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同じ釜の飯を食うて、水魚の交わる間柄となる
【45】
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「環境に応じて独自の成長を遂げた枝が途切れることはない。そしてその枝の数だけ味付けが存在する。だからこそ味付けに間違いはないのだろう。人の数と想いが、料理を継承させる」
「つまり蓬さんがやっていることは、セイさんの塩おにぎりに込められた想いを繋げようとしているということですか?」
「そうだ。人の想いというものは、他人からしたらただの重荷だ。取り落とすだけならいいが、自ら捨てたくもなるだろう。無理に抱える必要は無い。いつか心構えができた時に拾ってもらえばいい。今の友におれの存在が負担になるのなら、おれのことなど忘れて自分の道を歩んでほしい。かつてのように泰然自若でいればいいのだと……。それをおれの代わりに伝えてくれる者をずっと探していたのだ。神の言葉を解釈する代弁者――審神者の素質を持つ者を」
まさか最初に莉亜をここに招いたのはセイだったのだろうか。ずっと御守りを持ち去ったハルがここに案内したのだと思っていたが、それなら蓬が話していた莉亜が持つ御守りにセイの気配が残っていた理由も納得がいく。莉亜が御守りから目を離したどこかでセイが細工を施したのだろう。それを偶然ハルが見つけて、蓬の元まで道案内をした。神の代弁者たる審神者の素質を持つという莉亜を、神である蓬に引き合わせるために。
以前、蓬もハルには何も力が無いと話していたので、ハルが御守りにセイの力を込めたと考えるよりも、セイの力に気づいてここまで連れて来たと思った方がしっくりくる。
「私に審神者の素質があるなんて考えられません。極々普通の、どこにでもいるような人間です」
「それを言うならおれも同じだ。友が消えかけたその時まで、自分が審神者だということを知らなかった。家族の中で唯一神霊を見聞き出来ていたが、それが審神者の力によるものだと微塵も思わなかった。だが考えてみれば合点もいく。神と言葉を交わせることも、神やあやかしの領域であるここに出入りしているにも関わらず無事でいられることも」
「無事、ということは危険があるんですか?」
「最初に来た時、他のあやかしや神に会うことなく店に来られただろう。あの桜の木は神域への入り口ではあるが、どの出口に出られるかは通行手形に刻まれた行き先による。だが偶然手に入った通行手形を使って初めてここに来た時、当然行き先は通行手形に刻印されていない。どこの出口に通じるかは運に左右される。この店以外にも神とあやかしの領域には無数の出口が存在するからな。別の場所に出て、あやかしや神に襲われるか、永遠にこの世界を彷徨っていてもおかしくない。そうなれば、今頃無事では済まないだろうな」
セイの話によると、審神者の素質を持たない只人が神やあやかしの領域――神界やかくりよに立ち入った場合、あやかしに喰われるか、神によって隠されて更なる異界に連れて行かれるという言い伝えがあるらしい。
人間にとって、神が持つ神力やあやかしが持つ妖力は身体を蝕む毒とされている。そんな神力や妖力が満ちた神界やかくりよに長時間留まると、やがて自我や身体が崩壊してしまう。あやかしとも神とも言えない、狂人のような存在になると言われていた。また運良く人の世に戻れたとしても、迷い込んでから何年、何十年、長い時は何百年も経っており、竜宮城から戻った浦島太郎のような状態になるという。
けれども審神者の素質を持つ者や霊能者などが持っているとされている霊力があれば、神界やかくりよに滞留しても心身が無事でいられる。元の時間に帰ることも可能であった。ただし人間が持つ霊力は、あやかしにとって自分が持つ妖力を高める恰好の餌でもあるので、只人よりも命を狙われやすいという弱点を持つらしい。
「そういえば、最初に来た時、蓬さんが私の御守りに力を込めてくれました。次からはこの御守りを門番に見せればいい、って。その時に刻んでくれたのでしょうか。御守りを通行手形として、行き先を蓬さんのお店に」
