【完結】「お前たち! 今日もシンデレラを虐めるわよ!」「……今日も失敗したか、だが俺は諦めんぞ」

雪野原よる

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後日談、或いはおまけ

38.シェラン、義弟となる(予定)

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「……それで、二人して朝帰りしてきたと言うんですわね?」
「朝どころか、翌日の夕方着だったぞ?」

 シェランが、くたびれきった表情で言う。精神上だけでなく、本当に肉体的に疲れ切っているようだ。

 その彼と膝詰めで向かい合っているのは、エラの姉(偽)であるアンガスとドクだ。

 ドクが、細めた目をキラリと光らせた。

「その辺りの誤差はどうでもいいのですわ。問題は、二人で密室(馬車)にずっといたこと、しかも、ボスがエラの膝枕を堪能したことですわ」
「誤差で片付けるな。それに膝枕は……俺には記憶がない」
「記憶がないから責任を取らないと?!」
「一夜の責任みたいに言うな!」
「一夜どころじゃ無かったですわ、ボス」「責任を取らないのは、良くないと思うですわ……ボス」
「だから、話をそれっぽくするな、お前ら」

 シェランがぐったりしているのも理解できる。

 何がどうして、こうなったものやら。

(私が悪い……のかしら)

 エラは首をひねった。

 この話の、そもそもの原因といえば。

 帰りの馬車が揺れるたびに、絶対に起きないシェランの頭が窓枠にぶつかってごいんごいんと音を立て、それがあまりに痛そうで不安になった、それが事の始まりだ。

(この人、頭を怪我してるはずなのに……このまま頭を打ち続けたら)

 心配すぎる。しかし、ちょっと揺さぶってみたぐらいでは起きる気配もない。悩んだエラは、その場で取れる最善手として、シェランを引っ張ってずりずりと身体の向きを変え、彼女の腿の上に彼の頭を据えるように寝かせてみたのだ。

 それが男爵邸に帰宅したとき、姉たちに目撃されて、こんな騒ぎになるなんて。誰が想像できただろうか。

「姉さまたち、私は気にしてないんですけど……ちょっと(腿が)圧迫されて痺れたぐらいで、痛くも無かったですし。別に大したことじゃ」

 恐る恐る口を差し挟むと、三人が同時にぱっと顔を覆った。

「エラ! 自分を大事にするべきですわ! 大したことじゃないなんて」
「……庇ってくれるのは嬉しいが、なんで意味深に聞こえるんだ? わざとか?」

(……どうしろというの)

「そもそも! ボスは自覚すべきですわ!」

 アンガスが大きな肩をいからせて、シェランに指を突きつける。

「このままエラとボスが結婚でもしたら、ボスは俺たちの義弟になるんですわ!」
「……え?」

 シェランが戸惑った声を洩らした。

「義弟? お前たちの弟? なんで? ……いや、そうか、そうなるのか?」
「そうなるんですわ」

 ドクは厳かに宣告した。

「ですが、ボスには弟っぽさが足りません」
「そりゃそうだろう」
「このまま、ボスを俺たちの弟として認めるわけにはいきません、ですわ!」
「そりゃ……そうだろうな?」
「ボスはもっと弟らしく!」「弟らしさを磨くべきですわ!」「???」

(……何なの、この展開)

 意味が不明だ。シェランは自覚していないようだが、部下たち相手だと途端に流されっぱなしな性格になるのも謎すぎる。

 エラは事態に収拾を付けるべく立ち上がった。

「姉さまたち。ちょっと私の話を聞いて下さい」
「エラ?」
「ドゥーカンさんを責めるのは筋違いです。爆睡しているドゥーカンさんを無理矢理膝枕したのは私なので。責任を取るなら私の方です」
「?!!」

