【完結】対兄最強兵器として転生しましたが、お兄様は塩対応です

雪野原よる

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21.「お前を妹として見られない」は定番の台詞ですが

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 話し合えば分かる、というものでもないので。お兄様が勇者の兄上かもしれない問題(紛らわしい)は、何一つ解決しないまま先送りにされた。というか、しました。

 お兄様も、全く別のことが気に掛かっているようで。

「女神が地上に降りている?」

 机の上で頬杖をついて、無意識に表面を指で叩きながらお兄様が呟く。

 勇者アカレイヤから得られた新情報だ。なんでも、彼女は啓示夢を通じて女神様から指示を受けたのだけれど、その夢の中で女神は美しい女性の姿をしていて、暗い洞窟に佇んでいたという。

 私は首を傾げた。

「私も何度か女神様に会ってるけど、女神様の姿をはっきり見たことってないです」

 それに、私が女神様に遭遇したのはいずれも異次元。場所と言っていいのかさえ分からない。洞窟どころか、地面すら無かったような気がするのだけれど。

「随分と話が違いますね」
「地上に写し身を送って、勇者と接触させたか。その洞窟そのものが幻影という可能性もあるが、一度は鉱山コボルト族に確かめさせるべきだな」
「はい、洞窟のことなら何でも聞いて下さいね~! 専門家ですよ!」

 ピンと耳をそばだてたクンケル君が、短い前脚を挙げる。クンケル君はいつでもそうだけれど、前向きなやる気に満ち溢れている。

「小さな赤い結晶? 青い地層に白い帯状の地層が重なって、鈍い金属質の棒状結晶が生えてたんですね。水の音? 滝ですか、それとも泉に水が滴るような感じ?」

 そのまま、プロフェッショナルな聞き取りが始まった。こうなると、もはや誰もクンケル君に口を差し挟めない。

「ほんのり温かい? 天井はこのくらいの高さで、人工的に削られた様子はない? 女神様のいる辺りで一際高くなってた? 音の反射はどうなってました?」

 延々。

 延々。

 私が訊かれる側でなくてよかった、と感謝したくなるようなやり取りが続いた後(勇者は半分も答えられていなかった)、クンケル君はキリッと顔を引き締めて宣言した。

「その洞窟なら存在しますよ。ユーフェズルートの魔石廃坑です。五十年ほど前に採掘放棄されてますけど、出入り口は今も塞がれていないはずです」
「すごい! 流石はクンケル君!」

 私が思わず拍手すると、お兄様がうっすらと眉を顰めた。けれども何も言わず、クンケル君に何かを手渡す。一瞬、黒光りする金属質の欠片が垣間見えた。

「何ですか、それ」

 私の問い掛けに答える前に、クンケル君が飛び跳ねた。

「わぁああ、やった! やったぁ! 僕の代で、コボルト族493の鉱物一覧表の最後の一画が埋まりましたよ! コボルト族の誰もが成しえなかった偉業、これはもう聖華銀で彫像を立ててもいいレベルです!」
「……今のって」

 クンケル君の短い尻尾がぶんぶんと揺れている。それを眺めながら、私は声をひそめて訊ねた。

「……お兄様の爪の先とかですか?」
「角の先だ。多少削ってもじきに修復される。もはや、この身の魔力を頑なに維持継承する必要性も感じていないことだしな」

 淡々とした返事が返ってくる。クンケル君が喜んでいるし、お兄様が問題ないなら良かった……と思いながらも、私は反射的に口走っていた。

「だったら、私はお兄様の髪の房とか貰ってもいいですよね? せっかく綺麗な髪ですし。妃ですもんね? そのぐらいいいですよね?」
「……まさかと思うが、お前はクンケルに張り合っているのか?」
「ええと、それは……」

 ひょっとしたら。そのまさかかもしれません、お兄様。







 それからしばらくして、私たちはユーフェズルートの魔石廃坑にいた。話が早い。

 私にとっては生まれて初めての「ダンジョン探険」みたいなもの? になると思って、気を引き締めながら身支度を整えた数時間前。何だかすでに懐かしい。細く長く続く坑道を歩きながら、私は賑やかな周囲を半眼で見やった。