「力が衰えていたとしても、友にとってそれくらい造作もないだろう。最初からお前は迷わずこの地に引き寄せられ、その後、何度ここに出入りしても無事でいられる。友の力で生み出された場所とはいえ、この地にも神力や妖力が満ちている。頻繁に出入りしていて何の影響も受けないわけがない。それも全て審神者の力によって守られているからだろう」
神と意思疎通を行う審神者には神力や妖力に対する耐性がついている。神と対話をする度に神が持つ神力に触れなければならないので、無意識のうちに身を守ろうとして免疫がつくのだろう。人でありながら最も神に近い存在であり、神にも等しい存在。それが審神者であった。
「今でこそ審神者はほぼ存在しないが、稀に先祖返りすることがある。特に神と近しい宮司の家系に多いとか。おれやお前のように。子供の頃のおれはひ弱な軟弱者でな。特に我が家で祀る神が御座す斎庭に立ち入った直後に熱を出して寝込むことが多かった。恐らく、斎庭を満たす神力と審神者の素質たる霊力が反発し合った反動だっだのだろう。お前には心当たりはないか? そんな過去」
「特にはありません。ただ私も子供の頃はよく体調を崩していました。神社の森で遊んだり、近くの川で遊ぶ度に。でも幼児にありがちな、物心がつく前の話です。成長して、おじいちゃんに御守りをもらってからは風邪も引かなくなりました」
遠い昔なので薄っすらと記憶にあるだけだが、御守りをもらった時、祖父は肌身離さず持ち歩くように言っていた覚えがあった。どういう意図でくれたのかは記憶にないが、健康に良いというようなことを話していたような気がした。実際にその後の莉亜はほとんど体調を崩さなかったので、病弱な莉亜を気にして健康に関する御守りをくれたのだろうとずっと思っていた。成長して身体が丈夫になってからもなんとなく御守りを手放せずにいたが、その内に祖父が亡くなったので、思い出の品としてますます離せなくなってしまったのだった。今でこそ蓬の元に来るための通行手形の役割を持っているが、元は健康長寿以外のご利益しかない、どこにでもあるようなただの御守りであった。
「つまり蓬さんがやっていることは、セイさんの塩おにぎりに込められた想いを繋げようとしているということですか?」
「そうだ。人の想いというものは、他人からしたらただの重荷だ。取り落とすだけならいいが、自ら捨てたくもなるだろう。無理に抱える必要は無い。いつか心構えができた時に拾ってもらえばいい。今の友におれの存在が負担になるのなら、おれのことなど忘れて自分の道を歩んでほしい。かつてのように泰然自若でいればいいのだと……。それをおれの代わりに伝えてくれる者をずっと探していたのだ。神の言葉を解釈する代弁者――審神者の素質を持つ者を」
まさか最初に莉亜をここに招いたのはセイだったのだろうか。ずっと御守りを持ち去ったハルがここに案内したのだと思っていたが、それなら蓬が話していた莉亜が持つ御守りにセイの気配が残っていた理由も納得がいく。莉亜が御守りから目を離したどこかでセイが細工を施したのだろう。それを偶然ハルが見つけて、蓬の元まで道案内をした。神の代弁者たる審神者の素質を持つという莉亜を、神である蓬に引き合わせるために。
以前、蓬もハルには何も力が無いと話していたので、ハルが御守りにセイの力を込めたと考えるよりも、セイの力に気づいてここまで連れて来たと思った方がしっくりくる。
「私に審神者の素質があるなんて考えられません。極々普通の、どこにでもいるような人間です」
「それを言うならおれも同じだ。友が消えかけたその時まで、自分が審神者だということを知らなかった。家族の中で唯一神霊を見聞き出来ていたが、それが審神者の力によるものだと微塵も思わなかった。だが考えてみれば合点もいく。神と言葉を交わせることも、神やあやかしの領域であるここに出入りしているにも関わらず無事でいられることも」
「無事、ということは危険があるんですか?」
