【完結】ずっと一緒だった宰相閣下に、純潔より大事なものを持っていかれそうです

雪野原よる

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番外

不遜の椅子、不憫な玉座

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 宰相に、叛逆の恐れあり──!




「……そう」

 他に何を言えばいいというのか。

(ちょっと意味が分からないわね……)

 その知らせが私の元にもたらされたのは、日々の中でも、宰相が私の背後に立っていないごく僅かな時間、つまり衣装部屋で侍女たちに囲まれて着替えている真っ最中のことだった。

「宰相、ユリウス閣下が、公然と謀反を仄めかしておられます」

 侍女にしてはやたらと視線が鋭い、ぱっと目は目立たない中年女性が、私の背中の紐を結びながら囁く。

「謀反……」

 今更?

 忠誠を誓い、命令に従うべき女王の意志を完璧に無視して、最大限我欲のために振る舞っている男が謀反?

 何度でも言いたい。今更??

(こういうのを「鼻白む」って言うのね)

 せめて半年前に言われていれば、少しは危機感も持てたかもしれないのに。

(あの宰相、もはや謀反どころか、単なる不敬の罪で牢屋に収監できそうなほど余罪が積み上がっているわよね? 本当にできるかどうかは別にして)

 ぼうっと考えている私の背に向かって、侍女はなおも囁き続けた。

「ここ数日間、深夜になると玉座の間に向かう宰相閣下が目撃されております。玉座の横に立ち、『こうして驕り高ぶっていられるのも今だけだ』『バラバラに裁断してやろう』『この十年間の驕慢を悔いる時だな』などと呟いておられるとか」
「……何をやっているのかしら、あの人」

 頭が痛くなってきた。

 威厳漂う冷静な女王として、あからさまに頭を抱えたり目頭を押さえたりするわけにはいかないけれど、本当は全力でそうしたい。

(宰相は私以上に忙しいはずなのに)

 彼は今、早朝から私の元に伺候して化粧台の椅子を務め、朝食時の椅子となり、昼、夜は執務時の椅子として過ごして私が寝台に引き取るまで付き従う、という模範的椅子生活を送っている(模範的椅子生活って何?)。それから深夜に玉座の間に出没?

(いつ寝てるのかしら)

「昨夜は、定規を手に玉座の寸法を測っておいででした」
「寸法?」
「はい、綿密な図面を取っておられたようです。暗殺の道具を仕込むためかと」
「暗殺の道具、ね……」

 何かを企んでいるのは間違いないのだけれど、密偵たちが考えているようなものではない。それだけは自信を持って言える。言わないけれど。

 こうして私に知らせを運んできたのは、ある意味宰相直属の部下たちだ。先代王の時代、王宮のあちこちに潜んでは、力ある貴族たちや罪なき民衆の弱みを探って、陥れてばかりいたので、「王の魔物」と恐れられていた間諜たち。

 私の代になって、宰相が彼らを束ねて組織を刷新した。王宮から国土全体に広がる、全国的な情報網として。その結果、そのユリウスが危険人物として密告されてくるという……皮肉というか何というか。

(弁護はしないわよ、ユリウス)

 多分、その必要も無いのだけれど。


 


 

 その日の夜。

 玉座を挟んで宰相と対峙した私は、大きく顔を引き攣らせていた。

「……もう一回聞くけれど、貴方は何をしたいの、ユリウス?」
「申し上げた通りです。幼少の頃から近年に至るまでの十年間、陛下を座らせてきたからといって、この得意満面の面構え。あまりに不遜が過ぎる。陛下の第一、そして唯一の椅子として、これを許していては私の面目が立ちませんので」
「……もう少し、意味が分かる言葉で喋ってもらえないかしら?」

 無意味だと分かっているけれど、言わないわけにはいかなかった。

 溜息を押し殺して、遥か高い場所にある宰相の顔を見上げる。冷然、酷薄、目的のためには手段を選ばない冷血、などと言われているユリウスだけれど、無意味な行為に耽溺するような男では無かったはず……いや、違った、そういえば思い切り意味不明なことばかりする男だったわ。

 それにしても、これは振り切れ過ぎていると思う。

「……つまり貴方は、この玉座が気に入らないのね?」
「仰るとおり。気に入らない、どころの話ではございませんが」

 首肯のしるしに、ユリウスが軽く頭を下げた。

「得意満面、とか言っていたけれど」
「見てお分かりでしょう。この傲慢不遜」

 分からない。

 分からないわ、宰相。

「……ただの椅子よ? 造りは豪華だけれど」

 王国開祖の時代から引き継がれた、古めかしい木製の椅子だ。丁寧に補修され、金泥を塗り込められて、遠目には立派な玉座なのだけれど、近くで見るとガタつきが出始めている。

「この辺りの金のてかり様。ギラつき振り。更にご覧下さい、この脚の張り出し方。全体でこちらを見下し、嘲笑しておりますな」
「う、うん、そうなの……?」

 椅子同士にだけ分かる何か?

