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第二章 二人目の居候
15.やっぱり適当はよくないと思うのはおっさんだからか
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リュウジの店はカジュアルな雰囲気の亮太の店とは違い、スッキリとシンプルな青を基調とした大人向けのバーといった雰囲気である。大きな窓の外に置いてある植物に下からスポットライトで照らされており、年齢層はこちらの方が若干高めか。
亮太が店の入り口から顔を覗かせると、坊主頭にあご髭がトレードマークのぽっちゃりとした仏像顔のリュウジがグラスをキュッキュと拭いていた。
「リュウジ、お疲れ」
「お、亮太!」
こちらはまだカウンターの奥に一人と、ソファー席にカップルがいるので片付けは進んでいなかった。バイトのヨシは今日はいないのか。
「大したもんじゃないけど、これお土産。色々とありがとう」
「何これ? おろち唐辛子? 聞いたことねえな」
「滅茶苦茶美味しかったっすよ!」
「へえーありがとう亮太」
「いやいや、こちらこそ。今日はヨシは?」
「今日は休みだから俺一人」
亮太とシュウヘイはカウンター席の真ん中に座った。
「俺はビールと、シュウヘイは?」
「僕もビールで!」
「了解」
本当はリュウジにも一杯奢ってやりたいところだったが、如何せんこいつは下戸である。味見しても酔っ払う正真正銘の下戸が一体全体何がどうなってバーの店長になったのかは、よく知らない。
「乾杯!」
リュウジは手をグーに握りしめて乾杯のポーズを取った。その拳にグラスを当てて、亮太はジョッキの半分まで一気に飲んだ。仕事終わりのビールは文句なしに美味かった。
カウンターの奥に一人でいる客をちらっと見た。女性のようで、茶色い髪が見えるが顔が見えない。どうも酔い潰れている様で、背中がゆっくりと上下していた。
亮太の視線に気付いたのか、リュウジが優しそうな垂れ目を細めて苦笑いした。
「マナミちゃん、酔い潰れちゃってさ。始発になったら起こすから、それまで寝かせといてやって」
「げ」
横でシュウヘイが「拙い」という顔をした。急にリュウジが説教臭い大人の顔になった。
「シュウヘイ、お前付き合う気がないなら客に手を出すなよ」
どうやらすっかりばれてしまっているらしかった。シュウヘイがえへへ、と若干居心地が悪そうに笑った。
「いや、ちゃんと僕そういう気はないよって言ったんすよー」
「そんなこと言われても、好きなら何とかなるかもって思っちゃうのが女心ってやつだろうが」
髭で坊主のおっさんが女心について語った。
「えーそんなこと言われても。ねえ亮太さん」
こっちに振らないで欲しいが、まあシュウヘイは亮太の監督下にある。なので、率直な意見を述べた。
「お前が悪い」
「そんなあー。亮太さんだってあの状況だったら絶対手え出してましたって!」
「あんな子供相手に勃たねえよ」
「絶対嘘だー!」
本当だ。何故なら、同じ様な状況でマナミに言い寄られたことがあるからだ。勿論そんなことをシュウヘイに言える訳はないのだが。本当に子供にしか思えなくて、家には泊めたが最後まで無視して寝た。
その後は、マナミが酔っていたので覚えてないというふりをしてきたので、そのままそういうことにしてある。そして二度と不必要には近付いてこなくなった。相手にされていないと理解したのだろう。
そのことももしかしたらマナミから聞いているのかもしれない、リュウジの目が少しだけ微笑んだ。知っているが黙っておいてやる、そういうことなのだろう。
「嘘じゃねえよ。お前さ、もてて楽しいのは分かるけど、店員と客だからな。これからはちゃんと立場弁えて、やることに筋をきっちり通せよ」
「筋ですかあ?」
意味が分からないのか分かりたくないのか、ふにゃふにゃと情けない声を出してしょんぼりし始めた。全く。
