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恐怖の闇落ちドールハウス
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私は、ふわふわ金色巻き毛の仔犬が貰えると思っていたのです。
それは、私の誕生日の二日前のこと。普段は厳めしく、ちらっとでも子供に目を向けることなど無いお父様が、「金色の巻き毛は好きか」と訊いて来られました。
緊張に身を竦ませながら、「は、はい、好きです」とお答えしたその後。
我が家に小さな男の子が連れて来られたのでした。
(私の誕生日プレゼントじゃなかったんだ……)
お父様の陰に隠れたいけれど、お父様も怖いのでどこにも隠れられず、絶望的な色を目に浮かべている男の子を見て、私は(やっぱり仔犬じゃなくて良かったかも)と思いました。
「これからよろしくね」
「は、はい、お姉さま」
そう、私はこの日から「お姉さま」になったのです。
お姉さま。なんと立派な響きでしょう。
これが仔犬だったら、こうはいきません。
男の子の名前はセルリアン。名前の通り、とても深く吸い込まれそうな青色の目をしています。家を継ぐための養子として連れて来られたのですが、父は私たちに構わず、母は病弱で田舎で療養中、子供部屋に二人きりで残された私たちは、すぐに仲良くなりました。
「セルリアン、おままごとをしましょう」
遊びといえば、私はおままごとしか知りません。男の子であるセルリアンにとってはつまらない遊びだったかもしれませんが、彼はいつもにこにこして答えてくれました。
「はい、お姉さま」
子供部屋には大きなドールハウスがあって、小さな家具が沢山備え付けてあるのです。二階建てのドールハウスは上の階がすっぽり取り外せるようになっていて、蟻の巣を覗き込むようにそれぞれの部屋が観察できます。ランドリールーム、食器室、使用人部屋、楽器部屋、大食堂、朝食室、ホール……貴族の屋敷らしい豪華な造りです。
「じゃあ、私はお母さん役ね」
私は綺麗なドレスを着た金髪の人形を取り上げました。
人形も沢山用意されています。執事や下男もいますし、もちろん子供たちもいます。その中から、セルリアンは自分に似た若い男性の人形を選ぶものと思っていたのですが……
「じゃあ、僕はこれ」
セルリアンが取り上げたのは、黒い立派な髭を生やした中年男性の人形でした。
「え? おじさんでしょう、それ」
「おじさんだよ。問題ないよね?」
セルリアンはにっこりと微笑みながら、周りと比べると一回りも大きい、いかつい人形を館の入り口付近に置きました。
「屋敷の主人として、美人妻と子供たちを守っていくためには、このぐらいゴツくて金がありそうなおじさんでなきゃ」
「美人妻……」
「もちろんお姉さまのことだよ」
セルリアンがおじさん人形を動かして、居間にいる私の人形のところまで持ってきました。
「結婚五年目だけど、もう子供が六人いるんだ」
「?」
「ちょっと先走っちゃったんだよね、よくあることだよ」
「?」
セルリアンの言うことは、たまに難しすぎて分かりません。
セルリアンが私と彼の人形の周りに、ぐるりと子供たちの人形を配置しました。
「二人は熱愛カップルでね、未だに情熱的に愛し合ってるんだ。夫はいつも奥さんを大事な宝みたいに屋敷の奥に隠しておきたくて……でも、貴重な宝ほど人に狙われるものだよね」
セルリアンは人形たちの間から、金髪の若い男を選び出して、トン、と戸口に置きました。
「夫が仕事で出掛けている間にね、若い美男がちょくちょく訪ねてくるようになったんだ」
「え?」
唐突に現れた新たな登場人物に困惑して、私は人形を見つめました。
何これ?
何が始まっているの?
「面白みのない夫に対して、口のよく回るキザな美青年。毎日、手を替え品を替えて届けられる贈り物……最初は突っぱねていたお姉さまも、段々ほだされて、満更でも無くなっていって……」
「セ、セルリアン?」
話の流れについていけません。
「そして、ある日の夜……」
セルリアンの声が、どんどん低くなっていきます。
青色の目が、死んだように暗くなりました。
「とうとう、お姉さまは裏口の扉の鍵を開けて」
「……」
息詰まるような沈黙。
それから、私が聞いたこともない、獣の咆哮のような声が、セルリアンの口から放たれました。
「お姉さまが……お姉さまが、うわあああああああ!!!!」
「し、しっかりして、しっかりして、セルリアン!!」
私は仰天して、セルリアンをぎゅっと抱き締めました。
「だ、大丈夫? セルリアン!」
「お、お姉さま」
セルリアンは人形をほっぽり出して、綺麗な青い目を血走らせ、
「お姉さまは浮気なんてしないよね? 僕を差し置いて、若い男を引き込んだりしないよね?!」
「う、うわき?」
私は子供だったので、この頃はまだ、セルリアンが何を言っているのか分かりませんでした。
「お姉さまは僕だけだよね?」
「え、ええ、私にはセルリアンだけよ!」
「良かった……じゃあ、今から書面にして契約しようね、人の心は移ろいやすいものだから」
「え、ええ、そうね?」
私も大概混乱していました。
それでも、セルリアンのことは無邪気で可愛らしい弟だと思っていたのです。ただ、
(セルリアンは賢い子で、私の知らないことを沢山知っているから、心が動かされやすいのだわ。私がしっかり見守っていてあげないと)
その頃の私は、そう考えていたのです。