 蓋を開けてみれば、髪を結い、動きやすい服を着てきたのは私だけで、他の面子は普段とまるで変わらぬ様子だった。

 いや、明らかに普段より酷い。

 魔王城の中で、誰かがおやつを食べこぼしながら歩いている光景なんて見たことがないのだけれど、今、私の周りにいる連中がまさしくそれだ。無機質なカマキリのようなバニーズでさえ、口の周りに細かな食べかすを付けている。

「はい、次のおやつですよ、回して下さい~」
「あらあら、後ちょっとでお昼なのに、今からそんなに食べたら駄目じゃないの」
「おやつは別腹ですから!」
「貴妃様は如何なさいますか? お要りにならないので?」
「……要ります。下さい」

(何なの、この状況)

 お菓子を受け取って、もぐもぐしながら考える。

 ここまでの道のりも平穏だった。魔物も棲まない平和な坑道……いや、これだけの大所帯を引き連れているのだ。引率者は今代の魔王。たとえ魔物がいたとしても、安全な巣穴に引き篭もって、首と尻尾を丸めて縮こまっているだろう。

(これはもはやアレだ……ピクニックだわ)

 もともと、私以外は最初からそう思っていたのかもしれない。前を行く双子骸骨執事の片方はどう見てもピクニックシートらしきものを抱えているし、もう一方の片割れは綺麗な象牙色の頭蓋骨の上に青い小花模様のティーポットを乗せて、僅かに揺らすこともなく歩いている。微動だにしない陶器を見上げながら、本を頭の上に乗せても落とさない訓練をしたご令嬢みたいだな、と思った。

 ここって、そんな妙技を披露するような場だった?

「……どうして、一体、こんなに大人数で来ることになったんでしょう」

 こみ上げて来る素朴な疑問に堪えきれず、私はぼそっと呟いた。

「私は知らぬ」
「兄上が行かれるのであれば俺もお供いたします! どこへでも!」
「僕がいれば、鉱山の中では遭難しませんよ~!」
「灯りを持って付いて来いって言われたわぁ……」
「我々が快適な休息場作りをお手伝いいたします。お任せを」
「……」
「いけすかないリア充が蔓延はびこるままにはしておけないからねえ」

 上からお兄様、勇者アカレイヤ、クンケル君、セージャス、双子執事、バニーズ、そして惑乱の王シュテイゼルである。

「……なんで?」
「何故お前が加わっている」

 私とお兄様の声がハモった。

 シュテイゼル。一回しか名前が出ていないので誰も覚えていないと思うけれど、地下闘技場で私の姿を写して登場し、最低最悪の露出狂として私の記憶に刻み込まれた邪悪な魔族だ。

 今はもちろん、私の姿を取っているわけではない。けれど、本人の真の姿というわけでもなくて。淫魔族らしく、ごく一般的に好まれやすい美形を象っているのだという。

 セージャスほどではないけれど大柄な男で、胸元を大きく開いて引き締まった筋肉を見せ付け、ウェーブのかかった長い銀髪を靡かせているさまはそこそこ鬱陶しかった。いちいち白い歯を光らせて笑うので尚更。

「女神様はさぞかし美しい女性なんだろうね? 是非近しく語らってみたいものだ」

 夢見るような音楽的な声。睫毛を伏せた流し目。顔が良いのでグッと来る女性も多いのだろうけれど、残念ながらこの場に彼がたらし込めるような相手はいない。

「精々頑張るがいい」
「頑張って下さいね」

 再びお兄様と私がハモる。凍り付きそうな冷たい声の二重奏だ。

「冷たいねえ。私ほど役に立つ者もないだろうに、何故邪険にされるんだい? 魔王様にとっては大事な妹御殿の姿を、妹御殿にとっては大事な魔王様の姿をいつでも、好きなときに見られる。重要なことじゃないか、もっと活用しようという気はないのかね?」
「……」
「勿論、少しぐらい触ってくれても構わないんだよ? 本物そのものだからね、触りたい? 触りたくなってきた? そうだろう、理解るとも。ほらほら」
「シュテイゼル」

