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其の二十七 恐怖の元
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子供サイズの手の跡を呆然と眺めつつ、カラカラとガラス窓を閉めた。だが、それでも手の跡は目につく。とりあえず視界から排除する為、レースのカーテンを閉めた。心の中でこれをどう処理すればいいのか。考えても、整理は付かなかった。
するとしばらくの後、いつの間にか花がそーっと部屋に戻ってきていたことに気が付いた。
身体にバスタオルを巻き、今まさにタンスの引き出しを開けようとしているところだ。そういえば、さっきは素っ裸でヨロヨロしながら風呂場に向かっていたかもしれない。
途端に手の跡よりも花の太ももの方が気になってしまうのだから、俺も大概だ。
「花?」
「――あっ」
しまった、という顔をして、花が振り返る。その拍子に、バスタオルがファサッと落ちるあたり、やはり花は何かを持っていた。
「おう……っ」
思わず変な声が出てしまったのは、もう仕方がないだろう。とりあえずは勘弁してもらいたい。花は急いでしゃがむと、慌ててバスタオルを拾い上げた。
「向こう向いてて!」
「はい!」
さっきは散々至近距離で見たというのに、意図していない時に見ると恥ずかしく思えてくるから不思議なものだ。
背中から、服を着ていると思われる衣擦れの音がする。今何を身に付けているんだろうかと思う俺は、変態なのだろうか。いや、これが正常な十代男子の思考な筈だ。多分。
「あー、花?」
「な、何ですか」
照れを隠そうとする様な声色に、俺の心臓はぎゅっとなる。堪らなく愛おしい。どうしよう、勉強が終わるまで、耐えられるだろうか。
「あの、痛くしたなら、ごめん」
「あっいや、まあうん、だけど私も大分宗ちゃんの背中を、そのっ」
「あ、ううんこれは別に大したことないっていうか」
付き合いたてのカップルか、という様な会話を交わしたが、いや俺達は付き合いたてのカップルだった。花との付き合いが長いから、あんまりそんな気がしないだけだ。
まだ振り返るのはさすがに拙いかなと思い、花に言うべきかどうか迷いつつ、レースのカーテンをそっとめくった。
手の跡は、どこにもなかった。
◇
花の大して進んでいなかった夏休みの宿題を進め、花が死にそうな表情になったところで今日はおしまいにした。
「花……お前はもうちょっとちゃんと勉強した方がいいと思う」
素直な感想を述べると、花は「うっ」と心臓の上を掴んだ。
「……まあ、毎日教えてやるけどさ」
そうなれば、毎日この部屋に来ることが出来る。花の家は聖域だから、いかに外に幻が彷徨いていようが、ここにいる限り誰も俺の邪魔は出来ない。
「でも、宗ちゃん、本当教えるの上手だよね! 私、昨日と今日だけで大分頭が良くなった気がするもん!」
花が、両方の拳を胸の前でぎゅっと握りしめて笑ったりなんかするものだから、またあちこちがキュンとなってしまい、とりあえず花の手首を掴んだ。
「宗ちゃ……」
「ご褒美くれよ」
俺の言葉に、一瞬ドキッとした様な表情を見せた花だったが、すぐにふわりと笑った。
「……うん」
立ち上がったまま、すぐさま屈んで上から花の唇を奪う。今度の花は、これまでの遠慮がちだった花とは違い、少しずつではあるがこちらに応えてくれ始めていた。俺と花の舌が、不慣れに絡みつく。
ふと気になり、レースのカーテン越しの赤く染まり始めた外をチラリと見たが、人影はなかった。再び目を閉じると、舌だけで花を感じることに専念することにする。
もう分かった。完全に分かってしまった。あれは、俺が自分に見せている幻覚だったのだと。もし幽霊の太一が俺達の行為を見ていたらきっと悔しがるだろうという俺が生み出した想像が、あの手の跡を見せたのだと。
それ位、太一の俺に対する気持ちが、不可解で理解したいとも思わないものだという現れなのではないか。
無理だった。俺達は兄弟じゃないか。いくら太一がはあの時はまだ何が正しくて何が間違っているかも分からない子供だったとしても、太一が俺を見る目は、明らかに兄弟としての限度を超えていた。
俺は太一の恋人にはなりたくはなかった。兄弟を恋愛対象として見るなど、考えるだけでおぞましい。
俺と太一は殆ど同一だと思っていたのは、俺だけだったのだ。それが、ある日突然、誰よりも知っていると思っていた人の中身が、まるで理解出来ないものだと知ったなら。
それは、ただの恐怖でしかなかった。
もう、これ以上思い出したくない。思い出したら、後悔する気がした。
俺の手が、花の身体の下の方へとどんどん伸びていく。花はビクッとしたが、嫌がっている感じはしない。
花の柔らかな膨らみに手が触れると急に寂しくなって、花の前に跪き、そこの肌に直接頬を寄せた。
どくん、どくん、と早鐘を打つ音が聞こえる。
「花、俺、怖いんだ」
「宗ちゃん……?」
少し息の荒い花の声。俺が何を言っているか、分からないのかもしれない。
「太一のことは思い出してやりたいのに、怖い。俺、あいつが分からないんだ、俺、俺……」
花が、息を呑むのが分かった。
やがて、静かな声が頭上から降ってくる。
「……無理に思い出さなくて、いいよ」
「でも、でもさ」
顔を上げようとすると、花が頭をぎゅっと抱き締めた。当然の如く、俺の顔は花の柔らかい隆起の中に埋もれる。俺の身体が反応してしまうのは、仕方のないことだろう。
「私が宗ちゃんの怖い部分をみんな引き受けるから。だから、思い出さないで、お願い」
