83 / 88
さようならを言うつもりだったのに……
83
しおりを挟む
「小春ー!」
遠くから聞き馴染んだ声が聞こえてくる。
意味もなく電源を切ったスマートフォンを見ていた私はそっと顔を上げると、薄手のジャンパーのフードを目深に被った。寒かったら着ようと思って日本から持ってきたジャンパーが、こんな形で役に立つとは思わなかった。
スマートフォンを仕舞って、近くに座る外国人の団体に紛れる様に座っていると、楓さんの声がだんだん近づいてきたのだった。
「小春! 小春っ!」
身を縮めてバレない様に息を詰める。ここで名乗り出てしまったら、楓さんの元を飛び出した意味が無くなってしまう。
(もう解放するんだ。楓さんを私から――)
その時、アナウンスが空港内に鳴り響く。壁に掛かった時計を確認するが、搭乗予定の日本行きの飛行機にはまだ時間が早かった。恐らく、他の場所に行く飛行機だろう。
「小春ー!」
遠くでエレベーターを駆け上って来た楓さんの姿が見えた。
ますます身を縮めて、持っていたスーツケースごと隣に座っている外国人の陰に隠れた時だった。周囲に座っていた外国人の集団が立ち上がると、何か話しながら搭乗口に行ってしまったのだった。
(えっ……!? ど、どうしよう……)
遮るものが無くなったので下手に動くと、却って目立つかもしれない。そうやって迷っている間も、楓さんの声が近づいて来ていたので、ますます身動きが取れなくなる。
「小春ー!」
楓さんの声がすぐ側で聞こえてくると、息を潜めて、フードを被った頭ごと俯く。心臓が激しく音を立てて、口の中が渇いた。わずかながら手も震えている様な気がして、強く握りしめる事で隠そうとした。
(お願い。早くあっちに行って……!)
楓さんの靴音だけが妙に響いているような気がして、息を凝らしていると、私の目の前で誰かが立ち止まる。顔を上げる間もなく、それが楓さんだと分かると、ますます身を縮めて、早く通り過ぎる様に祈り続ける。
祈りが通じたのか、やがて無言のまま、楓さんはその場から去って行った。ほっと肩の力を抜いたのも束の間、すぐ真後ろの席に誰かが座った音が聞こえてきたのだった。
遠くから聞き馴染んだ声が聞こえてくる。
意味もなく電源を切ったスマートフォンを見ていた私はそっと顔を上げると、薄手のジャンパーのフードを目深に被った。寒かったら着ようと思って日本から持ってきたジャンパーが、こんな形で役に立つとは思わなかった。
スマートフォンを仕舞って、近くに座る外国人の団体に紛れる様に座っていると、楓さんの声がだんだん近づいてきたのだった。
「小春! 小春っ!」
身を縮めてバレない様に息を詰める。ここで名乗り出てしまったら、楓さんの元を飛び出した意味が無くなってしまう。
(もう解放するんだ。楓さんを私から――)
その時、アナウンスが空港内に鳴り響く。壁に掛かった時計を確認するが、搭乗予定の日本行きの飛行機にはまだ時間が早かった。恐らく、他の場所に行く飛行機だろう。
「小春ー!」
遠くでエレベーターを駆け上って来た楓さんの姿が見えた。
ますます身を縮めて、持っていたスーツケースごと隣に座っている外国人の陰に隠れた時だった。周囲に座っていた外国人の集団が立ち上がると、何か話しながら搭乗口に行ってしまったのだった。
(えっ……!? ど、どうしよう……)
遮るものが無くなったので下手に動くと、却って目立つかもしれない。そうやって迷っている間も、楓さんの声が近づいて来ていたので、ますます身動きが取れなくなる。
「小春ー!」
楓さんの声がすぐ側で聞こえてくると、息を潜めて、フードを被った頭ごと俯く。心臓が激しく音を立てて、口の中が渇いた。わずかながら手も震えている様な気がして、強く握りしめる事で隠そうとした。
(お願い。早くあっちに行って……!)
楓さんの靴音だけが妙に響いているような気がして、息を凝らしていると、私の目の前で誰かが立ち止まる。顔を上げる間もなく、それが楓さんだと分かると、ますます身を縮めて、早く通り過ぎる様に祈り続ける。
祈りが通じたのか、やがて無言のまま、楓さんはその場から去って行った。ほっと肩の力を抜いたのも束の間、すぐ真後ろの席に誰かが座った音が聞こえてきたのだった。
11
あなたにおすすめの小説
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる