんど囁きに近い声で、
「……貴方は、物事の良し悪しを判断する機能に、深刻な問題があるようですね? ですが、将来の伴侶として、貴方を支えるのが私の役割でしょう。仕方がありません、今後は私が、貴方に代わって判断を下します。宜しいですね?」
ごく優しい声が、子供に説き聞かせるように降ってくる。
私は震えた。震える以外、何の反応も期待されていない。返事よりも、ただ服従を求められている。そのことを察したからだ。
(婚約は破棄できたはずなのに……)
この人の中では、完全に継続されているらしい。そして、私はこの人に逆らうことができない。
闇魔法しか使えない。そして、群を抜いて強大な魔力を持つ。
それが、「黒の魔女の娘」と呼ばれる者の条件だ。
何でも、もともと上級の闇魔法は女性しか使えないものらしい。それが私は「禁域」と呼ばれるレベルまで行使できた。
「『黒の魔女の娘』ディルティーナには、国による庇護と、婚姻を保証する」
私が13歳のとき、王都からやってきた役人が重々しく伝えてきた。闇魔法=直ちに悪、というわけではないから、殺されることはないけれど、やっぱり監視が付く、ということだろう。そして、強力な魔力は引き継がせるのに値する、と考えられているらしい。
自分の置かれた境遇が、頭では理解できるけれど、心は締め付けられて萎縮していく気がした。でも、地方貴族の娘で、何事も程々に、波風立てないように生きてきた私が、否を言える話ではない。受け入れる他ないのだ。
しかし。
「こんにちは、ディルティーナ。私が貴方の婚約者ですよ。どうぞ宜しくお願いしますね」
輝くプラチナブロンド。瑕疵一つない白く滑らかな肌。長身を覆う純白のマントには、聖騎士の青い十字。私の目の前で、身を屈めて優雅な礼を取っている青年の姿を見ながら、私は心底戦慄していた。
「あなたは……聖騎士のサフィード様ですよね」
「おや、私のことをご存知でいらしたのですね」
「有名な方でいらっしゃるので」
「それは光栄です」
澄み切った淡色の目が、微笑みに煌めいて私を見つめる。しかし、私は騙されてはいなかった。
強い魔力を持った人間の宿命として、私には目の前にいる人の素質、属性、蓄えている力などがある程度「視える」。しかも、この聖騎士様は、凄まじい神聖魔法のオーラを漂わせている。隠すつもりもないらしい。はっきりと読めた。
聖なる死の執行者、と。
怖い。怖すぎる。どれだけ聖なる死、つまり神聖魔法で殺戮をしてきたという意味だが、それを繰り返したら、間違えようもなく魂に刻まれた称号が浮かんでしまうというのだろう。業が深すぎる。
しかも、私を「いざとなったら消し去ってもいい相手」としてしか見ていないのがまざまざと伝わってくる。柔らかな微笑み、まっすぐに伸びた背筋の上から、完璧な造作を描く美貌が私を見ているが、その眼に浮かんでいるものは「無」に近い。
(この人の傍にいたら、恐怖でどうかなってしまう)
この人と夫婦? この人と子作り? 無理だ。
逆らう気はない。私は命知らずじゃないからだ。しかし、死にたくない。
(逃げよう)
そう決意した私は、とにかく闇魔法の研究に没頭した。正確に言えば、「闇魔法封じ」だ。国が私の魔力を問題視するなら、それを自ら封じてしまえばいい。もしくは、私の中から消し去ってしまうか。
三年間。三年かかって、私は自分の中の魔力を抽出し、魔導具に封じて、王城に提出した。数ヶ月かけて検証が行われ、問題がなければ、私は監視を解かれ、聖騎士様との婚約は無かったことになる。……そう考えて、後は待ち続けるだけ、だったのだが。
二ヶ月後、私のもとにやってきたのは、サフィード様ご本人だった。
「……驚きましたね」
薄い唇は笑みを浮かべていたが、私は身体の震えが止まらなかった。
この人の笑みには様々な意味合いがあるのだと知ったのは、この時だ。
「私は、貴方との結婚を楽しみにしていたんですよ。貴方も、嫌とは仰らなかったでしょう? まさか、一言も私に相談無く、あっさり捨て去ろうとされるとは。おかしな話ですね、愛しいディルティーナ? ……あいにく、全く笑えませんが」
そう言いながら、その唇は曲線を描いて吊り上がる。
(ひゃあぁぁぁぁ)
じんわりと、冷たい汗が滲んだ。
やってしまった。間違えてしまった。この場で、「あなたこそ、この結婚が不本意だったのでは」などと言ってはいけない。言われてみればそうだ。サフィード様は、一回も「結婚したくない」とは仰っていない。まあ、実際、彼の目からは、愛情や友愛どころか、私に対する好意の片鱗すら読み取れないのだが。それでも、客観的に見れば、一方的に破棄しようとしたのは私だ。
「し、しかし、その、私は、その、良かれと思って、」
「なるほど?」
サフィード様の声のトーンが落ちた。ほとんど囁きに近い声で、
「……貴方は、物事の良し悪しを判断する機能に、深刻な問題があるようですね? ですが、将来の伴侶として、貴方を支えるのが私の役割でしょう。仕方がありません、今後は私が、貴方に代わって判断を下します。宜しいですね?」
ごく優しい声が、子供に説き聞かせるように降ってくる。
私は震えた。震える以外、何の反応も期待されていない。返事よりも、ただ服従を求められている。そのことを察したからだ。
(婚約は破棄できたはずなのに……)
この人の中では、完全に継続されているらしい。そして、私はこの人に逆らうことができない。
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