 空気にピリッと雷が通ったかのような緊張が立ち込める中、

「私、今回のことで分かったんです。ドゥーカンさんは放っておいたら駄目です。私が守って戦わなくちゃいけないような、脆くか弱い命なんです」
「……エラ?」

 シェランが存在しない頬袋の中に大量の豆を突っ込まれた鳩のような顔をしているが、エラはそれを無視した。

「つまり、とても弟っぽいと言えるのではないでしょうか」
「なるほど、ボスはか弱き命……!」「流石はエラ、俺たちの妹ですわ!」
「……なあエラ、お前のそれは天然で言ってるのか、それともずっとお義母さまの振りをしていた俺に対する巧妙な復讐なのか?」

 シェランが何か言っているが、エラはそれも無視した。

 無視にかぎる。

 割と天然な人に、天然と言われたくはないので。





 和やかな夕食の時間が終わり(シェランはその間ずっと、部下たちに弟扱いされ続けて辟易していたが)、それぞれの寝室に引き取る前に、エラはシェランを引き留めた。

「ドゥーカンさん」
「ん、なんだ?」

 振り向いたシェランはたっぷりの湯に浸かったせいで、しっとりと髪を濡らしたまま、いつもの美貌の冴えを取り戻していた。

 本領発揮というところだ。その上、エラに対して気遣いと優しさしかない笑みを向けるのだからたまらない。

「お前も疲れただろ。早く、ゆっくり休めよ」
「……そういうところですよ」
「ん?」
「お義母さまだなあ……って思うんです。貴方はやっぱり、お義母さまなんですよね。だから、結局……その、嫌いにはなれません」

 それだけを言うにも、深刻な葛藤を感じさせる。俯いて、真剣な告白でもするようにもそもそと言うエラを見下ろして、シェランは何かを思いついた悪戯っ子のような笑みを閃かせ、

「なるほどな? じゃあ、エラ……」

 詐欺師としての全能力を掛けて、滴るような色香を乗せ、屈み込んでエラの瞳を覗き込みながら低く囁いた。

「俺のハーレムに入らないか……? 定員は一人なんだが……」
「は、入ります♡♡♡」



 ……「うっかり、場の空気に流された」、後のエラはそう語っている。

 さらに、「一度流されると二度目も流されやすくなる、その弱点を突いて茶化したドゥーカンさん許すまじ」「本気で許しません」──ゆえに、それからしばらくというもの、シェランはエラに口を利いて貰えなかった。

 彼がエラに苗字ではなく、名前で呼んで貰えるようになるのは、さらに数年後の話である。

 とはいえ、

「あの二人、いつも通りですわ」
「本当にね、ずっとああなんですわ」

 偽姉たちがのんびりと語る通り、男爵家はいつも、変わりなく平和だ。









──────
軽く後書き

すみません、後日談は実験したり試行錯誤したりした挙句に、結局コメディで終了しました。
なんだこれ。ラブコメ……?(あやふやな顔)
この後日談で詰め込んでみたかったのは、
・エラ視点(これが全ての間違いだった、シェラン視点と比べて異常に書きづらくて大変でした)
・冒険活劇要素(途中で飽きた)
・歴史風俗要素(カリクルは絶対に出したかった、しかし歴史要素を入れすぎると「どこの国でいつの時代なんですか?」という問題が混迷を極めるのでそれもつらい、難しい)

あと、宗教要素は入れたくなかったのに入れざるを得なかったので死ぬほど投げやりです。歴史要素を入れるなら避けて通れない問題ですが避けて通りたい。通りたかった……

後日談を書き始めたときは、「主人公二人をきっちりくっつけよう」「それがこの後日談の意義だ!」と思っていたんですが、書き終えたら「この二人(+部下たち)でわちゃわちゃコメディやってる方が良いのでは?」「数年後にくっつくんだぜこいつら、という雰囲気で永遠にボケツッコミしてるのが良いのでは?」という結論に至ってました。もっとゆっくりじっくり、長編として続けた方が良かったのでは……しかし短い話の方が好きなので、とっとと締め括りたくなるという。よってここで完了です。

エラは難しかったですが、シェランはとても書きやすくてお気に入りのキャラクターでした。書いていて楽しかった! ここまでお付き合い下さった貴重な読者様、本当に有難うございました!
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