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家族と別れ、そして――

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 春雷や雪起たちと過ごす日々があっという間に過ぎると臨月がやって来た。その頃になると胃はスッキリして身体の負担も減ったが、いつやって来るか分からない初めての出産に緊張するようになった。
 気を紛らわせようと、華蓮の出産の準備で家と村を往復している雪起に何度か手伝いを申し出たが、いずれもやんわりと断られてしまった。仕方なく部屋で時間を過ごし、庭を散歩をしても、やはり落ち着かなくて一日中気もそぞろだった。
 それは春雷も同じようで、頻繁に華蓮の元に来ては身体の調子を聞いてくるようになった。そして華蓮の気が落ち着かないことを知ると、少しでも気が紛れるように話し相手にもなってくれたのだった。
 
 そんな日を過ごしていたある日のこと、この日は朝から暗雲が空に立ち込めていた。いつ雨が降ってきてもおかしくない黒い雲に、なんとなく華蓮は不安を覚えたのだった。
 そんな日に春雷と雪起は揃って外出するというので、華蓮は玄関で見送っていた。

「こんな時に一人にするのは気掛かりだが……すぐ戻る」
「うん。大丈夫。春雷たちも気をつけてね」
「ごめんね。わたしが兄さんみたいに足が速くて力持ちなら、こんなことにはならなかったのに……」
「いいんだ。雪起には他に特技があるだろう。荷物持ち、頼んだぞ」

 項垂れる雪起とそんな雪起の頭を乱暴に撫でる春雷を見ていると、本当に二人は家族なのだと感じられる。
 二人はこれから離れたところに住む犬神の産婆を連れて来ることになっていた。いつ華蓮がお産に入ってもいいように、この家に泊まってもらうとのことだった。
 雪起が住む村にも産婆は住んでいるらしいが、春雷は村に入れず、代わりに雪起が頼んでも春雷の子供だと分かった途端に断固として拒否されたらしい。そこで春雷は近隣の村に住む他の産婆たちに頼み込み、唯一引き受けてくれた産婆に華蓮のお産を依頼したとのことだった。
 雪起によると、華蓮の妊娠が判明した時から春雷は夜遅くまで、あちこちの村の産婆に頼みに行っていたらしい。時には罵声を浴びせられ、水を掛けられながらも、華蓮のために産婆を見つけてきてくれたという。
 春雷は何も言わなかったが、雪起は「兄さんは恥ずかしがると思うから、内緒にしていてね」と言ってこっそり教えてくれた。華蓮が部屋にこもっていた頃に春雷が部屋に来なかった理由が分かった判明、身ごもった時からずっと陰ながらも華蓮のために力を尽くしてくれた春雷に心から感謝した。
 彼のためにも元気な子供を産むたいと、ますます思ったのだった。

「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 足早に家を出る春雷と大きく手を振る雪起に華蓮も手を振り返す。二人の姿が見えなくなると、どこか物寂しさを感じてしまう。

(四ヶ月しか暮らしていないのに、ここでの生活にすっかり馴染んだからかな。早く帰って来てくれるといいんだけど……)

 もうここに来た時のように早く人間界に戻らないと思わない。彼氏に対する未練も無かった。それどころか春雷たちと一緒に居る時が、一番ありのままの華蓮でいられた。
 養父母と住んでいる時は二人の顔色を伺い、彼氏といる時も嫌われないように必死になっていた。けれども春雷たちと過ごしている時は気兼ねすることもなく、自分が思っていることや考えていることを素直に話せた。
 春雷も雪起もそんな華蓮を否定することも、嘲笑することも無かった。華蓮自身を受け入れてくれたのだった。

(でも子供が産まれたら、春雷たちとはお別れなんだよね。春雷との縁が切れてしまうから……)
 
 今の春雷との関係はあくまで子供が産まれるまでの仮初めの関係。つまり子供が産まれるということは、春雷たちとの別れを意味する。それが今はとても寂しく、辛く感じられる。
 犬神である春雷たちとの生活は彼氏と住んでいた時よりも肩の力を抜いて心穏やかに過ごせた。当然生活様式が元の世界とは違うので、戸惑うことや不便に感じることもあったが、それ以上に春雷と過ごす時間がとても幸せで温かかった。
 春雷と本当の家族になれたら、きっともっと幸福になれるだろうと思ってしまうくらいに……。
 そうやって春雷のことばかり考えていたからか、自然と足は春雷が大切に育てている畑に来てしまった。春雷によると、夏野菜はまだまだ実っており、もう少し収穫したら今度は来年の春に向けて準備を始めるとのことだった。
 その話を聞いた時に春雷から好きな春野菜を聞かれたので、咄嗟に「イチゴ」と答えてしまったものの、その時には華蓮はいないので春雷はどうするつもりなのだろう。

(春雷が作る野菜、もう少し食べてみたかったな……)

 縁側に座って、畑を眺めながら溜め息をつく。
 ようやく食欲が戻ってきて妊娠前に近い量が食べられるようになったというのに、春雷が育てた野菜をほとんど食べていない。もう少し身体が楽になれば、自分で料理を作って春雷に食べてもらいたいし、春雷を手伝って畑仕事もしたい。
 家の外に出て山を散策しながら、茸や山菜も収穫したい。他のあやかしや春雷たち以外の犬神にも会ってみたい――。
 その時、裏庭に人影が現れたので、華蓮は弾かれたように顔を上げる。

「ど、どなたですか!?」

 その人は犬のような耳と尻尾を生やした年配の男性だった。見るからに犬神と思しき男性は不快そうに顔を歪めて畑を見ていたが、そこでようやく華蓮に気づいたというように視線を向けてきたのだった。

「君はこの家の住民か?」
「そ、そうですが……」

 男性は幾らか白いものが混じった長い黒髪に、くたびれた藍色の着流しを身につけていたが、華蓮を凝視する灰色の目には鋭さがあった。
 どことなく男性の雰囲気が春雷に似ているような気がして、華蓮は身を縮ませながらも目を逸らせずにいた。

「身重か。父親は誰だ?」
「春雷です。この家に住む犬神の……」
「あの木偶の坊だと!?」
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