「最初に来た時、他のあやかしや神に会うことなく店に来られただろう。あの桜の木は神域への入り口ではあるが、どの出口に出られるかは通行手形に刻まれた行き先による。だが偶然手に入った通行手形を使って初めてここに来た時、当然行き先は通行手形に刻印されていない。どこの出口に通じるかは運に左右される。この店以外にも神とあやかしの領域には無数の出口が存在するからな。別の場所に出て、あやかしや神に襲われるか、永遠にこの世界を彷徨っていてもおかしくない。そうなれば、今頃無事では済まないだろうな」
セイの話によると、審神者の素質を持たない只人が神やあやかしの領域――神界やかくりよに立ち入った場合、あやかしに喰われるか、神によって隠されて更なる異界に連れて行かれるという言い伝えがあるらしい。
人間にとって、神が持つ神力やあやかしが持つ妖力は身体を蝕む毒とされている。そんな神力や妖力が満ちた神界やかくりよに長時間留まると、やがて自我や身体が崩壊してしまう。あやかしとも神とも言えない、狂人のような存在になると言われていた。また運良く人の世に戻れたとしても、迷い込んでから何年、何十年、長い時は何百年も経っており、竜宮城から戻った浦島太郎のような状態になるという。
けれども審神者の素質を持つ者や霊能者などが持っているとされている霊力があれば、神界やかくりよに滞留しても心身が無事でいられる。元の時間に帰ることも可能であった。ただし人間が持つ霊力は、あやかしにとって自分が持つ妖力を高める恰好の餌でもあるので、只人よりも命を狙われやすいという弱点を持つらしい。
「そういえば、最初に来た時、蓬さんが私の御守りに力を込めてくれました。次からはこの御守りを門番に見せればいい、って。その時に刻んでくれたのでしょうか。御守りを通行手形として、行き先を蓬さんのお店に」
「力が衰えていたとしても、友にとってそれくらい造作もないだろう。最初からお前は迷わずこの地に引き寄せられ、その後、何度ここに出入りしても無事でいられる。友の力で生み出された場所とはいえ、この地にも神力や妖力が満ちている。頻繁に出入りしていて何の影響も受けないわけがない。それも全て審神者の力によって守られているからだろう」
神と意思疎通を行う審神者には神力や妖力に対する耐性がついている。神と対話をする度に神が持つ神力に触れなければならないので、無意識のうちに身を守ろうとして免疫がつくのだろう。人でありながら最も神に近い存在であり、神にも等しい存在。それが審神者であった。
「今でこそ審神者はほぼ存在しないが、稀に先祖返りすることがある。特に神と近しい宮司の家系に多いとか。おれやお前のように。子供の頃のおれはひ弱な軟弱者でな。特に我が家で祀る神が御座す斎庭に立ち入った直後に熱を出して寝込むことが多かった。恐らく、斎庭を満たす神力と審神者の素質たる霊力が反発し合った反動だっだのだろう。お前には心当たりはないか? そんな過去」
「特にはありません。ただ私も子供の頃はよく体調を崩していました。神社の森で遊んだり、近くの川で遊ぶ度に。でも幼児にありがちな、物心がつく前の話です。成長して、おじいちゃんに御守りをもらってからは風邪も引かなくなりました」
遠い昔なので薄っすらと記憶にあるだけだが、御守りをもらった時、祖父は肌身離さず持ち歩くように言っていた覚えがあった。どういう意図でくれたのかは記憶にないが、健康に良いというようなことを話していたような気がした。実際にその後の莉亜はほとんど体調を崩さなかったので、病弱な莉亜を気にして健康に関する御守りをくれたのだろうとずっと思っていた。成長して身体が丈夫になってからもなんとなく御守りを手放せずにいたが、その内に祖父が亡くなったので、思い出の品としてますます離せなくなってしまったのだった。今でこそ蓬の元に来るための通行手形の役割を持っているが、元は健康長寿以外のご利益しかない、どこにでもあるようなただの御守りであった。
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