最低最悪のクズ伯爵

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空白の5年間

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「セドリック君、ユリア嬢。我がエルトマン邸にようこそ。我々は君たちを歓迎するよ」
「ありがとうございます、エルトマン侯爵。お世話になります」
「よろしくお願いいたします、エルトマン侯爵」

 セドリック、ユリアの順に、軽くハグをして、友好の意を示す挨拶をする。
 2人とも、ハウケ伯爵夫妻について、エルトマン侯爵家のパーティーには何度か参加したことがあった。
 大貴族であることを感じさせない、気さくで温厚な懐の深い人物だ。

「皆さん!また新たに、この屋敷に滞在していただける仲間が増えました。セドリック・ハウケ君と、ユリア・ハウケ嬢だ。これが良い出会いになれば幸いです。是非暖かく迎えていただき、交流を深めてください」

 エルトマン侯爵が、参加しているゲストたちに、大きな声で紹介してくれる。
 ゲストとして滞在しているのは、ハウケ家とケーヴェス家を入れても5家族。
今日の歓迎会にいるのは30人ほどだ。

 ハウケ家の他に伯爵家が1家族。
 他にはケーヴェス家を入れて3家族が子爵家、男爵家が1家族滞在中だ。
 この人数だとメインホールだと大きすぎるので、ダイニングルームでの晩餐会だ。
 食事の後は、隣のビリヤードルームでゲームをすることもできるし、応接室へ移動して、ゆったりとおしゃべりをすることもできるように準備が整えられている。

 レオ以外に、子どもが4人滞在しているはずだが、歓迎会には連れてこられていない。
 今夜は大人同士の交流会という事で、レオも子守りに任せて、ハウケ家のゲストルームでお留守番をしている。


「こんにちは、セドリック・ハウケ殿。なにやら愚息がお世話になったとか」

 まずは伯爵家との挨拶を済ませたセドリックたちに、ケーヴェス子爵が寄ってきた。
 こういう場で挨拶をする順番は、家格順だと決まっている。
 ケーヴェス子爵は、セドリックの記憶通り、パッとしない、印象に残らなそうな、地味な男だった。
 この男から、どうやってあの陽気でおしゃべりなエリスが生まれ育ったのだろうか。
 ケーヴェス子爵の後ろには、子爵に似た……しかし更に印象を薄くしたような、自信なさげな俯き加減の若い男と、夫人らしき女性が控えめに佇んでいる。
 そうしてその更に後ろに、不自然な間をあけてエリスがいた。
 挨拶の時は家族ごとなので、不本意ながら一緒にいるというのが表情から読み取れる。

「いいえ、ケーヴェス子爵。お世話になったのは私の方です。森の中で立ち往生をしているところ、ご子息のエリス殿に助けていただきました」
「セドリック殿はお世辞がお上手ですね。たまたま遊び歩いているところをお会いしただけでしょう。さて、こちらは私の息子のカリヤです。セドリック殿と同年代だ。仲良くしてやってください」

「…………」

ケーヴェス子爵に背中を押しだされてセドリックの前に出てきたた自信なさげな男。
自らはなにも言わなかった。

「…………」

 エリスが『愚息』と言われ、この自信なさげな男のことだけを『息子』と呼んだケーヴェス子爵に対して、不快なひっかかりを覚えたセドリックは、カリヤに何も話しかけなかった。
 既にエリスのことを、大切な友人だと思っている自分に気が付く。
 伯爵家の跡継ぎのほうから、子爵家の息子に声を掛けてやる義理はない。

「こ、こらカリヤ。ご挨拶しなさい」
「……どうも」

「どうも」

 カリヤとやらが『どうも』としか言わないので、セドリックも『どうも』とだけ返す。
 もう他の人への挨拶へ移っても良いだろうか。
 これ以上、この一家と話すことはなさそうだ。

 そうセドリックが考えていると、ふとカリヤが、自分のことを睨みつけてきていることに気が付いた。
 セドリックよりも頭半分ほど背が低いうえに、俯き加減だったので、気が付くまでに時間がかかったのだ。
 その瞳は暗く、得体のしれない闇のようで、一瞬ぞっとする。
 なぜ睨まれているか分からない。

 ……いや本当は、きっとセドリックのほうから話しかけないことに腹でもたてているのだろうと分かる。
 分かるが分からない。
 なぜなら紹介されて挨拶をしなければいけないこの状況で、どう考えても初めに自分から挨拶をして、話を広げる努力をするべきなのは子爵令息の方のはずだ。

「それではケーヴェス子爵……」
「そうそう! セドリック殿、『怪盗エリス』というのを聞いたことがありますかな」

 カリヤから目線を外し、ケーヴェス子爵家との挨拶を切り上げようとしたセドリックの言葉を、ケーヴェス子爵が慌てて遮った。

「怪盗エリス?」

 初めて聞く呼称に、ついつい聞き返してしまう。
 チラリと後ろの方にいるエリスに、視線を送る。
 エリスはヘラヘラとした遊び人の表情を、顔に張り付けたままだった。

「お恥ずかしい話ですが、愚息は昔から手癖が悪くてですね。あいつの周辺の人は、よく小物をなくしてしまうという訳です。情けない事に、何度言い聞かせても効果がなくて……セドリック殿もお気を付けください。大したものは盗まないので、ご婦人方が面白がって『あらまた怪盗エリスの仕業ね』などと言ってくれるもので、見逃されているのですが……」
「はあ? 貴様一体なにを言っているんだ」

 セドリックは、もう隠す気もなく、不快感をあらわにした。
 あの騎士のような高潔な男が、手癖が悪いだと? そんなこと、あるはずがない。
 短い付き合いだが、そのくらいのことは分かる。

「おやおや。セドリック殿は既に、『怪盗エリス』に取り込まれているご様子だ。あいつは子どもの頃から口が上手くて、ペテン師の様なヤツなんです。昔から愚息のことを知っている者もいるので、後で聞いてみてください。ほら、あそこのダルトン男爵ご一家なんかは、エリスの手癖の悪さをよくご存じだ」


「お黙りなさい」


 その時、それまで黙って聞いていたユリアの、怒りを押し殺した声が響いた。
 セドリックには聞き慣れたものだったが、ケーヴェス子爵はユリアにそんなことを言われるのが予想外だったのか、気おされた様子で、半歩後ずさっていた。

「私たちの友人を、それ以上侮辱しないでください。例えお父上であっても」
「はっ、はははー。ユリア嬢も、愚息に騙されましたかな。あいつは評判通りの遊び人で仕方のないヤツで。それにしてもユリア嬢までたぶらかす……」

 わざとらしいまでに明るいケーヴェス子爵の声が、不自然に途中で途切れる。
 セドリックの鋭い眼光に、それ以上のことを言えなくなったのだ。

「はははー」

 何が面白いのか、誰も何も面白くないのに、ケーヴェス子爵へらへらと愛想笑いを続けた。

 セドリックはそのまま、視線をエリスに移して、その瞳を射抜いた。
 
エリスはまるで父親に合わせるように、ヘラヘラと笑っていた。
 全く似ていない親子だが、そのヘラヘラとした笑いだけが似ていて、セドリックの方が悔しくなる。

『笑うな。こんな奴に合わせて笑うんじゃない、エリス』

 そんな気持ちが伝わればいいと、セドリックはエリスを見つめ続けた。




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