【完結】猫を膝に乗せて私は物語を編む 〜このまま静かに一人で老いていこうと思っていましたが、宝物を見つけました

雪野原よる

文字の大きさ
4 / 5

4.貴方に語る物語は

しおりを挟む
「──、─~、……~」

 耳馴染みのない異国の言葉が聴こえた。

 私の小さな家の奥。狭い寝室のベッドに横たわったまま、イシアンが低く歌を口ずさんでいるのだ。

 無意識のものだろう。まだ傷も塞がり切らず、一日中横になって、窓の外を眺めているしかない。気を紛らわすために、適当な歌詞をリフレインしているように思えた。

(……やけに美声だわ)

 私も、人のことをとやかく言える容姿ではないけれど、イシアンはどちらかというと不細工な部類だろう。だけど笑顔は悪くないし、声は深みがあって男らしい美声だ。

(変な人)

 そんなことを考えていたからか。邪魔をするつもりはなかったのに、つい声を掛けてしまった。

「どこの国の歌なの?」

 歌が止んだ。イシアンの水色の目がこちらを向いて瞬く。
 私が「ごめん」と片手を挙げて謝ると、顔に皺を寄せて笑った。

「俺の母国の子守唄だ。ここからはずっと遠い場所にある国でな……俺も、十つのときに離れて以来、一度も帰ってない。でも、無意識下に染み付いてるもんだな」

 本当に漂流者なのね、と思いながら、他のことを訊ねた。

「やっぱり傷が痛むの?」
「まあな……慣れてはいるんだが」
「痛み止めを飲み過ぎるのもいけないわよね。温かいお茶でも淹れてきましょうか?」
「それも有難いんだが……できれば、また、あんたの話が聞きたい」
「うーん……」

 私は唸った。

 なんと私は、この一週間というもの、この男に自分が書いたお話を読んで聞かせているのである。やはり、夜通し傷が痛んで眠れない彼を見かねたことがきっかけだった。そしてそもそもの始め、私がお話を書いていることを知られてしまったきっかけはトールキンだ。

「あの猫……猫だよな? あれ……何て名前なんだ?」
「猫よ。一応。トールキンというの」
「丸いし、でかいし、伸びるな……」

 もちもちした物体と化していたトールキンを見ながら、いかにも感心したように彼が言うので、何気なく訊ねたのだ。

「貴方も猫を飼ってたりするの?」
「悪友が押し付けてきたのがいてな。留守中はそいつに預けてあるんだが。細くてスラッとして、めちゃくちゃ高慢ちきで、いつも文句しか言わねえんだ」
「名前は?」
「ジョロキア」
「……強そう」
「女王様だよ。まだ三歳ぐらいなのに、世の人間は皆自分にかしずくと思ってやがる」
「ふふ、トールキンに会わせてみたいな。ひょっとして、彼のお姫様かもしれない」

 またしても私は、うっかり口を滑らせたのだ。

 トールキンを主人公にした物語を書いていること。それ以外にも、これまでも沢山書いていること。ただ自分の楽しみとして、ひっそりと書き続けているのだということを。

 なんで言ってしまったのか分からない。彼はスパイ容疑があるけれど、私を籠絡しようとするでもなく、どちらかというといつも素の、くたびれた表情を見せていた。絡め取られたわけではないのだ。一度だけ、私をやけに褒めちぎるようなことを言っていたけれど、それは高熱を出して浮かされていたときの話だし。

 夜中、寝台の中でうなされていた彼を見舞ったら、手を強く引かれて言われたのだ。

「……助けてくれたのがあんたで良かった。最初見たとき、森の中に住んでる妖精かと思った。この世のものとは思えないぐらい美人だな、あんたは」

 ……彼が今、そんなことを口走ったのを覚えているかどうか。それは分からないが、そんな褒められ方をするとは予想の斜め上すぎて、記憶に強く残り過ぎて、彼に警戒心が持てなくなっているのかもしれない。

「……分かったわ。何の話がいい? また、トールキン王子の話の続きを?」

 そして今も、断ることもなくずるずると、自分だけのために書いた物語を読んで聞かせているのである。

「それも気になるが、今はあの話が気になるな。魔法の灰色の城に住むお姫様の話」
「……意外と気に入ってるのね」
「あんな城があるなら住みたいって思うぜ。本当に夢みたいな場所だろ。そろそろ平和な暮らしに戻りたいって、もうここ何年も思ってる。なかなか叶わないけどな」

 そう呟いた彼の額にはうっすらと汗が滲んでいて、また痛みがぶり返してきたのが分かる。
 それとも、治らずに何度もぶり返すのは、心に負った傷の方だろうか?

「この近くにあるのよ。灰色のお城みたいな家が。ずっと門が閉ざされてるし、誰か住んでいる気配もないし、庭の奥までは見えないんだけど。魔法にかかっていそうな家が」
「それも何かのお話みたいだな。もっと話して聞かせてくれ」
「……眠らなくていいの?」

 彼の体力は大丈夫なのだろうか。心配になって訊ねると、彼は少し熱が出ていると分かる顔をこちらに向けて、強く透明な眼差しで笑った。

「ああ、あんたの話が聞きたいんだ、もっと」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

メリザンドの幸福

下菊みこと
恋愛
ドアマット系ヒロインが避難先で甘やかされるだけ。 メリザンドはとある公爵家に嫁入りする。そのメリザンドのあまりの様子に、悪女だとの噂を聞いて警戒していた使用人たちは大慌てでパン粥を作って食べさせる。なんか聞いてたのと違うと思っていたら、当主でありメリザンドの旦那である公爵から事の次第を聞いてちゃんと保護しないとと庇護欲剥き出しになる使用人たち。 メリザンドは公爵家で幸せになれるのか? 小説家になろう様でも投稿しています。 蛇足かもしれませんが追加シナリオ投稿しました。よろしければお付き合いください。

悪妻と噂の彼女は、前世を思い出したら吹っ切れた

下菊みこと
恋愛
自分のために生きると決めたら早かった。 小説家になろう様でも投稿しています。

7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。 7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。 ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。 ※よくある話で設定はゆるいです。 誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

蝋燭

悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。 それは、祝福の鐘だ。 今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。 カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。 彼女は勇者の恋人だった。 あの日、勇者が記憶を失うまでは……

愛する義兄に憎まれています

ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。 義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。 許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。 2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。 ふわっと設定でサクっと終わります。 他サイトにも投稿。

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

処理中です...