亮太はシュウヘイの茶色い頭をグシャッと乱暴に撫でた。
「流されるなっつってんだよ」
「まあ可愛い子に言い寄られたらフラフラ行っちゃう気持ちは分かるけどなあ」
「お前どっちの味方だよ」
「わり」
リュウジがペロッと舌を出した。おっさんのペロ、は決して可愛くはない。
亮太は続けた。
「この辺じゃ、バーテンの彼女って一種のステータスみたいなもんだからなあ」
「シモキタ限定のステータス底上げだよなー」
「リュウジうまいな、座布団一枚」
「師匠! ありがとうございます!」
おっさん二人のじゃれ合いを微妙な表情で見守っていたシュウヘイが、ビールをぐいっと飲んだ。
「つまり、バーテンの彼女ポジションが欲しいだけであって、別に僕じゃなくてもいいってことっすか?」
情けない顔を見せた。
「否めない」
「その可能性は高い」
「そんなあああ」
シュウヘイはバーカウンターに突っ伏した。それでもこの意味がきちんと理解出来るだけ、シュウヘイはまともだ。何度言ってもそれを理解しない奴は、一定数いる。もしかしたら現実から目を背けているだけかもしれないが。
「だからまあ、あんまり調子に乗ると後で痛い目見るぞってことだ」
「他の店舗に新しいの来たらすぐに乗り換えるしなあ」
「何で二人ともそんな冷静なんすか」
シュウヘイが悔しそうな顔をした。ジョッキが空になっていたので、亮太は自分の分も含め追加をオーダーした。リュウジの仕事は早い。あっという間に次が目の前に置かれた。
亮太がそれをぐびっと飲む。
「俺達は仕事をする為にここに立ってるからな」
「そ、もてる為じゃないってことだ」
リュウジも頷く。楽しく仕事が出来るならそれに越したことはないが、最優先事項はそこではない。自分の生活を維持する為の一つの方法であり、嫌なこともあれば楽しいことも両方あるが、それを乗り越えなければやっていけない。特に亮太の様に周りに頼る親類や家族が一人もいない場合、仕事を滞りなく継続するのは非常に重要なことだった。
勿論、誰だってストレスは少ない方がいいに決まっている。気に食わないからやーめた、とやって次が簡単に見つかるのであればそれでもいい。だが現実はそう簡単にはいかないものだ。亮太には亮太の適正というものがあるし、あれこれやって最終的にここに辿り着いたのだから。
シュウヘイはまだ若いし学生で、しかもバイトだ。勿論亮太よりも働くことについて軽く考えてしまうのは仕方ないし、貰っている給料にだって差はあるから責任だって軽い。
でも、仕事に誇りを持って取り組んでほしい、と思ってしまうのは、亮太の考えが古いのだろうか。少なくとも、女の子に誘われるがままひょいひょいついて行ってしまう人間を、客が人として信用できるだろうか。そんなバーテンダーに、誰にも言えなかった悩みをこっそり打ち明けることが出来るだろうか。
難しいだろうな、と亮太は思うのだ。
「ま、考えろ。ちゃんと考えればいずれ分かることもあるさ」
「なんか難しいっすね……」
シュウヘイは眉をへの字にして腕を組んだ。
「若かろうが年取ってようが、女だろうが男だろうが、皆お客さんだし一人の人間ってことっすね。それで、亮太さんだろうが僕だろうが、向こうから見たらバーテンダーってことっすよね」
「そう。それさえ分かってりゃとりあえずいいよ」
亮太が残りのビールを飲み干した。そろそろ三時になる。狗神にご褒美を買わなければ。
「リュウジ、じゃあ俺そろそろ」
「お、ありがとな亮太」
「あ、じゃあ僕も一緒に帰ります」
「会計一緒で」
「へいへい」
「亮太さん、ご馳走様です!」
会計を済まし、リュウジに軽く挨拶をしてシュウヘイと店を後にした。シュウヘイは帰り際にちらりと突っ伏して寝ているマナミを見たが、何も言わなかった。少しは何か感じてくれたらいいのだが。
地上まで降りると、店の前でシュウヘイと別れた。
