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第七章 次の首探し
44.お願いだから起きてください水神様
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すでに結界は閉じられた。狗神は人間の姿のままで攻撃出来る感じではないし、亮太も唯一の武器である草薙剣がないとどうしようもない。
万事休すとはこのことだった。
上空に浮遊している首はまだ襲ってはきていないが、結界に気付いたのか行ったり来たりを繰り返し始めていた。結界を作り上げた原因が蓮にあることに気付くのも時間の問題かもしれなかった。
「コウ! 頼む、起きてくれ!」
亮太は胸ポケットの中の蛟に声をかけるが、蛟の反応はすこぶる鈍い。
「んん……もうちょっと」
「もうちょっとじゃない! 目の前に八岐大蛇の首、しかも前のよりでっかいのが浮いてるんだぞ!」
「うう、分かってる、分かって……グー」
「コウ!!」
参った。蛟が起きないと、もうどうしようもない。
とりあえず亮太は祓詞は唱え続けることにした。やらないよりはやった方がマシだろう。多分。
「参りましたね……! 亮太が使えないとなると、私が戦うしか」
「おい、使えないはないだろ」
「失礼しました、言葉を選び間違えました」
「全く……」
こんな状況でも相変わらず失礼な奴だが、まだこちらから攻撃を仕掛けていないからだろう、今回の首は空を泳いでいるだけで襲ってこようとはしていない。
「何か他に手はないのか?」
「札を用意してくればまた違ったのですが。ここは一度引きましょう、こちらの分が悪過ぎます」
「でもアキラが外から結界を張ってんだろ? どうやって伝えるんだよ」
こちらの結界を先に解いてしまうと、アキラが結界を解いた時に瘴気が一斉に襲うのではないか?
今のこのろくに戦えない状況でもう一匹分首が出てきたら、もう手に負えないのは目に見えている。
「やっぱり携帯買っとくんだったなー」
「何を呑気なことを」
横に並び立つ蓮を見ると、汗をかいている。顔色も悪い様な。
「おいレン、お前まさかあいつの瘴気にやられてんじゃねえだろうな」
蓮が苦笑いする。
「逆に何で亮太はそんなにケロリとしてるんですか。本当にもう」
「悪かったな、コウのお墨付きだよ」
ニコニコなんだったっけか。
そう、その蛟だ。寝てようが何だろうが、起こすしかもうない。
亮太は胸ポケットの中から小さく丸まっている蛟を取り出した。すう、と息を吸い、大きな声を出した。
「起きろ! 起きないと死ぬぞ!」
誰がだ? 亮太がだ。多分、狗神も。手の中の蛟を少し可哀想だとは思ったが振ってみた。
「コウ! 起きろ! 俺が死ぬぞ!」
「や、やだあ……亮太死んじゃいや……」
少し目を覚ましてきた様だ。よし。亮太はひたすら蛟を起こす作業に集中することにした。
◇
結界の奥は、アキラの所からはよく見えない。ぼんやりと人影が見える程度である。本来ならば蛟龍となった蛟の影が見えないといけない筈なのだが、それらしき影が見えない。
アキラは首を傾げながらもう少し近付こうと一歩踏み出し、結界の境界線ギリギリまで進んだ。汗がじんわりと滲み顔が火照る。
中では誰も動いていない様だ。結界の内部上空を、かなり大きな首が行ったり来たりを繰り返している。
蓮と思われる人影を見つめる。立っているが、動かない。
「……レン! 亮太!」
我慢できなくなったのか、アキラが声を上げる。だが中の声も聞こえないし、中には外の声も聞こえない。
「レン!」
それでもアキラは声を張り上げる。当然のことながら中の二人の反応は返ってこない。
「どうしたの! 答えて……!」
すると。
「櫛名田比売、悪いが結界を少し緩めて中へ通してくれないか」
アキラの肩をポン、と叩く者がいた。
「え?」
アキラが驚愕の表情で背後を振り返ると、そこには一人の見覚えのある人物が立っていた。
すらりとした体躯、艶めいた黒髪、黄銅色の不可思議な吸い込まれる様な瞳を持ち、中性的なその美しさに実は美の神の化身ではないかと周囲に噂されるその人が。