花の口調は、これまでにない位真剣そのもので。
「……うん」
花は一体何を知っているんだろう。そう疑問に思いながらも、再び欲望に身を委ねることにした。
するとしばらくの後、いつの間にか花がそーっと部屋に戻ってきていたことに気が付いた。
身体にバスタオルを巻き、今まさにタンスの引き出しを開けようとしているところだ。そういえば、さっきは素っ裸でヨロヨロしながら風呂場に向かっていたかもしれない。
途端に手の跡よりも花の太ももの方が気になってしまうのだから、俺も大概だ。
「花?」
「――あっ」
しまった、という顔をして、花が振り返る。その拍子に、バスタオルがファサッと落ちるあたり、やはり花は何かを持っていた。
「おう……っ」
思わず変な声が出てしまったのは、もう仕方がないだろう。とりあえずは勘弁してもらいたい。花は急いでしゃがむと、慌ててバスタオルを拾い上げた。
「向こう向いてて!」
「はい!」
さっきは散々至近距離で見たというのに、意図していない時に見ると恥ずかしく思えてくるから不思議なものだ。
背中から、服を着ていると思われる衣擦れの音がする。今何を身に付けているんだろうかと思う俺は、変態なのだろうか。いや、これが正常な十代男子の思考な筈だ。多分。
「あー、花?」
「な、何ですか」
照れを隠そうとする様な声色に、俺の心臓はぎゅっとなる。堪らなく愛おしい。どうしよう、勉強が終わるまで、耐えられるだろうか。
「あの、痛くしたなら、ごめん」
「あっいや、まあうん、だけど私も大分宗ちゃんの背中を、そのっ」
「あ、ううんこれは別に大したことないっていうか」
付き合いたてのカップルか、という様な会話を交わしたが、いや俺達は付き合いたてのカップルだった。花との付き合いが長いから、あんまりそんな気がしないだけだ。
まだ振り返るのはさすがに拙いかなと思い、花に言うべきかどうか迷いつつ、レースのカーテンをそっとめくった。
手の跡は、どこにもなかった。
◇
花の大して進んでいなかった夏休みの宿題を進め、花が死にそうな表情になったところで今日はおしまいにした。
「花……お前はもうちょっとちゃんと勉強した方がいいと思う」
素直な感想を述べると、花は「うっ」と心臓の上を掴んだ。
「……まあ、毎日教えてやるけどさ」
そうなれば、毎日この部屋に来ることが出来る。花の家は聖域だから、いかに外に幻が彷徨いていようが、ここにいる限り誰も俺の邪魔は出来ない。
「でも、宗ちゃん、本当教えるの上手だよね! 私、昨日と今日だけで大分頭が良くなった気がするもん!」
花が、両方の拳を胸の前でぎゅっと握りしめて笑ったりなんかするものだから、またあちこちがキュンとなってしまい、とりあえず花の手首を掴んだ。
「宗ちゃ……」
「ご褒美くれよ」
俺の言葉に、一瞬ドキッとした様な表情を見せた花だったが、すぐにふわりと笑った。
「……うん」
立ち上がったまま、すぐさま屈んで上から花の唇を奪う。今度の花は、これまでの遠慮がちだった花とは違い、少しずつではあるがこちらに応えてくれ始めていた。俺と花の舌が、不慣れに絡みつく。
ふと気になり、レースのカーテン越しの赤く染まり始めた外をチラリと見たが、人影はなかった。再び目を閉じると、舌だけで花を感じることに専念することにする。
もう分かった。完全に分かってしまった。あれは、俺が自分に見せている幻覚だったのだと。もし幽霊の太一が俺達の行為を見ていたらきっと悔しがるだろうという俺が生み出した想像が、あの手の跡を見せたのだと。
それ位、太一の俺に対する気持ちが、不可解で理解したいとも思わないものだという現れなのではないか。
無理だった。俺達は兄弟じゃないか。いくら太一がはあの時はまだ何が正しくて何が間違っているかも分からない子供だったとしても、太一が俺を見る目は、明らかに兄弟としての限度を超えていた。
俺は太一の恋人にはなりたくはなかった。兄弟を恋愛対象として見るなど、考えるだけでおぞましい。
俺と太一は殆ど同一だと思っていたのは、俺だけだったのだ。それが、ある日突然、誰よりも知っていると思っていた人の中身が、まるで理解出来ないものだと知ったなら。
それは、ただの恐怖でしかなかった。
もう、これ以上思い出したくない。思い出したら、後悔する気がした。
俺の手が、花の身体の下の方へとどんどん伸びていく。花はビクッとしたが、嫌がっている感じはしない。
花の柔らかな膨らみに手が触れると急に寂しくなって、花の前に跪き、そこの肌に直接頬を寄せた。
どくん、どくん、と早鐘を打つ音が聞こえる。
「花、俺、怖いんだ」
「宗ちゃん……?」
少し息の荒い花の声。俺が何を言っているか、分からないのかもしれない。
「太一のことは思い出してやりたいのに、怖い。俺、あいつが分からないんだ、俺、俺……」
花が、息を呑むのが分かった。
やがて、静かな声が頭上から降ってくる。
「……無理に思い出さなくて、いいよ」
「でも、でもさ」
顔を上げようとすると、花が頭をぎゅっと抱き締めた。当然の如く、俺の顔は花の柔らかい隆起の中に埋もれる。俺の身体が反応してしまうのは、仕方のないことだろう。
「私が宗ちゃんの怖い部分をみんな引き受けるから。だから、思い出さないで、お願い」
花の口調は、これまでにない位真剣そのもので。
「……うん」
花は一体何を知っているんだろう。そう疑問に思いながらも、再び欲望に身を委ねることにした。
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