さすがにこの時間帯は涼しい。亮太はネルシャツの前を両手で閉じつつ、茶沢通り沿いにあるコンビニへと向かった。何がいいだろう。しばらく考えて、もう切ってある林檎を買うことにした。ついでにアキラにはチー鱈。大食漢のアキラにはすぐに飲み込めない物の方が良さそうだと思ったからだった。恐らく文句は言うまい。あいつは多分食えれば何でもいい。
コンビニの袋を片手に帰路を急ぐ。今宵は月が綺麗だった。
珍しく身体が軽いので思わず口笛を吹きそうになり、そうだ夜中だったと思い音が出る寸前で止めた。
玄関のドアの前に立つ。台所の窓の奥は暗かった。亮太はなるべく静かに鍵を取り出すと、静かに鍵を開けてそーっとドアを開けた。
「お帰りなさいませ」
「うわっ!」
心臓が飛び跳ねた。暗闇の中、狗神が座っていた。外の微かな灯りが目に反射して、キラリと光っている。
「イヌガミ、びっくりさせるなよ」
「いえ、お出迎えした方がいいのかと思いまして」
「あ、お土産あるぞ。アキラは?」
「爆睡しております」
「じゃあお前だけにやる」
そっとドアを閉めて内側から鍵をかけると、手洗いを済ませてから皿に林檎を出した。
「林檎は好きか?」
「はい」
声は真面目だが、尻尾がパタパタと嬉しそうに動いている。嬉しいのだろう。
「亮太はいい人ですね」
「褒めても何もないぞ」
「林檎をくれるじゃないですか」
「あ」
亮太はイヌガミの前に皿を置いてやった。イヌガミが早速口を付ける。シャクシャク、といい音がした。
こういうのは穏やかでいいもんだ、そんなことを思いながら少しにやけつつ狗神の様子を眺めていると。
ブー、ブー、と、音消しにしていた亮太の携帯が鳴り始めた。折角のいい気分が台無しだ。誰だこんな非常識な時間に。眉間に皺を寄せながら携帯のディスプレイを少し離しつつ見ると、『シュウヘイ』と表示されていた。
「どうしたシュウヘイ」
はあ、はあという息切れが聞こえてきた。走っているのか。
「おい、シュウヘイ?」
『亮太さんったっ助けて下さい! へ、変なのがあああ!』
シュウヘイの恐怖に満ちた叫び声が、携帯からひび割れて聞こえてきた。
狗神が、顔を上げて亮太を見た。
亮太が店の入り口から顔を覗かせると、坊主頭にあご髭がトレードマークのぽっちゃりとした仏像顔のリュウジがグラスをキュッキュと拭いていた。
「リュウジ、お疲れ」
「お、亮太!」
こちらはまだカウンターの奥に一人と、ソファー席にカップルがいるので片付けは進んでいなかった。バイトのヨシは今日はいないのか。
「大したもんじゃないけど、これお土産。色々とありがとう」
「何これ? おろち唐辛子? 聞いたことねえな」
「滅茶苦茶美味しかったっすよ!」
「へえーありがとう亮太」
「いやいや、こちらこそ。今日はヨシは?」
「今日は休みだから俺一人」
亮太とシュウヘイはカウンター席の真ん中に座った。
「俺はビールと、シュウヘイは?」
「僕もビールで!」
「了解」
本当はリュウジにも一杯奢ってやりたいところだったが、如何せんこいつは下戸である。味見しても酔っ払う正真正銘の下戸が一体全体何がどうなってバーの店長になったのかは、よく知らない。
「乾杯!」
リュウジは手をグーに握りしめて乾杯のポーズを取った。その拳にグラスを当てて、亮太はジョッキの半分まで一気に飲んだ。仕事終わりのビールは文句なしに美味かった。
カウンターの奥に一人でいる客をちらっと見た。女性のようで、茶色い髪が見えるが顔が見えない。どうも酔い潰れている様で、背中がゆっくりと上下していた。
亮太の視線に気付いたのか、リュウジが優しそうな垂れ目を細めて苦笑いした。
「マナミちゃん、酔い潰れちゃってさ。始発になったら起こすから、それまで寝かせといてやって」
「げ」
横でシュウヘイが「拙い」という顔をした。急にリュウジが説教臭い大人の顔になった。
