イケメンハーフなダンピールに求婚されました〜ハロウィンの追いかけっこ〜

ミドリ

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逃げる

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 セクシーなお姉さんが、頬を膨らませたまま文句を言う。

「あいつって失礼よねえー。ハルちゃんもそう思わなーい?」
「ま、まあ初対面であいつは確かに……て、え? 私の名前……」

 ソラは、ここに来てからは私の名前は一度も呼んでいない。なのに、何故このお姉さんは私の名前を知っているのだろうか。

「あ、しまったー! アハ!」
「まさか……! 地味子狙いのストーカー……?」
「は? ハルちゃん頭大丈夫?」

 知らないお姉さんに、頭は大丈夫かと聞かれた私の立場や如何に。

 目下完全混乱中の私を、ソラは先程と同様さっと抱え上げた。

「ハル、掴まって」
「え? あ、う、うん」

 もう何だかよく分からないが、このお姉さんはちょっと不気味だ。私はソラの首にぎゅっとしがみつくと、混乱していた気持ちが落ち着いてくるのが分かった。なにこの守られてる感。最高なんですけど。

「ハル、行こ……」

 ソラが膝を曲げたその瞬間、ソラの頭があった部分に黒い大きな塊が物凄い速さで通り過ぎていくのが目に入った。

 ソラの髪の毛が、数本切れてひらひらと風に舞う。これ、しゃがんでなかったら頭吹っ飛んでたんじゃないか。如何にソラが可愛くとも、生首は多分直視出来ない。

「ええ!?」

 ズサッ! と近くで何か重い物がして急いで見ると、暗闇の中に蠢く影がある。それがグルル、と獣の様な唸り声を上げ、構えながらこちらに向き直った。

「え!?」

 さっきから「え」しか言ってないが、目だけが異様に黄色く輝くそれは、先程宮下公園で見た獣の影と同じ物に見えた。あれ、お姉さんはどこにいった! 私が急いで探すと、先程お姉さんがいた辺りにはビリビリになったお姉さんのピンクの服が落ちて風になびいているじゃないか。

「お姉さん食べられちゃったの!?」
「ハル、違う違う」

 ソラがちょっと笑いながら答える。この子、何でこんな状況で笑ってられるんだろう。いやまあそれでも可愛い堪んないなって思っちゃう私も大概だけどな。

「あのお姉さんがアレ」
「ちょっとお、アレはなくない?」

 黒い塊が、ちょっと低めの声でお姉さんの喋り方で喋った。

「ええ!?」
「ハル、慣れてるんじゃなかったの」
「いや、こういうのは初だから!」

 なんとなーく周りを変なのが彷徨くだけで、直接手を出されることはなかった。多分、私が母ほどは美味しくなさそうだから。ずっとそう思って生きてきた。そうでもないと、母の死を割り切ることが出来なかったから。

「とにかく逃げよう。上から行くから、怒らないでね」
「う、うん! この際仕方ないし!」

 私が頭をブンブン縦に振ると、ソラは私を抱える手に改めて力を込め、走り出す。

「逃さないわよお!」

 お姉さん、いや大きな狼が、私達に向かって飛びついてくる! ソラはそれを軽く躱すと、ふわりと金網の上に飛び乗った。狼はそのすぐ下の金網にガシャン! と音を立てて激突し、足元が大きく揺れる。

「ちょっと! ハルちゃんを置いていってよ!」
「ハル、知り合いか?」

 私は急いで頭を今度は横にブンブン振ると、ソラは目だけで笑って空へと再び跳躍した。

「余所者! 待てこらー!」
「うわ……」

 狼が金網を顎で噛んで引き倒す。なんて馬鹿力だ。そして、ひしゃげたそこに乗った。追いかけて来る気だ!

「ソラ! 来る!」
「スピードは上がらないから、降りるしかないか」

 ソラは反対側の建物の壁を足で軽く蹴ると、薄暗い道へと降り立った。この場所は、知っている。ちょっと進めば明治通りに出る、大通りと大通りの隙間だ。

「ソラ、降ろして。案内するから」
「分かった」

 私は降りると、ソラの手を握って走り出した。すると、さっきより身体が全然軽い。私は振り返りつつソラに尋ねる。

「ソラ、私の身体、なんかおかしいんだけど!」
「契約中は俺の力を分けてるからって言ったでしょ」

 そういうものなのか。契約について詳しく聞きたいのはやまやまだったが、とりあえずは逃げたかったので私は後回しにした。

 人はセンター街の方に集中している様で、こちら側は人が少ない。するすると抜けて明治通りへと出るとそれなりに人は歩いているが、こちらは比較的普段着を着ている人の方が多い。

「私のうちに向かおう!」
「ハルんちってこっちの方なのか?」
「うん、ちょっと遠いけど、歩いて行ける距離!」

 場所は住所でいうと神南。NHKの社屋に割と近い所にある。何故こんな都会の家賃も高そうな所に住んでいるかというと、母と暮らしていた時代からずっとお世話になっているアパートに今も住んでいるからだ。

 大家さんのおばあちゃんが母さんと古い知り合いだとかで、高校生に成り立てで天涯孤独になってしまった私をそのまま住まわせてくれた。

 母が怪異に襲われた場所は、そのアパートの二階へ続く外階段だ。そこを毎日通らないといけないのは未だに辛いが、おばあちゃんは今でもいつもそこに花を供えてくれる、優しい優しい人なのだ。

 そして、怪異はアパートの部屋の中にまで入ってきたことは一度もない。何故かは分からないがずっとそうだったから、だからあの部屋に入ってしまえばもう襲われない筈だ。

 大した根拠もなかったが、あそこは大丈夫。そう思えた。

 明治通りを北上していくと、段々と人気がなくなってきた。時折すれ違うのはスーツを着たサラリーマンばかりで、走っている私達を見て怪訝そうな顔をするだけだ。

「この後、井ノ頭通りに出ないといけないから左に曲がるよ!」
「ねえ、それって上から行っちゃ駄目?」
「駄目!」

 私がそう言った瞬間、前方からこちらに向かっていたサラリーマンのおじさんが、いきなり溶けた。

「な、なになに!?」
「ハル! 止まって!」

 ソラがぐいっと私の手を引くと、その勢いで私はソラの胸の中に飛び込む形となった。こんな時だっていうのに、私の心臓はまたバクバクいい始める。だ、だって、ソラの唇がおでこに触れていて。

 ソラは私の肩をぎゅっと抱き寄せると、ジリ、と後ろに一歩下がる。

 先程までおじさんがいた場所には、やはり大きな狼がいた。なに、なんなのこの渋谷の狼率は。異常値だ。いつからそんなことになってんだ。

「ハル、後ろに……っ」

 ソラが私を後ろに逃がそうとし、私が後ろを見ると。

「もー! 早いんだからあ!」

 大きな狼が、お姉さんの口調でそう言った。
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