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鍵に導かれるは霧の街
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「あ、ああっ……」
涙目になって声にならない悲鳴を上げるが、やがてエレナの手の甲から体内の血液が抜けていく。青年に血を吸われているのだと気付いて振り払おうとしたものの、手首を掴む青年の力が強くて振り払えそうに無かった。
なす術もなく吸血されて、やがて身体中から力が抜けて持っていたボストンバッグを床に落とす頃には、腰を支えてくれた青年の腕にぐったりと寄り掛かっていたのだった。
「貴方は……何者ですか?」
「俺の名前はフローシィ・ミュラ・ロマラン。この街に暮らすヴァンパイアだ」
「ヴァンパイア……」
映画や漫画で見たことがある。人間の血を吸う人外の生き物。人間離れした整った相貌と体温の無い身体が特徴で、口から生やした牙で相手を吸血して死に至らしめると。まさか現実に存在するとは思わなかったが……。
「お前の名は何だ」
「エレナ……です。本宮、エレナ……」
「エレナ。俺の顔をよく見ろ」
未だ吸血の衝撃から抜け切れていないのか、息も絶え絶えに名前を呟くと、眼前にフローシィと名乗った青年の美貌が迫ってくる。頬が熱を帯びて真っ赤に染まって目を逸らしそうになるが、「逸らすな」とフローシィに顎を掴まれて息が掛かる距離まで近付けられる。
「答えろ。俺の目は何色だ?」
「綺麗な、水色。氷のような白っぽい水色、です……」
「お前の目の色は?」
「黒……」
「違う。お前も俺と同じ色だ。繰り返せ、お前の目は何色だ?」
「えっ……水色。氷みたいな水色……」
まるで暗示をかけられているかのようにエレナの口から自然と言葉が出てくる。頭の中には列車の窓ガラスに映っていた日本人特有の色をした中肉中背の自分の姿が浮かんでいるが、目と鼻の先にあるアイスブルーの瞳に見つめられているうちにだんだん霞んでくる。
生まれてから十九年も付き合ってきたエレナの風貌が、霧に包まれたかのように遠のいていったのだった。
「続けろ。俺の髪は何色だ? そしてお前の髪色は何だ?」
「ブロンド。私も同じブロンド……」
「それで良い。俺の姿を鏡として自分の色をよくその目に焼き付けろ。次は肌の色だ。答えろ」
そんな問答を繰り返している間にますます自分はどんな容姿をしていたのか分からなくなってくる。目と髪、背格好や声でさえ、フローシィが言ったものが正しいように思えてきたのだった。
やがて自分の容姿がどんなものだったのか思い出せなくなったところで、フローシィは最後の仕上げというようにエレナの腰を強く抱き寄せた。
「最後に名を問おう。お前の名前は何だ。自分の口で答えろ」
「エレナ……」
「そんな名前ではない。お前の名前はノエリス。俺と同じ夜を生きるヴァンパイアのノエリスだ」
「ノエリス……私はノエリス……」
ノエリスの名前を口にした時、エレナの中で何かが大きく弾けた。
目の前が白を帯びた淡い金色に染まったかと思えば、手足が収縮するような不可思議な感覚に続いて、体組織が脆く変化していく。
頭の上から圧迫されているような軽い痛みを伴いつつ背中がするすると縮んで視界が下がっていくと、筋肉と皮膚の伸び縮みに合わせて臓器も小さくなって息苦しくなる。
「ああっ……っ!」
変化に抗って叫ぼうにも喉の奥から微かに発する声も高くなり、子供特有の白声に変わる頃には年頃の女であった身体の曲線が崩れて消えていた。控えめながらもあったはずの胸の膨らみは平らに変わり、そんな胸を確かめる手も華奢な人形のように細く短い。肌が柔らかくなって雪のように白く、髪も縮んで肩くらいの長さになっていた。
身体がひと回り以上小さくなってしまうと、やがて身につけていたロングワンピースが大きく広がって履いていた靴から足が抜けてしまう。だぼだぼになったロングワンピースから体が抜け落ちそうになったが、フローシィが支えて静かに床に降ろしてくれたのだった。
そんな自分を見下ろすフローシィが巨人のように見えた時、目の奥がツンと痛んで一瞬だけ視界が水色に染まる。それもまたすぐに元に戻ると今度は夜目が利くようになり、来た時は全く見えなかった室内の細部まではっきり見えるようになった。
昼間のように床の木目や壁の汚れ、ガラス戸の食器棚に並べられた食器のデザインや文様まで目に入って落ち着かない。何度瞬きを繰り返して両目を擦っても変化が無く、意味も無いのに辺りをキョロキョロ見てしまう。
固く閉ざされたカーテンの布地の質感だけでなく、テーブルに開かれたままになっていた本の細かな筆記体まで読めてしまったところで自分の目まで異変が行ったことを自覚したのだった。
