最低最悪のクズ伯爵

kae

文字の大きさ
28 / 48
空白の5年間

未亡人の恋①

しおりを挟む
 幼い頃から大切に見守ってきた初恋の女の子が、美しい令嬢に育ったと思ったら、あっという間に甘いマスクの甘ったれ男に恋をして、かっさらわれて結婚したのを涙をのんで祝福して。
 なかなか諦めきれなくて、伯爵家を継ぐための勉強が忙しいからとか言いながら自分の結婚話を断ったり、みじめったらしく、その子の嫁いだ領が栄えるように、その子が幸せになるように陰ながら事業とか応援していたら。
 最低クズ夫が、1年も経たずに赤ちゃん連れのその子を追い出して、ついにその子の目が覚めて、離縁して戻ってきたから小躍りして喜んでいたら「誰でも良いので、家の為になるような再婚相手を探してくださいね」って言われた男の話、もうしたっけ?


「5回くらい聞いたかな、セドリック」
 ということは、友人のライオネルに相談という名の愚痴をこぼすのは、これでもう5回目ということか。


 俺はハウケ伯爵の弟、フランケ子爵の次男セドリックだ。
フランケ子爵家の跡取りである兄上と違って、将来の行く先がなかった俺は、一人娘しかいないハウケ伯爵に、いつか君がハウケ家を守ってくれ言われて育ってきた。
 ハウケ伯爵家を継ぐために色んな事を教わりながら、一人娘ユリアも当然一生守っていくものだと思い込んでいたら、あっという間に他の男にかっさらわれた。

 ユリアは別の男と結婚してしまったものの、ハウケ伯爵は俺を養子にして、将来のハウケ伯爵にするべく、仕事を徐々に引き継いでくれた。
 幼い頃からの約束通りだな!

ユリアがプラテル伯爵と離縁してハウケ家に戻ってきた時は、今度こそ俺と結婚するものだと思い込んでいたら(2度目)、「家の為になるような再婚相手を探してください」ときた。
こんな可哀そうな男を、俺はちょっと他に知らない。


ハウケ家に戻ってきたレオハルトの子育ては、主に自然溢れるハウケの領地で行われた。
 それに伴って、ユリアのご両親であるハウケ伯爵夫妻も、孫と娘の世話を思う存分するために、嬉々として領地に引っ込んでしまった。

 俺だって一緒にハウケの領地に引っ込んで、ユリアやその息子、ぷくぷくほっぺのレオと一緒に、毎日散歩をしたり、お昼寝したりして過ごしたい。
 しかし議会が王都で開かれる社交シーズンや、どうしても王都に出向く用事がある時、ハウケ伯爵から、「勉強の為に行ってきなさい」とかなんとか言われて、代理で王都に送られてしまうのだ。
 ハウケ伯爵夫妻、絶対可愛い一人娘と孫と一緒に、のんびり領地で暮らしたいだけだと思う。
 絶対そうだ、自信がある。


 ハウケの領地までは、王都から往復するだけで1週間かかる。
 どんなに速く用事を片づけても、1週間以上もユリアとレオに会えないのだから辛すぎる。
 議会シーズンは、更に数か月の間会えないことすらある。
 久しぶりに領地に戻ったら、レオがそれまでできなかったことができるようになっていたり、ビックリするぐらい身長が伸びていたりするのが嬉しい、けど辛い。
 自分自身の目で、レオの成長を見守りたい。


「セドリック、お前真面目すぎるだろう。一人で王都に来ている時くらい、羽目を外したらどうだ?結構カッコいいんだし」
 今日はハウケ伯爵の代理で出席した夜会会場の隅で、友人のライオネルを見つけられてまだ良かった。
 せめて愚痴を言える相手がいるだけましだ。
 愚痴を言う友人もいないような夜会やダンスパーティーでは、顔に「伯爵夫人になりたいです」と書いた女性たちが群がってきて大変なんだ。
 以前あからさまに「出戻りのユリアさんは、まだお相手が見つかりませんの?」などと言ってくる女もいた。
 その時は「万が一ユリアが再婚して、ハウケの家から出て行ったとしても、こんなクソ性格の悪い発言をするあなたとは、死んでも結婚することはありませんね」と言わないでいるのに、大変苦労したものだ。