「コウ様……」
「様付けはやめろと言った記憶があるんだがな、アキラ」
背中まで届く黒髪は雑にゴムで一つにまとめられているだけだが、その無造作な姿すらも美しい。黒いクルーネックのシャツにアーミーパンツというシンプルそのものの格好だが、それも実に様になっている。コウは背負っていたバックパッカーの様なリュックをドサッとアキラの足元に下ろすと、首をコキコキと鳴らした。
その姿に思わずアキラが見惚れていると、コウが小さく笑った。
「いいから早く開けてくれ、この寒さだ、きっと私のコウは半分寝てるんだろう? ならすぐにあいつを起こさないと話にならないだろう」
「あ、う、うん」
言われてすぐにアキラは結界に集中し始める。手前の一部が徐々に薄くなっていく。
コウが首を傾げる。
「それにしても」
「え?」
「須佐之男命をどこで見つけたんだ?」
「え、いや、あれはアイツじゃなくて」
「しかもあの根性なしが二度も草薙剣を持つなど、一体どうしたんだ?」
「いや、だからね」
「まあ会えば分かるか」
「あの、コウ様、あの」
「じゃあ行ってくる」
「え、あ、はい」
何も言い返せないまま、コウが結界の中に消えて行った。アキラは薄くなった結界を再強化すべく再度集中し始めた。
◇
「結界が!」
蓮が急に背後を振り返った。
「どうした?」
首は襲っては来ない。ただ瘴気は吐きまくっているのだろう、蓮の顔色は今や真っ青だった。きっとこうやって弱らせてから取り憑くのが奴の手に違いないなかった。
蓮は肩で息をしている。相当辛そうだ。亮太は胸の勾玉を見た。これを渡せばマシになるだろうか? そう尋ねようと思っていると。
「私の結界を、む、無理矢理」
「へ?」
相変わらず寝惚けている蛟を両手のひらに乗せたまま、亮太も蓮の視線の先を追った。
すると、確かにグニャリと歪んだ境界線を押し入る人物がいる。服装からも背の高さからもアキラじゃない。一体誰だ?
亮太はじっとその人物が結界内に入り切るのを待った。黒髪の長髪の、男だろうか?
目が合った。
不思議な瞳の色だった。丁度狗神の毛の色の様な、柔らかみのある黄銅色だ。
次いで、その人間の放つオーラとでも言えばいいのか、眩いばかりの輝きが目に飛び込んできた。
それは、圧倒的な光だった。目の色を更に白く発色させた様な、不思議な見たこともない色彩。
「光……」
勝手に口が言葉を発していた。
すると、その人物が思い切り顔を顰めた。その顔を見て、亮太はその人間が恐ろしく整った顔をしていることに気が付いた。涼しげな顔。肢体は細くしなやかそうではあるが、こりゃ男か女か?
亮太の視線が胸元にいき膨らみがないか確認する。うん、ぺったんこ。残念男だ。
そして我に返った。いや、仮に女だったとしてもこんな超絶美形をモノに出来るなんてそんな大それたことは考えちゃいけない。いやそれにこいつは男だ、というか誰だこいつ。
すると、聞く前に蓮が答えを口にした。
「コウ様! 何故ここへ……!」
その名前はよく知っていた。蛟が繰り返し繰り返し口にしていた名前だからだ。
「ご主人様か」
コウの眉がぴくりと動いた。亮太を見る目には優しさや愛想などは一切ない。
薄い唇が声を発した。
「お前は誰だ」
ハスキーボイスだった。胸さえあれば十分女で通る様な声の高さだ。ますます勿体無い。誰にとってか? 亮太の眼福にとってだ。
「俺はこいつらの面倒をみてる柏木亮太だ」
「面倒?」
意外そうな顔をされた。なんだ、人間ぽい表情も出来るらしい。亮太はそれを見て少し安心した。そして思い出していた。蛟が、亮太は絶対コウ様と気が合うよと言っていたことを。
迫力はあれど普通の感覚の持ち主ならば、話が早い。
「そう。で、今コウが寝ちまって困ってる。何とか起こせないか?」
「……須佐之男命は?」
「それがまだ見つかってないんだよ」
正確には探してもいない。一番後回しにしている。多分誰一人として会いたいと思っていない。
