【完結】召喚獣殿下 〜下っ端少女召喚士、この国最強の王弟殿下(40)を召喚します!

雪野原よる

文字の大きさ
7 / 26

7.勇者たち

しおりを挟む
 その勇者は、二人いた。男女の双子だ。兄と妹。決してお互いから離れず、常に一緒に行動していたから、勇者としては一人、と数えられることも多かった。

「闇属性の魔物が強大化していたときに、光の教会が認定した勇者だ。最初はまだ幼さの残る年頃で、私が教練を受け持ち、剣と魔法を一から叩き込んだ。魔物討伐に向かうときは、私も同行したんだが」

 彼らは期待を裏切らず、よく戦い、闇の魔物を打ち倒した。だが、その戦いが終わったとき。
 彼らは倒したはずの魔物と契約を交わし、魔性に堕ちていたのだ。

「人間だった時より、数倍は強くなっていたが、魔性としては幼生だ。……その場で、二人とも殺した」

 淡々と語りながら、殿下は生い茂る草木を払って、前に道を切り拓いて行く。
 ここに来るまで、途中までは馬車、その先は馬、そして今は徒歩だった。緑は濃いが、妙に静かな森だ。かつて、闇の魔物が勢力圏にしていた山中で、そこかしこに毒や魔法罠が残り、人も動物も、今はろくに足を踏み入れようとはしないそうだ。

「かつては、国で一番美しいとされた湖があって、景勝地として活気があったんだが。ほら、この辺り、かつての舗装路の礎石が残っている」

 勇者について語るのと同じ口調で、殿下は言う。

 彼が歩くたび、その背後にふわっと魔力の風が流れ、背後を行く私を守ってくれる。勿論、彼は私が付いてくるのを渋ったのだが、私がなんとか意志を押し通した。

「……なんで勇者は、魔物と契約なんてしたんでしょう?」
「本人たちに訊かねば分からないことだが、勇者のうち、兄の方は身体が弱かった。光の神の司祭が絶えず治療に当たっていたが、討伐に出た頃には、だいぶ病が悪化していたようだ。魔性に堕ちることで、命を繋げるとでも思ったんだろう。私の推測だが」

 そこで殿下は言葉を切り、顔を上げてから、

「こうして、存外しぶとく生き延びているのを見ると、私の推測もあながち間違ってはいないようだ」
「そうですね」
「そうよね」

 鈴を振るような笑い声。

 殿下が立ち止まって、私の周りに守護の魔法陣を発動した。ここにいろということだろう。魔力の渦が柱のように立ち上り、私はその中で足を止める。私を置いて、殿下はゆっくりと彼らに近付いていった。

「久しぶりだな。リオル。エウィリナ」
「お久しぶりです、師匠。以前のように、リオ、エウィ、と呼んでは下さらないですよね」

 そう言ったのは、蝋のように白く、造り物めいた美貌の青年だった。丁重な口調なのに、その表情も声にも、ぽっかりと空いた闇のような悪意と侮蔑が貼り付いている。
 その腕に腕を絡ませ、よく似た面差しの美しい少女が、冷たい笑い声を響かせた。

「無理を言っては駄目よ、リオ。師匠は私たちを殺しに来たんだから。そんなこと、できっこないのに」

 寄り添って立つ二人の勇者の背後には、細く流れ落ちる滝があり、その水はゆるやかに揺れる澄んだ水面に繋がっていた。
 木々の葉をそのまま鏡のように映し出す、幻のように美しい湖。その先は暗い木陰を取り巻いて奥に消え、どこまで続いているのか定かではない。

 殿下が、無言で剣の柄に手をかけた。真紅の光が洩れる。

「……」

 もはや、会話をする気はないようだ。

 沈黙。純粋な殺意。人ならざる速度で、殿下が飛び、四方の木々の枝葉が飛んだ。眩い緋色の閃光。時間を縫い縮めたような間隔で剣戟の音が連続し、合間に魔法の光が火花のように散る。

 覚悟を決めるまでもなく、心を揺らすこともない。憎悪すら存在しない。

 「かつての友や、心を通わせられたかもしれない相手を殺した」と、殿下は言っていた。後になれば、喪失感に苦しむ夜もあるのだろう。だから、彼は私を近付けようとした。私を必要とした。
 でも今は、ただ敵を殺すだけ。それ以外のものは、視えてもいない。視る必要がないのだろう。

「くはっ」
「リオ!」

 血を吐いて蹲った兄の前に、妹が立ちはだかり、防御の陣を張る。無造作に殿下が剣を払うと、魔力の壁が砕けて弾ける耳障りな音が響いた。
 そのまま、妹が吹き飛ばされるのが見えた。死んだかどうかは分からない。私のいる場所からは、何が起きているのかはっきりとは見て取れないのだ。そもそも、動きに視力がついていかない。

 殿下の剣が、兄の痩せた身体を貫いた。同時に、乾いた笑い声が上がる。

「はは。やった」
「……何?」

 殿下の動きが止まる。

「師匠。黒竜といっても、あんたは竜じゃない。獣だ。だから、あんたの弱点は、ビーストキラーだ。苦労したんですよ、身体に埋め込むの」
 リオルの身体がぼやける。黒い瘴気が立ち昇り、彼の身を貫く魔剣アンカラドの輝きを覆っていく。
「そして、あんたのもう一つの弱点が、魔剣アンカラド」