「シュウヘイ、お前付き合う気がないなら客に手を出すなよ」
どうやらすっかりばれてしまっているらしかった。シュウヘイがえへへ、と若干居心地が悪そうに笑った。
「いや、ちゃんと僕そういう気はないよって言ったんすよー」
「そんなこと言われても、好きなら何とかなるかもって思っちゃうのが女心ってやつだろうが」
髭で坊主のおっさんが女心について語った。
「えーそんなこと言われても。ねえ亮太さん」
こっちに振らないで欲しいが、まあシュウヘイは亮太の監督下にある。なので、率直な意見を述べた。
「お前が悪い」
「そんなあー。亮太さんだってあの状況だったら絶対手え出してましたって!」
「あんな子供相手に勃たねえよ」
「絶対嘘だー!」
本当だ。何故なら、同じ様な状況でマナミに言い寄られたことがあるからだ。勿論そんなことをシュウヘイに言える訳はないのだが。本当に子供にしか思えなくて、家には泊めたが最後まで無視して寝た。
その後は、マナミが酔っていたので覚えてないというふりをしてきたので、そのままそういうことにしてある。そして二度と不必要には近付いてこなくなった。相手にされていないと理解したのだろう。
そのことももしかしたらマナミから聞いているのかもしれない、リュウジの目が少しだけ微笑んだ。知っているが黙っておいてやる、そういうことなのだろう。
「嘘じゃねえよ。お前さ、もてて楽しいのは分かるけど、店員と客だからな。これからはちゃんと立場弁えて、やることに筋をきっちり通せよ」
「筋ですかあ?」
意味が分からないのか分かりたくないのか、ふにゃふにゃと情けない声を出してしょんぼりし始めた。全く。
亮太はシュウヘイの茶色い頭をグシャッと乱暴に撫でた。
「流されるなっつってんだよ」
「まあ可愛い子に言い寄られたらフラフラ行っちゃう気持ちは分かるけどなあ」
「お前どっちの味方だよ」
「わり」
リュウジがペロッと舌を出した。おっさんのペロ、は決して可愛くはない。
亮太は続けた。
「この辺じゃ、バーテンの彼女って一種のステータスみたいなもんだからなあ」
「シモキタ限定のステータス底上げだよなー」
「リュウジうまいな、座布団一枚」
「師匠! ありがとうございます!」
おっさん二人のじゃれ合いを微妙な表情で見守っていたシュウヘイが、ビールをぐいっと飲んだ。
「つまり、バーテンの彼女ポジションが欲しいだけであって、別に僕じゃなくてもいいってことっすか?」
情けない顔を見せた。
「否めない」
「その可能性は高い」
「そんなあああ」
シュウヘイはバーカウンターに突っ伏した。それでもこの意味がきちんと理解出来るだけ、シュウヘイはまともだ。何度言ってもそれを理解しない奴は、一定数いる。もしかしたら現実から目を背けているだけかもしれないが。
「だからまあ、あんまり調子に乗ると後で痛い目見るぞってことだ」
「他の店舗に新しいの来たらすぐに乗り換えるしなあ」
「何で二人ともそんな冷静なんすか」
シュウヘイが悔しそうな顔をした。ジョッキが空になっていたので、亮太は自分の分も含め追加をオーダーした。リュウジの仕事は早い。あっという間に次が目の前に置かれた。
亮太がそれをぐびっと飲む。
「俺達は仕事をする為にここに立ってるからな」
「そ、もてる為じゃないってことだ」
リュウジも頷く。楽しく仕事が出来るならそれに越したことはないが、最優先事項はそこではない。自分の生活を維持する為の一つの方法であり、嫌なこともあれば楽しいことも両方あるが、それを乗り越えなければやっていけない。特に亮太の様に周りに頼る親類や家族が一人もいない場合、仕事を滞りなく継続するのは非常に重要なことだった。
勿論、誰だってストレスは少ない方がいいに決まっている。気に食わないからやーめた、とやって次が簡単に見つかるのであればそれでもいい。だが現実はそう簡単にはいかないものだ。亮太には亮太の適正というものがあるし、あれこれやって最終的にここに辿り着いたのだから。