今にして思えば……
その頃から、私はとんでもないものを相手にしていたのだと分かるのですが。
それは、私の誕生日の二日前のこと。普段は厳めしく、ちらっとでも子供に目を向けることなど無いお父様が、「金色の巻き毛は好きか」と訊いて来られました。
緊張に身を竦ませながら、「は、はい、好きです」とお答えしたその後。
我が家に小さな男の子が連れて来られたのでした。
(私の誕生日プレゼントじゃなかったんだ……)
お父様の陰に隠れたいけれど、お父様も怖いのでどこにも隠れられず、絶望的な色を目に浮かべている男の子を見て、私は(やっぱり仔犬じゃなくて良かったかも)と思いました。
「これからよろしくね」
「は、はい、お姉さま」
そう、私はこの日から「お姉さま」になったのです。
お姉さま。なんと立派な響きでしょう。
これが仔犬だったら、こうはいきません。
男の子の名前はセルリアン。名前の通り、とても深く吸い込まれそうな青色の目をしています。家を継ぐための養子として連れて来られたのですが、父は私たちに構わず、母は病弱で田舎で療養中、子供部屋に二人きりで残された私たちは、すぐに仲良くなりました。
「セルリアン、おままごとをしましょう」
遊びといえば、私はおままごとしか知りません。男の子であるセルリアンにとってはつまらない遊びだったかもしれませんが、彼はいつもにこにこして答えてくれました。
「はい、お姉さま」
子供部屋には大きなドールハウスがあって、小さな家具が沢山備え付けてあるのです。二階建てのドールハウスは上の階がすっぽり取り外せるようになっていて、蟻の巣を覗き込むようにそれぞれの部屋が観察できます。ランドリールーム、食器室、使用人部屋、楽器部屋、大食堂、朝食室、ホール……貴族の屋敷らしい豪華な造りです。
「じゃあ、私はお母さん役ね」
私は綺麗なドレスを着た金髪の人形を取り上げました。
人形も沢山用意されています。執事や下男もいますし、もちろん子供たちもいます。その中から、セルリアンは自分に似た若い男性の人形を選ぶものと思っていたのですが……
「じゃあ、僕はこれ」
セルリアンが取り上げたのは、黒い立派な髭を生やした中年男性の人形でした。
「え? おじさんでしょう、それ」
「おじさんだよ。問題ないよね?」
セルリアンはにっこりと微笑みながら、周りと比べると一回りも大きい、いかつい人形を館の入り口付近に置きました。
「屋敷の主人として、美人妻と子供たちを守っていくためには、このぐらいゴツくて金がありそうなおじさんでなきゃ」
「美人妻……」
「もちろんお姉さまのことだよ」
セルリアンがおじさん人形を動かして、居間にいる私の人形のところまで持ってきました。
「結婚五年目だけど、もう子供が六人いるんだ」
「?」
「ちょっと先走っちゃったんだよね、よくあることだよ」
「?」
セルリアンの言うことは、たまに難しすぎて分かりません。
セルリアンが私と彼の人形の周りに、ぐるりと子供たちの人形を配置しました。
「二人は熱愛カップルでね、未だに情熱的に愛し合ってるんだ。夫はいつも奥さんを大事な宝みたいに屋敷の奥に隠しておきたくて……でも、貴重な宝ほど人に狙われるものだよね」
セルリアンは人形たちの間から、金髪の若い男を選び出して、トン、と戸口に置きました。
「夫が仕事で出掛けている間にね、若い美男がちょくちょく訪ねてくるようになったんだ」
「え?」
唐突に現れた新たな登場人物に困惑して、私は人形を見つめました。
何これ?
何が始まっているの?
「面白みのない夫に対して、口のよく回るキザな美青年。毎日、手を替え品を替えて届けられる贈り物……最初は突っぱねていたお姉さまも、段々ほだされて、満更でも無くなっていって……」
「セ、セルリアン?」
話の流れについていけません。
「そして、ある日の夜……」
セルリアンの声が、どんどん低くなっていきます。
青色の目が、死んだように暗くなりました。
「とうとう、お姉さまは裏口の扉の鍵を開けて」
「……」
息詰まるような沈黙。
それから、私が聞いたこともない、獣の咆哮のような声が、セルリアンの口から放たれました。
「お姉さまが……お姉さまが、うわあああああああ!!!!」
「し、しっかりして、しっかりして、セルリアン!!」
私は仰天して、セルリアンをぎゅっと抱き締めました。
「だ、大丈夫? セルリアン!」
「お、お姉さま」
セルリアンは人形をほっぽり出して、綺麗な青い目を血走らせ、
「お姉さまは浮気なんてしないよね? 僕を差し置いて、若い男を引き込んだりしないよね?!」
「う、うわき?」
私は子供だったので、この頃はまだ、セルリアンが何を言っているのか分かりませんでした。
「お姉さまは僕だけだよね?」
「え、ええ、私にはセルリアンだけよ!」
「良かった……じゃあ、今から書面にして契約しようね、人の心は移ろいやすいものだから」
「え、ええ、そうね?」
私も大概混乱していました。
それでも、セルリアンのことは無邪気で可愛らしい弟だと思っていたのです。ただ、
(セルリアンは賢い子で、私の知らないことを沢山知っているから、心が動かされやすいのだわ。私がしっかり見守っていてあげないと)
その頃の私は、そう考えていたのです。
今にして思えば……
その頃から、私はとんでもないものを相手にしていたのだと分かるのですが。
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