 血塗られた手で、リオルがアンカラドの刀身を掴んだ。

 殿下は表情を変えない。

 だが、宝石が砕けるような音と共に、アンカラドが砕け散ったとき、殿下の顔が大きく歪んだ。
 よろめいて、一歩後ろに下がる。その身体が、背中から大きく膨らんだ。光によって影が大きさを変えるように、闇が大きく伸びてその身を包み込む。
 ごうごうと渦巻く影の中に、殿下の姿が見え隠れした。私から見ても、その姿は、もはや人型を保っていなかった。

「で、殿下!」

 私の声が、悲鳴のように響く。

 見えない。殿下を包む闇が、そのまま一帯に満ちる。
 強い魔力風に目を開けていられなくて、一瞬目を瞑り、再びなんとかこじ開けたとき。殿下の姿は、その場から掻き消えていた。
 残ったのは、痛いほどの沈黙。

「殿下! 殿下?!」

 まるで迷子になった子供のように頼りない、甲高い声。私の声だ。

(私、泣いている?)

 怖い。何が起きたのか分からない。殿下がいない。
 怖い。
 守護の魔法陣から飛び出し、よろめく足を踏み締めて、殿下の気配を探った。どこに、どうして? 何が起きて……無事なの? 殿下?

「殿下!」
「……ああ、まじで、酷い目に遭わされた」

 ずりずりと草地の上にへたりこんで、勇者の兄のほう、リオルが力なく呟いた。

「リオ、大丈夫?」
「ぎりぎりだ。お前も一回殺されただろ、大丈夫か?」

 泣きそうな目で、勇者の妹が寄り添う。二人とも血にまみれ、美しい顔は憔悴しきって、土気色に近い。

「二回よ。息の根が止まったわ。なんとか再生が間に合ったけど」
「勝ったな、俺は三回だ」

 軽口を叩きながらも、肩の震えが止まらないようだ。私の視線の先で、双子はお互いにすがりつくように抱き締め合った。
 殿下に何かしたのはこの二人なのに、なぜか、彼らの方が辛そうだ。

「……殿下に何をしたんですか?」
「ああ、あんた、何者だ? 師匠の仲間にしては弱い力しか感じないし、師匠が厳重に守っていたから、迂闊に計画を狂わされるのも嫌で、放っておいたんだが……」
「計画?」
「あんたも見ただろ。師匠は人間じゃない。いや、今ごろ、人間じゃなくなってる、はずだ。封印が解けたからな」
「封印?」
「なあ、あんた、本当に知らないのか? それなのに何で、ここまで師匠にくっついて来てたんだ?」

 痛いところを突かれて、ぐっと詰まった。
 でも、言葉に詰まってる場合じゃない。殿下の行方が知りたい。
 だが、私が口を開く前に、

「リオ、あのことは普通、王族か魔族でなくては知らないのよ」

 勇者の妹、エウィリナが、たしなめるように言った。
 私に視線を移し、

「ごめんなさいね、あなたが何故か必死なのは分かるけど。私たちは、師匠の人間の部分が壊れて、闇の魔獣になってくれたほうが都合がいいの」

 闇の魔獣。
 似たような言葉を、どこかで聞いたことがある──

「王家の始祖は、世界を覆っていた闇の魔獣を退治し、その血を身に取り込んだと言われている。我々の身体に宿るのは、始原の魔物の力」

 そう、イシルディア殿下が言ったのだ。初めて出会ったとき、コロッセウムの舞台の上で。

「闇の魔獣? ……始原の魔物?」
「そうそう、知ってんのか」

 疲れたように、リオルが頷く。

「本体は、王族で一番強い器に封印されて、代々、黒竜とか呼ばれて祀り上げられてる。今は師匠だ。でも、俺が封印をぶっ壊したから、じきに本物の魔獣になるだろう」

 殿下が? 魔獣に?

 ぐるぐると視界が回り始める。ああ、駄目だ、気を失ってる場合じゃない。震える声で確認する。

「そうなったら、人間としての殿下は……?」
「もちろん消滅する」
「でも、あの人、もともと人間らしくないわよね」
「だよな。形が人じゃなくなるぐらい、誤差の範囲だよな」

 解釈が不一致すぎる。

 でも、彼らが見てきた殿下と、私が見ている殿下は、全く違う存在なのだろう。こだわっている場合ではない。

「殿下の行き先を、教えて」
「師匠が勝手に飛んだんだ。どこかに、強力な結界を張ってる。自分を封じ込めてるつもりなんだろう。俺たちには感知できない」

 そんな。

 膝ががくがくする。崩れ落ちそうになるのを堪えて、勇者たちから離れて歩き出した。背後から、リオルの声が聞こえる。

「ここで待ってれば、じきに戻ってくるさ。魔獣になって」
「……あなたたちは、怖くないの? 逃げなくていいの?」

 振り向かず尋ねた。

「俺たちは闇の眷属だから、魔獣化した師匠とは仲良くできるよ。師匠がこちら側に付けば、いろいろ助かる」
「そう」

 もう、興味はなかった。

 私は、殿下がなぜ、私を必要としていたか知っている。
 人間でいるためだ。
 ……だから、今こそ、私は殿下と一緒にいなければ駄目だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ
ファンタジー
【完結済み】 仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!? 過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。 救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。 しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。 記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。 偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。 彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。 「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」 強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。 「菌?感染症?何の話だ?」 滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級! しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。 規格外の弟子と、人外の師匠。 二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。 これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。 死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

処理中です...