コウは顰め面のまま、亮太の手の中にいる蛟と、亮太の胸元にぶら下がる勾玉に目をやった。コウの目が驚愕で見開かれる。
「まさか、お前が草薙剣を?」
亮太が頷いた。
「なし崩し的に、なんとなくな」
すると、亮太の横で蓮がガクリと膝をついてしまった。
万事休すとはこのことだった。
上空に浮遊している首はまだ襲ってはきていないが、結界に気付いたのか行ったり来たりを繰り返し始めていた。結界を作り上げた原因が蓮にあることに気付くのも時間の問題かもしれなかった。
「コウ! 頼む、起きてくれ!」
亮太は胸ポケットの中の蛟に声をかけるが、蛟の反応はすこぶる鈍い。
「んん……もうちょっと」
「もうちょっとじゃない! 目の前に八岐大蛇の首、しかも前のよりでっかいのが浮いてるんだぞ!」
「うう、分かってる、分かって……グー」
「コウ!!」
参った。蛟が起きないと、もうどうしようもない。
とりあえず亮太は祓詞は唱え続けることにした。やらないよりはやった方がマシだろう。多分。
「参りましたね……! 亮太が使えないとなると、私が戦うしか」
「おい、使えないはないだろ」
「失礼しました、言葉を選び間違えました」
「全く……」
こんな状況でも相変わらず失礼な奴だが、まだこちらから攻撃を仕掛けていないからだろう、今回の首は空を泳いでいるだけで襲ってこようとはしていない。
「何か他に手はないのか?」
「札を用意してくればまた違ったのですが。ここは一度引きましょう、こちらの分が悪過ぎます」
「でもアキラが外から結界を張ってんだろ? どうやって伝えるんだよ」
こちらの結界を先に解いてしまうと、アキラが結界を解いた時に瘴気が一斉に襲うのではないか?
今のこのろくに戦えない状況でもう一匹分首が出てきたら、もう手に負えないのは目に見えている。
「やっぱり携帯買っとくんだったなー」
「何を呑気なことを」
横に並び立つ蓮を見ると、汗をかいている。顔色も悪い様な。
「おいレン、お前まさかあいつの瘴気にやられてんじゃねえだろうな」
蓮が苦笑いする。
「逆に何で亮太はそんなにケロリとしてるんですか。本当にもう」
「悪かったな、コウのお墨付きだよ」
ニコニコなんだったっけか。
そう、その蛟だ。寝てようが何だろうが、起こすしかもうない。
亮太は胸ポケットの中から小さく丸まっている蛟を取り出した。すう、と息を吸い、大きな声を出した。
「起きろ! 起きないと死ぬぞ!」
誰がだ? 亮太がだ。多分、狗神も。手の中の蛟を少し可哀想だとは思ったが振ってみた。
「コウ! 起きろ! 俺が死ぬぞ!」
「や、やだあ……亮太死んじゃいや……」
少し目を覚ましてきた様だ。よし。亮太はひたすら蛟を起こす作業に集中することにした。
◇
結界の奥は、アキラの所からはよく見えない。ぼんやりと人影が見える程度である。本来ならば蛟龍となった蛟の影が見えないといけない筈なのだが、それらしき影が見えない。
アキラは首を傾げながらもう少し近付こうと一歩踏み出し、結界の境界線ギリギリまで進んだ。汗がじんわりと滲み顔が火照る。
中では誰も動いていない様だ。結界の内部上空を、かなり大きな首が行ったり来たりを繰り返している。
蓮と思われる人影を見つめる。立っているが、動かない。
「……レン! 亮太!」
我慢できなくなったのか、アキラが声を上げる。だが中の声も聞こえないし、中には外の声も聞こえない。
「レン!」
それでもアキラは声を張り上げる。当然のことながら中の二人の反応は返ってこない。
「どうしたの! 答えて……!」
すると。
「櫛名田比売、悪いが結界を少し緩めて中へ通してくれないか」
アキラの肩をポン、と叩く者がいた。
「え?」
アキラが驚愕の表情で背後を振り返ると、そこには一人の見覚えのある人物が立っていた。
すらりとした体躯、艶めいた黒髪、黄銅色の不可思議な吸い込まれる様な瞳を持ち、中性的なその美しさに実は美の神の化身ではないかと周囲に噂されるその人が。
「コウ様……」
「様付けはやめろと言った記憶があるんだがな、アキラ」