 お兄様が氷片のように光る目を向けた。

「禁則事項を追加する。私の妃の3m以内に近付くな」

 金色の刻印がシュテイゼルの喉元に浮かび上がった。文字を連ねたような形は、以前セージャスに掛けられていた制約魔法と同じものだ。ただしもっと細かくて、複雑に入り組んでいる。

「お兄様」
「お前の姿を取らない、という禁則なら加えておいたが」
「いえ、そうではなく」
「何だ。まさか、この爺に同情でもしたのか?」

 お兄様から見ても、シュテイゼルは「爺」らしい。敬われ大切にされるようなタイプの爺でないことは伝わってくるけれど。

「いいえ、全然。お兄様の姿を取らない、お兄様と二人きりにならない、お兄様を誘惑しない、という禁則も加えておいて下さい」
「さすが魔王妃、まるで容赦がない」

 シュテイゼルが口の中で呟く。いじけたような顔をしているが、私のスカートを捲った罪は重いのである。その上、今後も捲りそうなことを言っているのだから見過ごすわけにはいかない。

「流石は魔王の妹ちゃんよねえ」

 先を歩いていたセージャスが振り返って、黄色い口に奇怪な苦笑いを滲ませた。人の顔ではない。久しぶりに見る変身形態だ。

 盛り上がった両肩から無数の蛇が伸びて、遥か上から長い影を揺らめかせている。その蛇が、それぞれ光る魔石をあんぐりと咥えていた。灯り持ちとして連れて来られたセージャスだけれど、ランプを持って歩くという発想は無かったらしい。彼がこちらを向く度に、ギラギラと魚の鱗のような細かな光が群れ集って、まるで歩くクリスマスツリーのようだ。

「最近、ますます似てきたんじゃない? 魔王様と妹ちゃんが並んでいると、本当に兄妹っぽいわよねえ」
「あの、そのことで。俺にはよく分からないんですが」

 勇者アカレイヤが澄み切った目でこちらを見た。

「兄妹なのに、妃なんですか? なんで?」

「……」
「……」
「……」
「……は?」

 唐突な剛速球である。

 反応しそこねた私とは違って、お兄様がいかにも不興げな低い声を立てた。

「そう決めたことだ。不服を申し立てたいとでもいうのか」
「え? まさか! ただ、兄上の妹なのに妃でもあるとか意味が分からなくて。なんでそうなるんですか?」

(! 強い)

 流石は、単身で魔界の闘技場に乗り込んできた蛮勇。空気は読まない。聞き辛い事柄にズバズバと切り込んでくる。恐ろしい。

「そ、それは……」

 答えようと思えば答えられる。私が、兄妹萌えなら何でも美味しいと思っている雑食(兄妹限定)だから。以前の私なら、躊躇わずそう答えられただろう。

 でも、ここは二次元じゃなくて、何でも私の脳内で好きに捻じ曲げられるような世界じゃない。兄と呼べる人も一人だけだ。だから私は……

「そういえばそうだな」
「!!」

 お兄様が唐突に認めたので、私は凍り付いた。

「確かに、いささか疑問に思わないでもない。ユグノス家の系譜で繋がっているとはいえ、人間の身体は私にとっては仮の殻でしかない。お前はいつでも私を兄と呼ぶが……それは実際に意味を成していると言えるのか?」
「……お兄様」

 私は口を開け、喘ぐような音を立てた。

「そんな……お兄様、お兄様は……」

 言葉にならない。

 こんなところで。

 お兄様が正直すぎて、私の世界がひっくり返されそうになっている。

 私が衝撃をあらわにして見つめていると、お兄様は軽く肩を竦めた。

「別に、咎めたわけではない。お前はお前の好きにすれば良い」
「は、はい、お兄様……でも、でも、分かって下さい……兄とは……兄妹とは」

 私は無意識に両手を捻り合わせ、

「兄妹とは、その………………とても美味しいんです!!」

 沈黙が落ちた。

「……」
「……」
「……」
「……」

 視線が集中する。何だかとてもいたたまれない感じだ。

(……何を言ってるんだろ、私)

 美味しいって。料理でもないのに。

「……なるほど」

 お兄様が無表情に頷く。

「お前の言いたいことは解った」

 解ったんです?

 今ので? 一体何を?
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