涙目になって声にならない悲鳴を上げるが、やがてエレナの手の甲から体内の血液が抜けていく。青年に血を吸われているのだと気付いて振り払おうとしたものの、手首を掴む青年の力が強くて振り払えそうに無かった。
なす術もなく吸血されて、やがて身体中から力が抜けて持っていたボストンバッグを床に落とす頃には、腰を支えてくれた青年の腕にぐったりと寄り掛かっていたのだった。
「貴方は……何者ですか?」
「俺の名前はフローシィ・ミュラ・ロマラン。この街に暮らすヴァンパイアだ」
「ヴァンパイア……」
映画や漫画で見たことがある。人間の血を吸う人外の生き物。人間離れした整った相貌と体温の無い身体が特徴で、口から生やした牙で相手を吸血して死に至らしめると。まさか現実に存在するとは思わなかったが……。
「お前の名は何だ」
「エレナ……です。本宮、エレナ……」
「エレナ。俺の顔をよく見ろ」
未だ吸血の衝撃から抜け切れていないのか、息も絶え絶えに名前を呟くと、眼前にフローシィと名乗った青年の美貌が迫ってくる。頬が熱を帯びて真っ赤に染まって目を逸らしそうになるが、「逸らすな」とフローシィに顎を掴まれて息が掛かる距離まで近付けられる。
「答えろ。俺の目は何色だ?」
「綺麗な、水色。氷のような白っぽい水色、です……」
「お前の目の色は?」
「黒……」
「違う。お前も俺と同じ色だ。繰り返せ、お前の目は何色だ?」
「えっ……水色。氷みたいな水色……」
まるで暗示をかけられているかのようにエレナの口から自然と言葉が出てくる。頭の中には列車の窓ガラスに映っていた日本人特有の色をした中肉中背の自分の姿が浮かんでいるが、目と鼻の先にあるアイスブルーの瞳に見つめられているうちにだんだん霞んでくる。
生まれてから十九年も付き合ってきたエレナの風貌が、霧に包まれたかのように遠のいていったのだった。
「続けろ。俺の髪は何色だ? そしてお前の髪色は何だ?」
「ブロンド。私も同じブロンド……」
「それで良い。俺の姿を鏡として自分の色をよくその目に焼き付けろ。次は肌の色だ。答えろ」
そんな問答を繰り返している間にますます自分はどんな容姿をしていたのか分からなくなってくる。目と髪、背格好や声でさえ、フローシィが言ったものが正しいように思えてきたのだった。
やがて自分の容姿がどんなものだったのか思い出せなくなったところで、フローシィは最後の仕上げというようにエレナの腰を強く抱き寄せた。
「最後に名を問おう。お前の名前は何だ。自分の口で答えろ」
「エレナ……」
「そんな名前ではない。お前の名前はノエリス。俺と同じ夜を生きるヴァンパイアのノエリスだ」
「ノエリス……私はノエリス……」
ノエリスの名前を口にした時、エレナの中で何かが大きく弾けた。
目の前が白を帯びた淡い金色に染まったかと思えば、手足が収縮するような不可思議な感覚に続いて、体組織が脆く変化していく。
頭の上から圧迫されているような軽い痛みを伴いつつ背中がするすると縮んで視界が下がっていくと、筋肉と皮膚の伸び縮みに合わせて臓器も小さくなって息苦しくなる。
「ああっ……っ!」
変化に抗って叫ぼうにも喉の奥から微かに発する声も高くなり、子供特有の白声に変わる頃には年頃の女であった身体の曲線が崩れて消えていた。控えめながらもあったはずの胸の膨らみは平らに変わり、そんな胸を確かめる手も華奢な人形のように細く短い。肌が柔らかくなって雪のように白く、髪も縮んで肩くらいの長さになっていた。
身体がひと回り以上小さくなってしまうと、やがて身につけていたロングワンピースが大きく広がって履いていた靴から足が抜けてしまう。だぼだぼになったロングワンピースから体が抜け落ちそうになったが、フローシィが支えて静かに床に降ろしてくれたのだった。
そんな自分を見下ろすフローシィが巨人のように見えた時、目の奥がツンと痛んで一瞬だけ視界が水色に染まる。それもまたすぐに元に戻ると今度は夜目が利くようになり、来た時は全く見えなかった室内の細部まではっきり見えるようになった。
昼間のように床の木目や壁の汚れ、ガラス戸の食器棚に並べられた食器のデザインや文様まで目に入って落ち着かない。何度瞬きを繰り返して両目を擦っても変化が無く、意味も無いのに辺りをキョロキョロ見てしまう。
固く閉ざされたカーテンの布地の質感だけでなく、テーブルに開かれたままになっていた本の細かな筆記体まで読めてしまったところで自分の目まで異変が行ったことを自覚したのだった。
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