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第四章 マンドラゴラの王様
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首を傾げる吾郎くんに向かって、丁寧に言葉を伝えていった。
「そう、外の世界。私から離れてみて、例えば他の人と仲良くお話ししたり、お友達を作ったり、外には私以外の人間もいっぱいいるんだよってことを見てきて欲しいんだ」
吾郎くんの紫眼が、真剣に私の目を見つめ返している。
「今、吾郎くんの隣には私しかいない。私が見せている世界しか、吾郎くんは見てない。だからね、自分の目で見て色んなことを自分で知って、それでもここに戻ってきたいな、私といたいなって思えたら、その時は戻ってきていいよ」
偉そうな言い方だ。お前は一体何様だ、そう思いながらも続けた。
「私はここで待ってるから。だから吾郎くんがもし戻って来たくなくなったら、それはそれで仕方ないと思うことにする」
「美空、僕はそんなこと思わない」
首を横に振り、伝える。
「それは、外の世界に触れてからしか信じない」
吾郎くんが、ハッと息を呑んだ。今この場で、吾郎くんの想いを受け入れるのは簡単だ。だけど、そうすればきっとずっと、私の中には燻ったものが残り続ける。この選択は本当に吾郎くんの為だったのかと。こんな私の傍で、吾郎くんは本当に満足しているのかと。
そして、常に恐怖を抱えるだろう。彼がその後にふとしたきっかけで外の世界を知った時、そこに運命の番がいた時に、今度こそ私はここに置いていかれるんじゃないかと。
そしていつかその日が来る時の為に、心の中に予防線を張り続け、いつそれが訪れても耐えることが出来る様に、心の準備をしながら彼と過ごしていくのだ。
地獄だ。
そうだ。吾郎くんの為だと言いつつ、結局は自分の為なのだ。私はそういう卑怯な人間で、自分から人と関わることをしないのに、吾郎くんにはそれを求めている最低な人間だ。こんな人間なのに、吾郎くんは純粋だから好きだと言う。だけど、私は知っている。自分が如何に愚かで狡い人間なのかを。
私だって、名雲さんと変わらない。自分のいいところだけを見せて、後でふとした時に裏のどす黒いものを見られても、今更だから許してくれるよねと甘えてしまうだろうから。
だから、後戻り出来なくなる前に世界を知って欲しい。私なんて星の数ほどいる人間の一人に過ぎないんだと理解して欲しい。
裏切られたと、言われたくないから。
「美空……」
吾郎くんの手が、私の頬に触れる。滲んでしまった涙を親指で拭うと、吾郎くんはこくりと頷いてくれた。
「分かった。美空の言う通りにする」
「……ありがと、吾郎くん」
それでも、外の世界にいる普通の明るい人達と関わった上で、まだこの暗くて覇気のない私がいいと思ってくれたら、その時は。
その時は、私もきちんと伝えよう。私も貴方のことが最初から好きでした、と――。
私達が、黙ったまま見つめ合っていると。
「……あのー、お話は終わりましたデスカ?」
「はっ」
いつの間にか薄く開けられていた玄関の引き戸の隙間から、大きなウドさんが顔を覗かせている。一体どの時点から、私達の会話を聞いていたのか。私の心配を他所に、ウドさんは感慨深げにうんうんと頷いている。
「なるほどデスネ。マンドラゴラの愛は情熱的ですからネ」
ほぼ聞いていた様だ。吾郎くんはというと、先程までの警戒は大分薄れ、少し肩を落としている。そして、ウドさんの言葉がようやくストンと入ってきた。マンドラゴラの愛は情熱的。つまり、ウドさんはマンドラゴラの愛を知っている、ということにならないか。
「ウドさん、貴方は一体……!」
「ですから、祈祷師ですネ」
彫りが深い所為で眼窩が窪み一瞬睨んでいる様にも見えるけど、目の端は楽しそうに緩んでいる。どうやらこれで笑っているらしい。
「あ、ワタシの奥サマはマンドラゴラですネ」
「――は?」
ウドさんは照れくさそうに頭を掻きながら、財布の中にあった一枚の写真を自慢げに見せつけた。ブロンドヘアの物凄い美人が、ウドさんにくっついている写真だ。肉感的で、色気の塊と言っても過言ではない。
「マ、マンドラゴラって女の人もいるんですか?」
見た感じ、吾郎くんと同様あまりマンドラゴラ感はない。ただの普通の人間だ。
「マンドラゴラは、女性ですネ」
「え? でも吾郎くんは」
思わず吾郎くんを見上げると、吾郎くんはあまりピンと来ていないのか、首を傾げているだけだ。ウドさんは続ける。
「そうなんデス! 男性のマンドラゴラは希少中の希少! 滅多にお目にかかることが出来ないのデス! と言ってもワタシも奥サン以外のマンドラゴラはほぼ知りませんケド!」
マンドラゴラ自体が希少だと思うけど、そこはあえて触れないでおくことにした。私が下手に口を挟むと、会話の流れが止まってしまうことはこの二十三年間で熟知している。
「そもそも何故ワタシがマンドラゴラの奥サマを捕まえたかという話、聞きたいデスカ?」
ウドさんが、眼窩の奥にある青い目をキラリとさせて尋ねた。聞きたい。非常に興味がある。だけど、吾郎くんはどうだろうか。ちらりと吾郎くんを見上げると。
