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3.聖騎士さまの罠
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セフィード様との婚約破棄騒動から四ヶ月後。
私は、辺境地の魔物浄化に当たるセフィード様に同行して、毎晩のように野営していた。
二人きりである。
セフィード様は、常に単独任務しか受けない聖騎士として有名だった。以前は、強いから一人で十分なのだろうと思い込んでいたが、今では違うと分かる。誰かと連れ立っていれば、巻き込んで殺してしまう確率が上がる。それをいちいち考慮している手間が(セフィード様的には)面倒くさい。セフィード様は、歩いた道の後には草も生えない系の聖騎士なのだから。
その聖騎士様と、水入らず、二人きりの旅を続けている私の現状だけれど、
(……なんで、こうなった)
とは、思っていない。
セフィード様を怒らせた時点で、なんとなく、こうなることは分かっていたのだ。諦観の極み。私は、抗議すらしたことがない。
一応、彼が何を考えているか推測するとしたら、「常に手元に置いて監視するには、任務に同行させた方がいい」「これでも黒の魔女の娘、補助魔術師の役割ぐらいは果たせる」という感じだろうか。
私は、胸元に下がる大きな黒い石のペンダントをそっと指でなぞった。
私の魔力を注ぎ込んだ魔導具は、セフィード様経由で、このペンダントに生まれ変わって戻ってきた。もともと私の魔力なだけあって、私の身にとてもよく馴染む。私はここから魔力を引き出して、日々セフィード様の補助となるべく魔法を行使しているのだ。
たまに、セフィード様が魔法を教えてくれることもある。まともな魔法の教育を受けていない私には、とても有難い。短剣の扱い方や、簡単な護身術も教えてくれた。いつも恐怖と怯えに支配されている私だけれど、感謝はしなくてはと思って、「有難うございます」と頭を下げたところ、
「いえ、パートナーの身の安全を図るのは当然のことでしょう。気にしないで下さい」
神々しい笑顔で微笑まれた。
それを、「何でも言うことを聞く人材を失うわけにはいきませんから」と脳内変換した私は、やはり、恐怖に目が眩んでいるのだろうか……
「ディルティーナ?」
「はい、何でしょうか、セフィード様」
「野営になってからというもの、ずっとこの糧食ばかりですが、味はどうですか?」
「……」
ぽろり、と棒状の糧食の欠片が口から零れかけて、私は慌てて口元を押さえた。
(どう、どうって)
「この糧食は、神官たちが聖騎士のために作ってくれたものなのです」とセフィード様に渡されたこの糧食は、とにかく不味い。不味い、以外の感想が見当たらない。恐らく、必要な栄養は満たしているのだろうが、食べれば瞬く間に食欲が減退する。一日三本は食べろと言われているが、とにかく苦しい。無心で、感覚を殺して、ひたすらもそもそと噛み砕いて飲み込むのに専念するしかない。
(……何て答えればいいの?!)
これも何か、試されているのだろうか。忠誠心? 黒を白と言われたら白と答える的な? それとも、そんな追従しかできない人間は要らない、と言われるのだろうか。
(正解は? 正解はどっちなの)
口の中には不味さで人が殺せる(かもしれない)糧食。頭の中は大混乱。目の前にはゆったりと微笑むサフィード様。控えめに言っても、地獄である。
「……ふふ。そんな顔をしなくても」
サフィード様の柔らかな声が降ってくる。
「不味いでしょう? それは当然です。それは神聖魔法を使う聖騎士のために開発されたもので、闇属性の貴方には毒とならなくても、毒のような味がするはずですからね」
「……?!」
「不味かったでしょう。とても辛そうでしたね」
「……」
何。何を言われているのか一瞬分からず、私は目をぱちぱちさせた。
(え、これ、全部分かってて? 嫌がらせを? 虐め? 虐めなの?)