シュウヘイはまだ若いし学生で、しかもバイトだ。勿論亮太よりも働くことについて軽く考えてしまうのは仕方ないし、貰っている給料にだって差はあるから責任だって軽い。
でも、仕事に誇りを持って取り組んでほしい、と思ってしまうのは、亮太の考えが古いのだろうか。少なくとも、女の子に誘われるがままひょいひょいついて行ってしまう人間を、客が人として信用できるだろうか。そんなバーテンダーに、誰にも言えなかった悩みをこっそり打ち明けることが出来るだろうか。
難しいだろうな、と亮太は思うのだ。
「ま、考えろ。ちゃんと考えればいずれ分かることもあるさ」
「なんか難しいっすね……」
シュウヘイは眉をへの字にして腕を組んだ。
「若かろうが年取ってようが、女だろうが男だろうが、皆お客さんだし一人の人間ってことっすね。それで、亮太さんだろうが僕だろうが、向こうから見たらバーテンダーってことっすよね」
「そう。それさえ分かってりゃとりあえずいいよ」
亮太が残りのビールを飲み干した。そろそろ三時になる。狗神にご褒美を買わなければ。
「リュウジ、じゃあ俺そろそろ」
「お、ありがとな亮太」
「あ、じゃあ僕も一緒に帰ります」
「会計一緒で」
「へいへい」
「亮太さん、ご馳走様です!」
会計を済まし、リュウジに軽く挨拶をしてシュウヘイと店を後にした。シュウヘイは帰り際にちらりと突っ伏して寝ているマナミを見たが、何も言わなかった。少しは何か感じてくれたらいいのだが。
地上まで降りると、店の前でシュウヘイと別れた。
さすがにこの時間帯は涼しい。亮太はネルシャツの前を両手で閉じつつ、茶沢通り沿いにあるコンビニへと向かった。何がいいだろう。しばらく考えて、もう切ってある林檎を買うことにした。ついでにアキラにはチー鱈。大食漢のアキラにはすぐに飲み込めない物の方が良さそうだと思ったからだった。恐らく文句は言うまい。あいつは多分食えれば何でもいい。
コンビニの袋を片手に帰路を急ぐ。今宵は月が綺麗だった。
珍しく身体が軽いので思わず口笛を吹きそうになり、そうだ夜中だったと思い音が出る寸前で止めた。
玄関のドアの前に立つ。台所の窓の奥は暗かった。亮太はなるべく静かに鍵を取り出すと、静かに鍵を開けてそーっとドアを開けた。
「お帰りなさいませ」
「うわっ!」
心臓が飛び跳ねた。暗闇の中、狗神が座っていた。外の微かな灯りが目に反射して、キラリと光っている。
「イヌガミ、びっくりさせるなよ」
「いえ、お出迎えした方がいいのかと思いまして」
「あ、お土産あるぞ。アキラは?」
「爆睡しております」
「じゃあお前だけにやる」
そっとドアを閉めて内側から鍵をかけると、手洗いを済ませてから皿に林檎を出した。
「林檎は好きか?」
「はい」
声は真面目だが、尻尾がパタパタと嬉しそうに動いている。嬉しいのだろう。
「亮太はいい人ですね」
「褒めても何もないぞ」
「林檎をくれるじゃないですか」
「あ」
亮太はイヌガミの前に皿を置いてやった。イヌガミが早速口を付ける。シャクシャク、といい音がした。
こういうのは穏やかでいいもんだ、そんなことを思いながら少しにやけつつ狗神の様子を眺めていると。
ブー、ブー、と、音消しにしていた亮太の携帯が鳴り始めた。折角のいい気分が台無しだ。誰だこんな非常識な時間に。眉間に皺を寄せながら携帯のディスプレイを少し離しつつ見ると、『シュウヘイ』と表示されていた。
「どうしたシュウヘイ」
はあ、はあという息切れが聞こえてきた。走っているのか。
「おい、シュウヘイ?」
『亮太さんったっ助けて下さい! へ、変なのがあああ!』
シュウヘイの恐怖に満ちた叫び声が、携帯からひび割れて聞こえてきた。
狗神が、顔を上げて亮太を見た。
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