【完結】「お前たち! 今日もシンデレラを虐めるわよ!」「……今日も失敗したか、だが俺は諦めんぞ」

雪野原よる

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10.ひょっとして:向いてない

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(……ああ、そうだよな。そうなるよな)

 二階の窓枠に寄りかかって、眼下の光景を見下ろしながら、シェランは果てしなく暗くやさぐれた気分でいた。

(なんでもっと早くに、こうなると気付かなかった)

 窓枠につけた背中をずり落とし、力の抜けた身体を半ば床に沈める。いつも美しく整えられている銀の髪に指を入れて、いらいらと掻き回したところで、階下から楽しそうな声が響いてきた。

 といっても、楽しげなのは部下たちばかりで、シンデレラの声は変わらずに暗く、呪われた霊か何かのようにボソボソとしている。

「シンデレラ! 最新式の掃除魔道具ですわ! でもきっと、シンデレラは使い方なんて知らないだろ、ですわ?」
「……はい、知りません」
「ハハハッ、こんなことも知らないのか、ですわ! だが心配することはない、この継姉たちが教えるのですわ!」
「有難うございます、アン姉さま、ドリス姉さま……」
「任せろですわ。この魔道具があれば、シンデレラの仕事もぐんと減るだろ、ですわ!」






 ……彼の部下たちは、本当に心の優しい奴らなのだ。

 今では、この家の力仕事全般を請け負っているのはアンガスだ。それでも体力は有り余っているようで、気が付いたら庭仕事まで買って出て、庭の隅に可愛らしい花壇を作っていた。花を愛でる熊のような男、という構図だ(ただしムキムキの身体にドレス姿である)。

 ドクも負けてはいない。シンデレラの仕事が自然に減っていくのと同時に、この家の銀器類が全てピカピカと照り輝き始めた。「何かを無心で磨いているのが好き」と真顔で語る男だ。いつ磨いているのかは知らないが。

(あいつらめ……)

 シェランはシェランで、たまに厨房に篭っては、見事な手料理を彼らに振る舞っていたりするのだが、そんなことは今、都合よく忘れ果てている。自分のことは棚上げにして、シェランは部下たちの人の良さを呪った。

(ちっ……このまま諦めるのか?)

 シンデレラに嫌がらせをせず、このまま平和な日々を送らせてやる? 男爵家から手を引く?

 どちらも魅力的な選択肢とは思えない。

(そんな中途半端な詐欺は認めんぞ。必ずやり通す。シンデレラを虐め抜いて、容赦なくこの家から追い出してやる)

 その夜、シェランは屋敷の中を歩きながら、心中でそんな誓いを新たにしていた。

 傍目から見れば、厳しくも憂いに満ちた表情の貴婦人が、暗い邸内で物思いに耽っているように見える。ランプの灯が、その白く整った顔を幻想的に照らし出す。無論、その中身は幻想的でも何でもない、ただの俗欲まみれの詐欺師なのだが。

「……ん?」

 シェランはふと、顔を上げ、耳を澄ませた。

 何か、小さな声が聞こえたのだ。夜風に乗って、近くの部屋から響いてくる。誰か、泣いているような──

 考える間も置かず、シェランは扉を開け、その部屋の中に押し入った。

 シンデレラの部屋だ。

「……おい」

 男の声で呼び掛けてしまってから、シェランは一旦呼吸を整え、冷たい男爵夫人の声音を取り繕った。

「どうしたの。何を泣いているのかしら」

 シンデレラが泣いている。暗い部屋の寝台の中で眠ったまま、悪夢を見ながら泣いているようだ。細く痩せた手を虚空に突き出し、掠れた声で懇願している。

「お……おかあさま、いや、もうしわけ、ありません……はたらくから……わたし、もっとはたらくから、ゆるして」
「シンデレラ」

 大股に寝台に近付き、シェランはその小さな手を取った。

 一息で、心に浮かんだままに言う。

「……それは夢よ。もうその人はいない。貴方は無事で、許されている」
「ゆるされている……?」
「ええ。もう二度と辛いことは起きない。辛いこと、苦しいことは終わったの。全部終わったから、貴方はもう、好きにしていいのよ。解放されたの。大丈夫」

 そう言うと、彼の手の中にある痩せた手が、その見た目からは想像もつかないほど強い力で握り返してきた。水に溺れる者から縋り付かれているようだ。

 シェランはその手を柔らかく握り締めた。

「大丈夫……」
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