 「この辺りのギラつき」と言われたところで、単に重ねられた金泥が盛り上がっているだけにしか見えないのだけれど。ところどころ剥げているところもあるし。

「ともあれ、この玉座は速やかに役目を終えるべき時です。新たな座は、私がすでに用意しております」
「そ、そう」
「これは私が引き取り、その罪に相応しい処断をいたします」
「罪? 処断?」
「……ク」

 宰相が唇の端を持ち上げ、隠し切れない暗い笑みを洩らした。

 ……待って。

 この十年間で私が初めて見るユリウスの笑みがコレとか、どういうことなの?

「なるほど、過去の椅子の身を案じておいでですか……」
「過去の恋人みたいな言い方しないでくれる?」
「残念ですが、生かしてはおけません」

 私が何も言わなかったかのように話が進んでいる。

「もともと生きてないけどね?」
「まずは脚を一本ずつ……バラバラに……」
「猟奇的過ぎるわ止めなさい!」

 言い方の問題で酷いけれど、内容としても酷い。

「ユリウス、これは代々の王を乗せてきた玉座なのよ? 歴史的な価値から言っても保存継承すべきだわ。貴方は文化財を粗末に扱うような人間では無かったでしょうに」
「代々の王? ……それはどうでもいい」

 低い呟きが聞こえた。

「え?」
「陛下。幾ら歴史的価値が高かろうと、この椅子の罪は陛下を乗せて得意満面になっていたこと。功罪を秤にかけるとすれば、その罪の重さは明らかです」
「そうかしら?!!!」
「いかに陛下が庇われようが、私が見逃すことはありえませんな」
「……」

 私は黙った。

(何をどう言おうと、結局は椅子として嫉妬に駆られてるだけよね……嫉妬に狂った椅子って恐ろしいわ)

 問題は、なんでこの国の宰相が椅子なのか、それも嫉妬に狂った椅子なのか、というところだけれど……もう今更すぎる。いろんな意味で手遅れだ。私は考えるのを止めた。






「そのまま持ち上げろ! 右側が少し脆くなってガタついてるから、慎重に運べよ!」

 玉座の間に、レルゲイト将軍、そして彼の率いる騎士たちの声が響き渡る。

 私、宰相、それに数人の文官たちが見守る中、古めかしい玉座は「文化財」として運び出されていく。このまま王立歴史博物館に収められる予定だ。

「陛下、後はお任せを! ……どうしました、顔色が悪いですねえ」
「レルゲイト将軍……」

 何とも答えにくい。

 太陽のように明るい将軍の笑顔を前に、私は椅子(宰相)の上で居心地悪げに身じろぎした。運び出し作業を見守る間、その必要もないのに、私は彼の上に座って……いや、座らされているのである。

「何かまた、その椅子が悪いことでも仕出かしたんでしょう」
「ギクッ! ……い、いえ、何でもないのよ、気にしないで」

 そう、何でもない。

 玉座を保存継承する見返りとして、「椅子が座らせたいと思った時に私を座らせられる権利」を宰相に与える契約を結んだ、それだけだ。

(……意味が分からないわ)

 椅子が座らせたいと思った時? 椅子って、人が座りたいと思った時に座るものよね? なぜ椅子の希望が優先されるの?

 改めて考えると、心底意味不明すぎて発狂したくなる。だからなるべく考えないようにしているのである。

「……」

 プロの椅子(?)として、さっきから微動だにせず無表情の宰相が、黙っているのにやけに勝ち誇っているような気がする。外面は完璧な鉄面皮なのだけれど、その気配を感じるのだ。それを感じ取るたびに、その頬を全力で捻り上げてやりたい! と心の底から思っているのだけれど、まだ実行には移していない。
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