【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩

文字の大きさ
7 / 88
契約結婚を望む理由は

7

しおりを挟む
 若佐先生と出会った次の日。目を覚ますと、私は若佐先生の部屋で一夜を過ごしていた。
 寝る前の記憶は何となくある。確か、若佐先生が飲み物を用意しようとしたところで、ホテルスタッフが部屋を訪ねて来た。私達の騒ぎを聞きつけたのか、それとも同じフロアの宿泊客が連絡したのだろう。最初こそ若佐先生がホテルスタッフと話し終わるのを待っていたが、いつの間にか寝てしまったらしい。
 泣き疲れたというのもあるが、今まで誰にも話せなかった自分の気持ちを話せたからというのもあるだろう。
 若佐先生と出会う前に比べて、私の心は軽くなっており、ここ最近は熟睡出来ず、薬に頼って寝ていたのが嘘の様に、心身共に楽になっていたのだった。
 勿論、若佐先生は昨晩の宣言通り、寝ていた私に何も手を出していなかった。それどころか、私をベッドに寝かせてくれて、若佐先生自身は自分の服を枕と布団代わりにして床で眠っていたのだった。
 それに気が付いたのも、私が起きた時、若佐先生がまだ寝ていたからであった。  

「若佐先生……」

 小声で呼びかけてみるが、若佐先生は熟睡しているのか起きる気配は全くなさそうだった。
 部屋のベッドはダブルベッドよりは小さいが、二人は寝られそうな広さがあるので、若佐先生も一緒に寝られただろう。
 それにも関わらず、床で寝たのは若佐先生なりの気遣いなのかもしれない。
 私はベッドに戻ると、自分のトートバッグからスマートフォンを取り出す。昨晩から全く触れていなかったが、やはりと言うか、両親から安否を気遣うメッセージが、夜間と早朝に何十通も送られていた。

「しまった……」

 外出する際、両親には「少し出掛けてくる」と言っただけだった。外泊すると言っていないので、きっと不安になっていたに違いない。一人娘なので心配になるのは分かるが、成人してもなお過保護なところがあるので、ややうんざりしていた。
 私は慌てて両親に無事を知らせるメッセージを送ると、次いで職場に体調不良で休むという連絡をする。急な欠勤なので、きっと明日出勤した時に上司は「社会人としての自覚が……」などと小言を言ってくるだろう。
 酷い時はそれが数日間続くので、その間じっと堪えなければならず、それを考えると精神的にも苦痛だったが、ただ今回はなんとなく平気な気がした。
 今から一度自宅に戻り、それから職場に向かっても始業開始には間に合うかもしれないが、今は仕事よりも、若佐先生から結婚したい事情を聞きたかった。それが分からなければ、遅刻して仕事に行っても、気になって仕事に集中出来そうになかった。

「んっ……もう起きたんですか?」

 私がトートバッグを元の場所に置いた時に、音を立ててしまったからだろうか。
 床で寝ていた若佐先生が身体を起こしたのだった。

「お、おはようございます……」
「おはようございます」
「すみません、ベッドを使ってしまって」
「いえ、元気になって良かったです」

 それから、若佐先生に断りを入れて、交互にシャワーを浴びると、ホテルのレストランで朝食を食べながら、事情を聞く事になった。
 ホテルの二階にあるレストランは宿泊客以外も利用できるようで、私達が行った時には既にレストランは人で賑わっていた。

「ここのレストラン、ビュッフェ形式なんですね」
「そうらしいですね」
「利用した事ないんですか?」
「いつも食事は部屋で済ませていたので」

 どうやら、若佐先生は食が細いらしく、朝は近くのコンビニで買ってきて、部屋に持ち込んだ栄養ゼリーと飲料水で食事を済ませていたらしい。昼と夜は弁護士仲間との外食が中心で、ホテルのレストランを利用したのは今回が初めてとの事だった。
 食が細いという証拠に、色んな料理を乗せてテーブルに向かった私の皿と比べて、若佐先生の皿にはサラダが少しとバターロールパンが一個しか乗っていなかった。
 先にテーブルに着いていた若佐先生は「コーヒーは飲めますか?」と聞いてくると、コーヒーが入ったカップを渡してきたのだった。

「ありがとうございます。いただきます」
「食べながらでいいので聞いて下さい。私も食べながら話すので」

 そう言って、若佐先生は自分のコーヒーに口をつけると、契約結婚を申し出た事情を話し出したのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

消えた記憶

詩織
恋愛
交通事故で一部の記憶がなくなった彩芽。大事な旦那さんの記憶が全くない。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

処理中です...