最低最悪のクズ伯爵

kae

文字の大きさ
23 / 48
最低最悪のクズ伯爵に嫁がされそうになったので、全力で教育して回避します!

第23話 世界一可愛い

しおりを挟む
「アーーーーウアゥーー。」


「はいはい。さっきミルクはあげたし、おしめもかえたばかりよね。構ってほしいのかしら、お嬢ちゃん?」



「アゥーーー。」


「ちょっと待っててね。この書類読んじゃうから。」


コンコンコン

赤ちゃんを見ながら書類に目を通していたアメリヤの部屋を、誰かがノックする。



「はい?どうぞ。」
「アメリヤ、お邪魔するよ。」
「ケヴィン様!」









*****






「あと2か月弱。契約が切れたら、私はこの領を出ていきます。」

 あの日、そう言って結婚の申し込みを断ったアメリヤにケヴィンは、結婚してくれなくても、契約期間終了後も引き続きプラテル領で働いてくれないかと言ってきた。
 今の条件よりも、ずっと良い条件で雇うからと。


「いいえ。今のプラテル領に、私はもう必要ありませんよ。領地の皆も頑張って働いているし、ケヴィン様の事業も順調です。」

 今のプラテル領は、斜陽の領どころか、日の昇る領と言われているくらいだった。

「いや、今は上手くいっているけれど、それだっていつどうなるかは分からない。ユフレープを運ぶのに船を利用することを考えたのもアメリヤだし、行きの空っぽの船に商品を積んでいって、ターニャ国で売るのを考えたのもアメリヤだ。もしも状況が変化した時、アメリヤがいないと・・・・。」

「ケヴィン様、大丈夫ですよ。あなたはもう、立派にやっていけます。私がいなくても。」


今まで孤児院で頼られて子ども達のためだけにずっと働いてきたように、これからもずっと誰かに頼られて、誰かのために生きていく?
ケヴィン様のために、プラテル領のために。


それでもいいかもしれない。好きな人のために、生まれ育った領のために。
ケヴィンと結婚すれば、孤児院の子ども達の様子もずっとみていられる。見捨てなくて済む。
もうそれでいいかもしれない。―――私は、それでいいのかもしれない。


でもそれは何かが違うと、心のどこかから声がする。


以前の、もしもアメリヤが孤児院を出て行ったら、本当に多くの子ども達が路頭に迷っただろうあの時とは違う。
孤児院だって、今はもう補助金ももらえるようになったし、新しい職員さんも何人か雇う予定になっている。

そしてケヴィンもプラテル領も・・・・。


大丈夫。アメリヤがいなくても。きっともう皆自分で考えて、一人でやっていける。


―――だから私は、この手を離す。







*****





肩の痛みもなくなり、アメリヤは孤児院に帰ることになった。

アメリヤが帰ったのと同時に、孤児院に生まれたばかりの赤ちゃんが連れてこられたこともあり、まだしばらくはお仕事の手伝いを休ませてほしいと、入れ替わりでプラテル屋敷に戻るベルタに伝言を頼んだ。

最近のプラテル領は、ユフレープジャム以外にも、マールレード、その他の色んなジャムも作り始めている。
レシピを公開しているので、他にも真似して作り始めた者も大勢いるのだが、やっぱり最初に始めたオリジナルのジャムという信頼感があり、順調に売り上げを伸ばしている。

ターニャ国へは、ユフレープジャムを逆輸出するようになった。行きの船にジャムを載せて運び、帰りの船にユフレープを載せて帰ってくるのだ。
ユフレープジャムは、ターニャ国でも売れた。いや、むしろウェステリア国よりもターニャ国での方が、高値で売れるくらいだった。






アメリヤがいなくとも、事業も孤児院も順調に回っていく。
 でもアメリヤがいるから、まだ皆がアメリヤを頼っている。


 立派に成長した子ども達に、アメリヤが最後にできること。


 それは、その子を信じて、手を離すことだ。
 その子が自分の力で生きていけるのだと信じて、送り出すこと。


 今はアメリヤを頼ってくれているケヴィンだけど、いずれアメリヤがいなくても大丈夫になっている自分に気が付くだろう。
 その時に、あの時見捨てなかったからとか、諫めてくれたからとか、いないと事業が回らないからとかじゃなくて、本当にケヴィンが心から好きな相手と幸せになって欲しい。
 

