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第四十六話 これはもう最終回じゃな(確信)
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総裁による砲撃は、「賢者」をほぼ無力化したようじゃ。
一方で、あちこち跳ね回る「道化」を射程範囲に収めるのに苦労しているようじゃが……
「トリッキーな敵のお相手、ですか。私も特に得意なわけではありませんが、他の者よりはマシでしょう。お引き受けしますよ」
響いたのは、「いつも一番最後に登場する男」の声であった。
(え?)
何がどう、ひっくり返ったのかの?
差し込む薄明かりに照らされて、包帯で両眼を塞いだ細面の男が歩み寄ってくる。迷いのない足取りに、妾が目を見張ってポカンとしておると、すれ違い様にぽんと肩を叩かれた。そのまま、巻かれた包帯を解きながら、暗い市街地に分け入っていく。
(え? え?)
「無事か、リリス。……大丈夫そうだな」
続けて、同じ方向から現れたのは、雅仁と守であった。
「セ、セイレスお兄ちゃん? どうしてここに?」
「俺が寝泊まりしている道場からここまで、思い立ったらすぐに国に帰れるよう、専用の直通艇が用意されているんだ。皆を乗せてここまで来た」
「皆、というと……」
首を伸ばして、雅仁の背後を見ると、
「レジーナちゃん! 私たちも来たよ!」
「こんな、いきなりの呼び出し、私たちでなければ対応できないわよ。感謝なさいな」
「ここが銀河帝国の首都ですか。月が三つあるそうですね。とても興味深いです」
いつも通り、賑やかな女子組の姿が見えて、一瞬、ほっとしかけた妾であったが……
「リリス」
その後ろに現れた人物を見て、妾、驚きのあまり、ジョーカーの肩上から転がり落ちそうになった。すぐさまジョーカーの手が支えてくれたのであるが。
暗がりでも分かる、引き締まった長身。銀色の髪。雅仁と似ているが、より鋭く、威厳と確信に満ちて揺るぎないその姿。
「私も戦おう」
「パパ……!」
同じパパでも、いや同じパパなどおらんし全て違うパパなのじゃが、実父の方のパパである。
銀河帝国現皇帝、隼生・アスクム・ジェス・アヴァルティーダ。
老いの影などどこにもない。そもそも老いるような齢ではないし、銀河帝国は若返り技術に長けておるので当然の話なのじゃが、全盛期の美貌に王としての迫力を加え、間違いなく帝国における至高の人そのものである。皇族として、当然のように魅了スキルを持ち合わせておるのじゃが、その魅了は雅仁のように色香が炸裂する爆弾ではなく、ひれ伏して崇めさせる方じゃ。妾の憧れである──いや、
(こんな場所に現れるお人ではなかろう?!!)
「ど、どうしてここに……? マ、ママは? もしかして、ママも来ているのかの?」
仰天していることを隠しもせず、問いかけると、やや苦みを含んだ笑みが返ってきた。
「いや、ユディールはまだ眠っている」
「パパだって、まだ万全の体調とは言えなかろう?! 大人しく寝ているべきじゃ!」
「……リリスに心配されてしまったぞ、雅仁。妙に嬉しいものだな」
「それは当然心配するでしょう、父上」
「大丈夫だ。久しぶりに一緒に合体技でも撃ってみるか? お前が子供の頃、よくそうして遊んだだろう」
うっかり、家族のほのぼの団欒じみた空気が流れ始めてしまったが、
「では、我々は帝城を目指しますので。後のことはお任せいたします」
ジョーカーが流れをぶった切ってくれた。流石は頼りになる腹心の部下である。
妾を抱え直し、ジョーカーが申し訳程度に皇帝陛下に頭を下げる。案外軽い仕草で、実父と女子組が手を振ってくれた。影のように守を従えて、雅仁は心配そうな顔で見送っておる。その背後に響き渡る砲撃と戦闘の物音。このオールスター感、間違いなく最終回じゃな、と思いながら、妾とジョーカーは再び城を目指して進み始めたのであった。
記憶が戻った今、妾にとって、皇城は「家」である。