背中まで届く黒髪は雑にゴムで一つにまとめられているだけだが、その無造作な姿すらも美しい。黒いクルーネックのシャツにアーミーパンツというシンプルそのものの格好だが、それも実に様になっている。コウは背負っていたバックパッカーの様なリュックをドサッとアキラの足元に下ろすと、首をコキコキと鳴らした。
その姿に思わずアキラが見惚れていると、コウが小さく笑った。
「いいから早く開けてくれ、この寒さだ、きっと私のコウは半分寝てるんだろう? ならすぐにあいつを起こさないと話にならないだろう」
「あ、う、うん」
言われてすぐにアキラは結界に集中し始める。手前の一部が徐々に薄くなっていく。
コウが首を傾げる。
「それにしても」
「え?」
「須佐之男命をどこで見つけたんだ?」
「え、いや、あれはアイツじゃなくて」
「しかもあの根性なしが二度も草薙剣を持つなど、一体どうしたんだ?」
「いや、だからね」
「まあ会えば分かるか」
「あの、コウ様、あの」
「じゃあ行ってくる」
「え、あ、はい」
何も言い返せないまま、コウが結界の中に消えて行った。アキラは薄くなった結界を再強化すべく再度集中し始めた。
◇
「結界が!」
蓮が急に背後を振り返った。
「どうした?」
首は襲っては来ない。ただ瘴気は吐きまくっているのだろう、蓮の顔色は今や真っ青だった。きっとこうやって弱らせてから取り憑くのが奴の手に違いないなかった。
蓮は肩で息をしている。相当辛そうだ。亮太は胸の勾玉を見た。これを渡せばマシになるだろうか? そう尋ねようと思っていると。
「私の結界を、む、無理矢理」
「へ?」
相変わらず寝惚けている蛟を両手のひらに乗せたまま、亮太も蓮の視線の先を追った。
すると、確かにグニャリと歪んだ境界線を押し入る人物がいる。服装からも背の高さからもアキラじゃない。一体誰だ?
亮太はじっとその人物が結界内に入り切るのを待った。黒髪の長髪の、男だろうか?
目が合った。
不思議な瞳の色だった。丁度狗神の毛の色の様な、柔らかみのある黄銅色だ。
次いで、その人間の放つオーラとでも言えばいいのか、眩いばかりの輝きが目に飛び込んできた。
それは、圧倒的な光だった。目の色を更に白く発色させた様な、不思議な見たこともない色彩。
「光……」
勝手に口が言葉を発していた。
すると、その人物が思い切り顔を顰めた。その顔を見て、亮太はその人間が恐ろしく整った顔をしていることに気が付いた。涼しげな顔。肢体は細くしなやかそうではあるが、こりゃ男か女か?
亮太の視線が胸元にいき膨らみがないか確認する。うん、ぺったんこ。残念男だ。
そして我に返った。いや、仮に女だったとしてもこんな超絶美形をモノに出来るなんてそんな大それたことは考えちゃいけない。いやそれにこいつは男だ、というか誰だこいつ。
すると、聞く前に蓮が答えを口にした。
「コウ様! 何故ここへ……!」
その名前はよく知っていた。蛟が繰り返し繰り返し口にしていた名前だからだ。
「ご主人様か」
コウの眉がぴくりと動いた。亮太を見る目には優しさや愛想などは一切ない。
薄い唇が声を発した。
「お前は誰だ」
ハスキーボイスだった。胸さえあれば十分女で通る様な声の高さだ。ますます勿体無い。誰にとってか? 亮太の眼福にとってだ。
「俺はこいつらの面倒をみてる柏木亮太だ」
「面倒?」
意外そうな顔をされた。なんだ、人間ぽい表情も出来るらしい。亮太はそれを見て少し安心した。そして思い出していた。蛟が、亮太は絶対コウ様と気が合うよと言っていたことを。
迫力はあれど普通の感覚の持ち主ならば、話が早い。
「そう。で、今コウが寝ちまって困ってる。何とか起こせないか?」
「……須佐之男命は?」
「それがまだ見つかってないんだよ」
正確には探してもいない。一番後回しにしている。多分誰一人として会いたいと思っていない。
コウは顰め面のまま、亮太の手の中にいる蛟と、亮太の胸元にぶら下がる勾玉に目をやった。コウの目が驚愕で見開かれる。
「まさか、お前が草薙剣を?」
亮太が頷いた。
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