「――聞かせて欲しい」
あの吾郎くんが、真剣な面持ちでウドさんに向かってそう言った。
「そう、外の世界。私から離れてみて、例えば他の人と仲良くお話ししたり、お友達を作ったり、外には私以外の人間もいっぱいいるんだよってことを見てきて欲しいんだ」
吾郎くんの紫眼が、真剣に私の目を見つめ返している。
「今、吾郎くんの隣には私しかいない。私が見せている世界しか、吾郎くんは見てない。だからね、自分の目で見て色んなことを自分で知って、それでもここに戻ってきたいな、私といたいなって思えたら、その時は戻ってきていいよ」
偉そうな言い方だ。お前は一体何様だ、そう思いながらも続けた。
「私はここで待ってるから。だから吾郎くんがもし戻って来たくなくなったら、それはそれで仕方ないと思うことにする」
「美空、僕はそんなこと思わない」
首を横に振り、伝える。
「それは、外の世界に触れてからしか信じない」
吾郎くんが、ハッと息を呑んだ。今この場で、吾郎くんの想いを受け入れるのは簡単だ。だけど、そうすればきっとずっと、私の中には燻ったものが残り続ける。この選択は本当に吾郎くんの為だったのかと。こんな私の傍で、吾郎くんは本当に満足しているのかと。
そして、常に恐怖を抱えるだろう。彼がその後にふとしたきっかけで外の世界を知った時、そこに運命の番がいた時に、今度こそ私はここに置いていかれるんじゃないかと。
そしていつかその日が来る時の為に、心の中に予防線を張り続け、いつそれが訪れても耐えることが出来る様に、心の準備をしながら彼と過ごしていくのだ。
地獄だ。
そうだ。吾郎くんの為だと言いつつ、結局は自分の為なのだ。私はそういう卑怯な人間で、自分から人と関わることをしないのに、吾郎くんにはそれを求めている最低な人間だ。こんな人間なのに、吾郎くんは純粋だから好きだと言う。だけど、私は知っている。自分が如何に愚かで狡い人間なのかを。
私だって、名雲さんと変わらない。自分のいいところだけを見せて、後でふとした時に裏のどす黒いものを見られても、今更だから許してくれるよねと甘えてしまうだろうから。
だから、後戻り出来なくなる前に世界を知って欲しい。私なんて星の数ほどいる人間の一人に過ぎないんだと理解して欲しい。
裏切られたと、言われたくないから。
「美空……」
吾郎くんの手が、私の頬に触れる。滲んでしまった涙を親指で拭うと、吾郎くんはこくりと頷いてくれた。
「分かった。美空の言う通りにする」
「……ありがと、吾郎くん」
それでも、外の世界にいる普通の明るい人達と関わった上で、まだこの暗くて覇気のない私がいいと思ってくれたら、その時は。
その時は、私もきちんと伝えよう。私も貴方のことが最初から好きでした、と――。
私達が、黙ったまま見つめ合っていると。
「……あのー、お話は終わりましたデスカ?」
「はっ」
いつの間にか薄く開けられていた玄関の引き戸の隙間から、大きなウドさんが顔を覗かせている。一体どの時点から、私達の会話を聞いていたのか。私の心配を他所に、ウドさんは感慨深げにうんうんと頷いている。
「なるほどデスネ。マンドラゴラの愛は情熱的ですからネ」
ほぼ聞いていた様だ。吾郎くんはというと、先程までの警戒は大分薄れ、少し肩を落としている。そして、ウドさんの言葉がようやくストンと入ってきた。マンドラゴラの愛は情熱的。つまり、ウドさんはマンドラゴラの愛を知っている、ということにならないか。
「ウドさん、貴方は一体……!」
「ですから、祈祷師ですネ」
彫りが深い所為で眼窩が窪み一瞬睨んでいる様にも見えるけど、目の端は楽しそうに緩んでいる。どうやらこれで笑っているらしい。
「あ、ワタシの奥サマはマンドラゴラですネ」
「――は?」
ウドさんは照れくさそうに頭を掻きながら、財布の中にあった一枚の写真を自慢げに見せつけた。ブロンドヘアの物凄い美人が、ウドさんにくっついている写真だ。肉感的で、色気の塊と言っても過言ではない。
「マ、マンドラゴラって女の人もいるんですか?」
見た感じ、吾郎くんと同様あまりマンドラゴラ感はない。ただの普通の人間だ。
「マンドラゴラは、女性ですネ」
「え? でも吾郎くんは」
思わず吾郎くんを見上げると、吾郎くんはあまりピンと来ていないのか、首を傾げているだけだ。ウドさんは続ける。
「そうなんデス! 男性のマンドラゴラは希少中の希少! 滅多にお目にかかることが出来ないのデス! と言ってもワタシも奥サン以外のマンドラゴラはほぼ知りませんケド!」
マンドラゴラ自体が希少だと思うけど、そこはあえて触れないでおくことにした。私が下手に口を挟むと、会話の流れが止まってしまうことはこの二十三年間で熟知している。
「そもそも何故ワタシがマンドラゴラの奥サマを捕まえたかという話、聞きたいデスカ?」
ウドさんが、眼窩の奥にある青い目をキラリとさせて尋ねた。聞きたい。非常に興味がある。だけど、吾郎くんはどうだろうか。ちらりと吾郎くんを見上げると。
「――聞かせて欲しい」
あの吾郎くんが、真剣な面持ちでウドさんに向かってそう言った。
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