「家」の記憶は、いつでも沢山の光と、使用人たちと、使役ロボットと、整えられた庭や美味しそうな食べ物の香りに満ちていたものじゃが、今はその全てを失って暗い。見たところ、たいして破壊はされておらんようじゃが、あまりにも空虚で廃墟じみておる。
ただ空っぽの廃墟。戦争といえば、もっと生々しく悍ましい傷跡を残すものであろうが、この世界における戦は一瞬の栄枯盛衰であり、強者のぶつかり合いで終わる。庶民にはほぼ被害が出ぬのじゃ。かつて皇帝が戦った帝国奪還戦でも、死傷者はほぼ無く、破壊された市街も一瞬で建て直されたらしい。これが妾の生きる現実世界である、と受け入れた妾であるが、やっぱり、こういうところはいかにも造り物じみた世界のルールじゃな。違和感が拭えぬ。
なぜ、このような空虚な世界の王となることを求めたのか。ヴァスラム卿とやらは。
相応しき者が王となる。
強い者、美しい者が上に立つ。
一見、すっきりとしたルールであるが、それこそが不完全なものである。人はそれほど強くも美しくもないし、時が経てば衰える。遺伝子操作は万能ではないし、誤謬も多い。無数の犠牲なくしては表向きの体裁も保たれぬシステムじゃ。あのルシアンにしたところで、どれだけの「失敗」の上に立ち、己の命を削っておることか。
(……怒りの方向を間違えるな)
緊迫した空気に包まれる玉座の間に入っていく時、妾はひそかに深呼吸した。
(間違えた結果が、ヴァスラム卿じゃ。妾は決して、その過ちに釣られてルシアンが道を踏み外すのを許さぬ)
玉座の間には、対峙する二人の姿。
玉座に取り憑いた亡霊のような男と、暗がりでも発光するような綺麗な少年である。
実際、光っておった。ルシアンは。
一方で、あちこち跳ね回る「道化」を射程範囲に収めるのに苦労しているようじゃが……
「トリッキーな敵のお相手、ですか。私も特に得意なわけではありませんが、他の者よりはマシでしょう。お引き受けしますよ」
響いたのは、「いつも一番最後に登場する男」の声であった。
(え?)
何がどう、ひっくり返ったのかの?
差し込む薄明かりに照らされて、包帯で両眼を塞いだ細面の男が歩み寄ってくる。迷いのない足取りに、妾が目を見張ってポカンとしておると、すれ違い様にぽんと肩を叩かれた。そのまま、巻かれた包帯を解きながら、暗い市街地に分け入っていく。
(え? え?)
「無事か、リリス。……大丈夫そうだな」
続けて、同じ方向から現れたのは、雅仁と守であった。
「セ、セイレスお兄ちゃん? どうしてここに?」
「俺が寝泊まりしている道場からここまで、思い立ったらすぐに国に帰れるよう、専用の直通艇が用意されているんだ。皆を乗せてここまで来た」
「皆、というと……」
首を伸ばして、雅仁の背後を見ると、
「レジーナちゃん! 私たちも来たよ!」
「こんな、いきなりの呼び出し、私たちでなければ対応できないわよ。感謝なさいな」
「ここが銀河帝国の首都ですか。月が三つあるそうですね。とても興味深いです」
いつも通り、賑やかな女子組の姿が見えて、一瞬、ほっとしかけた妾であったが……
「リリス」
その後ろに現れた人物を見て、妾、驚きのあまり、ジョーカーの肩上から転がり落ちそうになった。すぐさまジョーカーの手が支えてくれたのであるが。
暗がりでも分かる、引き締まった長身。銀色の髪。雅仁と似ているが、より鋭く、威厳と確信に満ちて揺るぎないその姿。
「私も戦おう」
「パパ……!」
同じパパでも、いや同じパパなどおらんし全て違うパパなのじゃが、実父の方のパパである。
銀河帝国現皇帝、隼生・アスクム・ジェス・アヴァルティーダ。
老いの影などどこにもない。そもそも老いるような齢ではないし、銀河帝国は若返り技術に長けておるので当然の話なのじゃが、全盛期の美貌に王としての迫力を加え、間違いなく帝国における至高の人そのものである。皇族として、当然のように魅了スキルを持ち合わせておるのじゃが、その魅了は雅仁のように色香が炸裂する爆弾ではなく、ひれ伏して崇めさせる方じゃ。妾の憧れである──いや、
(こんな場所に現れるお人ではなかろう?!!)