 アメリヤの方だってそうだ。もう必要だからとか、いないと困るからとか、そういうので頼られるのはお終いだ。一人の女性として、ただのアメリヤとして、幸せになりたい。


―――『君が必要なんだ』・・・・か。ある意味究極の失恋よね。






今回孤児院に連れてこられた赤ちゃんは小さすぎるので、街の希望者にお世話を頼むにはまだ早い。

産まれたばかりの赤ちゃんは、夜中に何度も目が覚めて泣く。
まだ胃が小さくて、1回に呑めるミルクの量が少ないからだ。2、3時間ごとに起きてミルクを飲まなければならない。


―――しばらくは夜中眠れなさそうね。





「ケヴィン様、お元気そうでなによりです。」


 孤児院に戻ってきてからほんの数日だけれど、アメリヤがケヴィンと契約してから、これだけ会わないのは初めてのことだった。


「アメリヤも。まだ怪我が治ってそんなに経っていないんだから、無理してないかい?」
「ええ、大丈夫。怪我が治ったのはもう何日も前の話ですよ。」
「そうだったかな。・・・・この子が新しくきた赤ちゃん?可愛いね。こんにちは。」


「アウ~。」 



ケヴィンが揺りかごを覗き込む。まだ人見知りもしない小さな赤ちゃんは、誰かに覗き込まれたのは分かるのか、不思議そうな顔をしている。
可愛いらしい女の子だ。


「アメリヤ、夜はまた眠れてないんだろう?赤ちゃんは僕がしばらく見ているから、今のうちに少し寝ておいでよ。」
「え?」


 そう言うと、ケヴィンは鞄からいくつかの書類を取り出した。


「そこの机借りるよ。読んでサインするだけの書類は持ってきたんだ。今日は人と会う予定もないから、アメリヤと交代しようと思ってさ。」


 書類を机の上に並べると、続いて鞄からは様々なオモチャが出てきた。


「・・・・そのオモチャは?」
「ああ、作ってみたんだ。以前赤ちゃんの面倒を見ていた時に、色んな物をかじっていただろう?もういっそ、いくらでもかじって良いオモチャを作ってみたらどうかなと思ってさ。」


 木で出来たクマのような形をしたそのオモチャは、丁寧にやすりで削られていて、どこもかしこもまあるくて、優しい形をしていた。

「って思ったんだけど、あれだね。このお嬢さんにはまだ歯がないね。あ、じゃあこっちのオモチャはどうかな・・・・。」


 次のオモチャを取り出そうと、鞄の中を探るケヴィン。





―――可愛い。

 ギューッと、まるで誰かに心を握られているみたいに、アメリヤは胸が締め付けられた。

―――可愛い。世界一可愛い。誰よ、この人のことを、自分のこと可愛いと思っている痛いオジサンとか言ったの。目がおかしいんじゃないかしら。




「よし、これだ。」


 カラカラ カラカラ


「キャウッ。」
「お、気に入ったね。」



 あと少しの間だけ側にいることを許されているケヴィンの、赤ちゃんに向ける優しい微笑み。
あと少しで、手の届かない存在になるその人を、アメリヤは目に焼き付けるようにして、しばらくの間見つめていた。







しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

行き遅れ令嬢の再婚相手は、ダンディな騎士団長 ~息子イケメンの禁断の守護愛~

柴田はつみ
恋愛
貧乏貴族の行き遅れ令嬢リアナは、28歳で社交を苦手とする大人しい性格ゆえに、結婚を諦めかけていた。 そんな彼女に王宮から政略結婚の命令が下る。再婚相手は、妻を亡くしたダンディな騎士団長ギルバート。 クールで頼れる40代のイケメンだが、リアナは「便利な道具として選ばれただけ」と誤解し、切ない想いを抱く。 さらに、ギルバートの息子で爽やかイケメンのエリオット(21歳)が義理の息子となる。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...