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さようならを言うつもりだったのに……
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落ち着いた頃合いを見計らって、楓さんはあちこちのポケットを探ると何かを取り出す。
「小春、手を貸してくれ」
楓さんは私の左手を取ると、あの部屋に置いてきた指輪を薬指に嵌めてくれる。私が指輪に見入っていると、左手を掴んだまま、楓さんは立ち上がったのだった。
「帰るぞ」
私も頷いて立ち上がると、ビリビリに引き裂かれた離婚届が私達の膝の上から落ちて、椅子周辺の床の散らばっている事に気づく。楓さんは片膝をつくと、紙屑となった離婚届を拾ってエアメール用の封筒に入れたので、私も両膝をついて一緒に拾う事にしたのだった。
「初めての共同作業がゴミ拾いか……」
「でも私は嫌じゃないです」
「俺もだ」
顔を見合わせて小さく笑い合っていると、下を向いた楓さんの胸ポケットから眼鏡が落ちて空港の白い床を滑る。私の爪先に当たると、足元で止まったので、そっと拾い上げたのだった。
「眼鏡、落としましたよ」
「胸ポケットだと下を向いた時に落ちるな……。掛けてくれないか?」
「分かりました。顔を上げて下さい」
膝立ちになると、眼鏡を持った両手を伸ばして、顔を上げた楓さんの顔に掛ける。吸い寄せられた様にピッタリと嵌った眼鏡と、いつもの楓さんらしい生真面目な姿につい見惚れてしまう。すると、楓さんは柔らかく口元を緩めたのだった。
「ありがとう、小春」
穏やかな表情を浮かべる愛する夫を見ていると、胸の中がぽかぽかと温かくなった様な気がして、私も同じ様に笑みを浮かべたのだった。
最後の紙屑を拾い、私が拾った分を封筒に入れると、楓さんは封筒ごと離婚届だった紙屑を握り潰して、近くにあったゴミ箱に捨ててしまう。
私のスーツケースを持って先に歩き出したので、私も小走りで後を追いかけたのだった。
「あの……」
歩きながら話しかけると、楓さんは歩調を合わせながら目線を向けてくれる。
「……手、繋いでもいいですか?」
「……手と言わず、腕も、身体のどこでもいいぞ」
繋ごうとして伸ばした手で、そのまま楓さんの腕を掴む。両手で掴むと顔を寄せたのだった。
楓さんの腕は大きくて温かくて、どこか安心感を与えてくれた。安堵からまた涙腺が緩みそうになっていると、楓さんの腕が動き、私の肩を抱き寄せて、軽く頭を叩いてくれた。
そのまま頭を撫でられている内に、だんだん心地良くなってきたので、楓さんの身体に頭を寄せる。
後ろからは日本行きの飛行機の案内をしていたが、幸せに満たされた私の耳にはほとんど入らなかった。
私達は無言のまま、空港を後にしたのだった。
「小春、手を貸してくれ」
楓さんは私の左手を取ると、あの部屋に置いてきた指輪を薬指に嵌めてくれる。私が指輪に見入っていると、左手を掴んだまま、楓さんは立ち上がったのだった。
「帰るぞ」
私も頷いて立ち上がると、ビリビリに引き裂かれた離婚届が私達の膝の上から落ちて、椅子周辺の床の散らばっている事に気づく。楓さんは片膝をつくと、紙屑となった離婚届を拾ってエアメール用の封筒に入れたので、私も両膝をついて一緒に拾う事にしたのだった。
「初めての共同作業がゴミ拾いか……」
「でも私は嫌じゃないです」
「俺もだ」
顔を見合わせて小さく笑い合っていると、下を向いた楓さんの胸ポケットから眼鏡が落ちて空港の白い床を滑る。私の爪先に当たると、足元で止まったので、そっと拾い上げたのだった。
「眼鏡、落としましたよ」
「胸ポケットだと下を向いた時に落ちるな……。掛けてくれないか?」
「分かりました。顔を上げて下さい」
膝立ちになると、眼鏡を持った両手を伸ばして、顔を上げた楓さんの顔に掛ける。吸い寄せられた様にピッタリと嵌った眼鏡と、いつもの楓さんらしい生真面目な姿につい見惚れてしまう。すると、楓さんは柔らかく口元を緩めたのだった。
「ありがとう、小春」
穏やかな表情を浮かべる愛する夫を見ていると、胸の中がぽかぽかと温かくなった様な気がして、私も同じ様に笑みを浮かべたのだった。
最後の紙屑を拾い、私が拾った分を封筒に入れると、楓さんは封筒ごと離婚届だった紙屑を握り潰して、近くにあったゴミ箱に捨ててしまう。
私のスーツケースを持って先に歩き出したので、私も小走りで後を追いかけたのだった。
「あの……」
歩きながら話しかけると、楓さんは歩調を合わせながら目線を向けてくれる。
「……手、繋いでもいいですか?」
「……手と言わず、腕も、身体のどこでもいいぞ」
繋ごうとして伸ばした手で、そのまま楓さんの腕を掴む。両手で掴むと顔を寄せたのだった。
楓さんの腕は大きくて温かくて、どこか安心感を与えてくれた。安堵からまた涙腺が緩みそうになっていると、楓さんの腕が動き、私の肩を抱き寄せて、軽く頭を叩いてくれた。
そのまま頭を撫でられている内に、だんだん心地良くなってきたので、楓さんの身体に頭を寄せる。
後ろからは日本行きの飛行機の案内をしていたが、幸せに満たされた私の耳にはほとんど入らなかった。
私達は無言のまま、空港を後にしたのだった。
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