「本当に嫌がらせのため、というわけではないんですよ」
私の心の声が聞こえているかのように、サフィード様が言う。
「人間の生命維持に役立つものではありますからね。他の糧食を用意するのは少し時間が必要だったもので。その間、貴方が可哀想だなあと思って見てはいましたが」
どんな心境で見ていたというのだろう。そこは深く聞いてはいけない。
「ですが、今日は貴方にこれを差し上げようと思って。貴方の魔力によく馴染む食べ物ですよ?」
サフィード様は小さな布包みを取り出して、私の目の前で開いた。
中にはこぢんまりとしたサイズの、可愛らしいクッキーらしきものが積み重なっている。漂うバターの香りに、ほんのりと混じるココアの匂い。いかにも美味しそうに、食欲をそそる焦げ色。
(あ、これ罠だ)
ごく自然に、よく考えるまでもなく、私はそう思った。
私は、辺境地の魔物浄化に当たるセフィード様に同行して、毎晩のように野営していた。
二人きりである。
セフィード様は、常に単独任務しか受けない聖騎士として有名だった。以前は、強いから一人で十分なのだろうと思い込んでいたが、今では違うと分かる。誰かと連れ立っていれば、巻き込んで殺してしまう確率が上がる。それをいちいち考慮している手間が(セフィード様的には)面倒くさい。セフィード様は、歩いた道の後には草も生えない系の聖騎士なのだから。
その聖騎士様と、水入らず、二人きりの旅を続けている私の現状だけれど、
(……なんで、こうなった)
とは、思っていない。
セフィード様を怒らせた時点で、なんとなく、こうなることは分かっていたのだ。諦観の極み。私は、抗議すらしたことがない。
一応、彼が何を考えているか推測するとしたら、「常に手元に置いて監視するには、任務に同行させた方がいい」「これでも黒の魔女の娘、補助魔術師の役割ぐらいは果たせる」という感じだろうか。
私は、胸元に下がる大きな黒い石のペンダントをそっと指でなぞった。
私の魔力を注ぎ込んだ魔導具は、セフィード様経由で、このペンダントに生まれ変わって戻ってきた。もともと私の魔力なだけあって、私の身にとてもよく馴染む。私はここから魔力を引き出して、日々セフィード様の補助となるべく魔法を行使しているのだ。
たまに、セフィード様が魔法を教えてくれることもある。まともな魔法の教育を受けていない私には、とても有難い。短剣の扱い方や、簡単な護身術も教えてくれた。いつも恐怖と怯えに支配されている私だけれど、感謝はしなくてはと思って、「有難うございます」と頭を下げたところ、
「いえ、パートナーの身の安全を図るのは当然のことでしょう。気にしないで下さい」
神々しい笑顔で微笑まれた。
それを、「何でも言うことを聞く人材を失うわけにはいきませんから」と脳内変換した私は、やはり、恐怖に目が眩んでいるのだろうか……
「ディルティーナ?」
「はい、何でしょうか、セフィード様」
「野営になってからというもの、ずっとこの糧食ばかりですが、味はどうですか?」
「……」
ぽろり、と棒状の糧食の欠片が口から零れかけて、私は慌てて口元を押さえた。
(どう、どうって)
「この糧食は、神官たちが聖騎士のために作ってくれたものなのです」とセフィード様に渡されたこの糧食は、とにかく不味い。不味い、以外の感想が見当たらない。恐らく、必要な栄養は満たしているのだろうが、食べれば瞬く間に食欲が減退する。一日三本は食べろと言われているが、とにかく苦しい。無心で、感覚を殺して、ひたすらもそもそと噛み砕いて飲み込むのに専念するしかない。
(……何て答えればいいの?!)
これも何か、試されているのだろうか。忠誠心? 黒を白と言われたら白と答える的な? それとも、そんな追従しかできない人間は要らない、と言われるのだろうか。
(正解は? 正解はどっちなの)
口の中には不味さで人が殺せる(かもしれない)糧食。頭の中は大混乱。目の前にはゆったりと微笑むサフィード様。控えめに言っても、地獄である。
「……ふふ。そんな顔をしなくても」
サフィード様の柔らかな声が降ってくる。
「不味いでしょう? それは当然です。それは神聖魔法を使う聖騎士のために開発されたもので、闇属性の貴方には毒とならなくても、毒のような味がするはずですからね」
「……?!」
「不味かったでしょう。とても辛そうでしたね」
「……」
何。何を言われているのか一瞬分からず、私は目をぱちぱちさせた。
(え、これ、全部分かってて? 嫌がらせを? 虐め? 虐めなの?)
「本当に嫌がらせのため、というわけではないんですよ」
私の心の声が聞こえているかのように、サフィード様が言う。
「人間の生命維持に役立つものではありますからね。他の糧食を用意するのは少し時間が必要だったもので。その間、貴方が可哀想だなあと思って見てはいましたが」
どんな心境で見ていたというのだろう。そこは深く聞いてはいけない。
「ですが、今日は貴方にこれを差し上げようと思って。貴方の魔力によく馴染む食べ物ですよ?」
サフィード様は小さな布包みを取り出して、私の目の前で開いた。
中にはこぢんまりとしたサイズの、可愛らしいクッキーらしきものが積み重なっている。漂うバターの香りに、ほんのりと混じるココアの匂い。いかにも美味しそうに、食欲をそそる焦げ色。
(あ、これ罠だ)
ごく自然に、よく考えるまでもなく、私はそう思った。
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