「もう十年以上一途に想っていても、報われないんだろう?そろそろ諦めて、他の女性に目を向けるのも、いいんじゃないか。ほら、あそこにいるルガー夫人。まだ若いのにルガー子爵に先立たれて、亡き夫の領地の経営を任せられる男を探しているって話だぜ。変な男に目を付けられる前に、守ってあげれば?」

 ライオネルが、ワインの入っているグラスをとある方向に指し向ける。
 その先には、小柄で少し気弱そうな印象の女性が、心細げに一人で佇んでいた。
 本当に若い。
 まだ10代ではないのかと思うほどだ。
 ライオネルの話が本当であれば、あの女性はなんでこんな夜会で一人でいるのか。
 招待状がないと入れない夜会だから、今のところバカな真似をする者はいない様子だが、あんな風に一人でウロウロしていたら、悪い男に連れ去られかねない。

「……あの夫人、まさか一人で夜会に参加しているのか?」
 俺の様に仕事で王都に滞在していて、仕事の付き合いもかねて一人で夜会に参加する男は珍しくもないが、女性はお茶会や趣味の集まり以外は、パートナーを連れているか、父親や保護者と一緒に参加するのがほとんどだ。

 社交界シーズンの夜会は、男女の出会いの場でもある。
 愛人を探しに来ているような悪い男に騙されることもあるので、若い令嬢には大抵保護者が付いて、しっかりと目を光らせているのだ。
 子爵家の若い未亡人なんて、少しでも目を離したら、狼にパクっとやられてしまうだろう。

「確か夜会が始まったばかりの時は実兄といたようだな。その実兄は、さっきあっちのバルコニーの暗がりで、可愛らしいご令嬢とよろしくやっているのを見た」
「……おい」

 なにをやっているんだ、その兄とやら。

 よく見れば、所在なさげに佇んでいるルガー夫人を、品定めしているような視線がいくつもある。
 仕事は出来るが遊び人だと評判の男や、夫人がいるのに放置していて、いつも愛人を侍らしている、威圧的ないけ好かない男。

「ライオネル、お前だって独身だ。しかも次男で家を出なきゃいけないんだろう?ルガー子爵夫人、守ってあげたらどうなんだ」
「男爵家の次男に、子爵家の未亡人へ突撃しろだって?冗談言わないでくれ。それに夫人を狙っているあそこの男は子爵家の令息、あそこの愛人何人も囲っているオヤジにいたっては伯爵だぞ。守るどころか、フォックス男爵家ごと吹き飛ばされるよ」
「俺だって、ただの伯爵の代理でしかないんだぞ……」


愛人の腰に手を回していた腹の出た伯爵が、その愛人から手を離してルガー夫人のほうへと歩き始める。
それを見た遊び人の子爵次男が、取られたなーと肩を竦めている。

 ……おいおいおい。10代かと思うような若いルガー夫人が、老獪で威圧的な伯爵に声を掛けられたら、もうその時点で、詰みじゃないのか?


 最初は冗談で守ってやればなどと言っていたライオネルも、本気で伯爵が動いたことに焦ったのか、冷や汗をかいて、俺に必死で目配せをしてくる。

 どう考えても、厄介事だ。
 もしあの伯爵の機嫌を損ねたら、ハウケ伯爵にもご迷惑をお掛けするかもしれない。
 だが仕方ない。
下手をすれば、あの少女の様な夫人の人生が、台無しになってもおかしくない状況なのだから。

 自分が飲んでいたワインのグラスをライオネルに押し付けると、速足でルガー夫人に近づく。
 腹の出た伯爵の方が、ルガー夫人まで若干距離が近かったが、足の長さが違う。
 俺はおデブ伯爵(失礼)よりも一足早く、ルガー夫人の元にたどり着くことができたのだった。




しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

ひみつの姫君

らな
恋愛
男爵令嬢のリアはアルノー王国の貴族の子女が通う王立学院の1年生だ。 高位貴族しか入れない生徒会に、なぜかくじ引きで役員になることになってしまい、慌てふためいた。今年の生徒会にはアルノーの第2王子クリスだけではなく、大国リンドブルムの第2王子ジークフェルドまで在籍しているのだ。 冷徹な公爵令息のルーファスと、リアと同じくくじ引きで選ばれた優しい子爵令息のヘンドリックの5人の生徒会メンバーで繰り広げる学園ラブコメ開演! リアには本人の知らない大きな秘密があります!

処理中です...