「ど、どうしてここに……? マ、ママは? もしかして、ママも来ているのかの?」
仰天していることを隠しもせず、問いかけると、やや苦みを含んだ笑みが返ってきた。
「いや、ユディールはまだ眠っている」
「パパだって、まだ万全の体調とは言えなかろう?! 大人しく寝ているべきじゃ!」
「……リリスに心配されてしまったぞ、雅仁。妙に嬉しいものだな」
「それは当然心配するでしょう、父上」
「大丈夫だ。久しぶりに一緒に合体技でも撃ってみるか? お前が子供の頃、よくそうして遊んだだろう」
うっかり、家族のほのぼの団欒じみた空気が流れ始めてしまったが、
「では、我々は帝城を目指しますので。後のことはお任せいたします」
ジョーカーが流れをぶった切ってくれた。流石は頼りになる腹心の部下である。
妾を抱え直し、ジョーカーが申し訳程度に皇帝陛下に頭を下げる。案外軽い仕草で、実父と女子組が手を振ってくれた。影のように守を従えて、雅仁は心配そうな顔で見送っておる。その背後に響き渡る砲撃と戦闘の物音。このオールスター感、間違いなく最終回じゃな、と思いながら、妾とジョーカーは再び城を目指して進み始めたのであった。
記憶が戻った今、妾にとって、皇城は「家」である。
「家」の記憶は、いつでも沢山の光と、使用人たちと、使役ロボットと、整えられた庭や美味しそうな食べ物の香りに満ちていたものじゃが、今はその全てを失って暗い。見たところ、たいして破壊はされておらんようじゃが、あまりにも空虚で廃墟じみておる。
ただ空っぽの廃墟。戦争といえば、もっと生々しく悍ましい傷跡を残すものであろうが、この世界における戦は一瞬の栄枯盛衰であり、強者のぶつかり合いで終わる。庶民にはほぼ被害が出ぬのじゃ。かつて皇帝が戦った帝国奪還戦でも、死傷者はほぼ無く、破壊された市街も一瞬で建て直されたらしい。これが妾の生きる現実世界である、と受け入れた妾であるが、やっぱり、こういうところはいかにも造り物じみた世界のルールじゃな。違和感が拭えぬ。
なぜ、このような空虚な世界の王となることを求めたのか。ヴァスラム卿とやらは。
相応しき者が王となる。
強い者、美しい者が上に立つ。
一見、すっきりとしたルールであるが、それこそが不完全なものである。人はそれほど強くも美しくもないし、時が経てば衰える。遺伝子操作は万能ではないし、誤謬も多い。無数の犠牲なくしては表向きの体裁も保たれぬシステムじゃ。あのルシアンにしたところで、どれだけの「失敗」の上に立ち、己の命を削っておることか。
(……怒りの方向を間違えるな)
緊迫した空気に包まれる玉座の間に入っていく時、妾はひそかに深呼吸した。
(間違えた結果が、ヴァスラム卿じゃ。妾は決して、その過ちに釣られてルシアンが道を踏み外すのを許さぬ)
玉座の間には、対峙する二人の姿。
玉座に取り憑いた亡霊のような男と、暗がりでも発光するような綺麗な少年である。
実際、光っておった。ルシアンは。
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