紙切り道中異世界見聞録

いんじんリュウキ

文字の大きさ
66 / 86
第2章 北条家戦争

期待と不安と

しおりを挟む
 辰巳たちを見送った後、吉右衛門は朝食を食べながら氏元と話し合いを行っていた。

「さすがに今日中ということはないだろうが、明日、明後日には戦が起こるだろうな。ここで勝利すれば、氏吉も少しは動揺するだろう」

「確かに」

「そこを突いて一気に江戸を……となれば申し分ないが、これはさすがに虫が良すぎるか」

 奈々同様、吉右衛門も三郎による強力な対空攻撃を目撃したことによって、だいぶ精神的余裕が戻ってきていた。

「いえ、私もあのような摩訶不思議な攻撃を目の当たりにしまして、もしかしたらと思っている次第でございます」

「辰巳殿の魔法には毎度驚かされる。……とはいえ、無理をして何かあっては困るのでな、よほど戦況に余裕がある時でない限り、江戸への本格的な攻撃は避けるようにとは言ってある」

 今回の出陣は時間稼ぎが主目的であり、本格的な攻撃は古河などからの増援を待って行うつもりであった。

 ただ、即応できるようにしていた正二郎の部隊とは異なり、増援部隊が江戸に着くまでには少なくとも一週間程度の時間が必要で、その間に失った兵力の補充や守りの強化を行われてしまう可能性が高い。

 そこで、辰巳たちに嫌がらせのような攻撃を江戸に仕掛けさせ、そういった行動を滞らせようと考えていたのだ。

「賢明なご判断だと思います」

 氏元は機嫌を損ねてはならないという思いからか、太鼓持ちに徹していた。

「依頼処に兵の募集は出しておろうな」

「はっ、ご指示に従い、高額な報酬にて募集しております」

「指揮する者にも気を配るようにな。冒険者という者はクセがあるものが多いから、生半可な者では統率できないぞ」

「わかりました。人選には注意いたします」

「頼んだぞ」

 そう言って、吉右衛門は甘く煮られたタコを口の中に放り込んだ。



「うーん……こうだな」

 江戸城の一室で、ぬらりひょんは塗壁と将棋を指していた。

「……」

 塗壁は盤上を数秒見つめると、無言で角を動かす。

「そうくるか……なら」

 ぬらりひょんは銀を動かして塗壁の歩を取った。

「おらの出番はありそうか?」

 江戸防衛の責任者である塗壁は、持ち駒の銀を打ちつつ、くぐもった声で言った。

「瀬戸大将殿の意気込みどおりなら、出番はないな」

 友人と二人きりということもあってか、ぬらりひょんは砕けた感じでしゃべりながら、持ち駒の飛車を打った。

「その意気込みとやらは、どれくらい信用できるんだ?」

 塗壁はすかさず銀を動かして、飛車の動きを封じる。

「八割ってとこかな。……まぁ、もし瀬戸大将殿の軍が敗れたとしても、相手も相応の被害を被っているはず。江戸を攻めるだけの余裕はないだろうよ」

 ぬらりひょんはやや楽観的な意見を述べつつ、歩を前進させた。

「おらは五分ぐらいだと思う」

「五分? ずいぶんと厳しい見立てだな。理由はなんだ?」

 盤面を見ていたぬらりひょんは、思わず顔を上げた。

「お前さんもそうだろうが、皆ここでの戦いを基準にして、小田原の強さを考えていると思う」

「そうだな」

 ぬらりひょんはうなずきながら金を動かす。

「けどあれは、完全なる奇襲だったからな。言うなれば寝込みを襲ったようなもんで、あれを実力だと判断するのは早計でねぇかな」

「お前の言うことも一理あるが、仮にもう少し強かったとしても、数の面でこっちが圧倒的に有利だろ」

「それも危ねぇんだよ。こんだけいりゃあ負けねぇだろって、油断が出てくっからな。侮りと油断、この二つが混ぜ合わさると、勝てるもんも勝てなくなるんだ」

 塗壁は渋い表情で桂馬を動かした。

「うーん……」

 ぬらりひょんも、僅かではあるが表情を曇らせる。

「だから負けそうな時のために、第二陣も小田原へ向かわせるべきなんだよ」

 第二陣として出撃準備を進めていたのは、口裂け女の指揮する部隊であった。

 この部隊は総数一〇〇と、数は多くなかったものの、口裂け女を筆頭に、朧車や輪入道などといった機動力に富んだ妖怪たちによって編成されており、第一陣に比べて移動速度が六倍以上速かった。

「あれは大首殿の提案だ。小田原攻めから間髪入れずに河越へも攻撃を加えれば、相手は大きな衝撃と恐怖を覚えるだろうと。元々は飛行部隊だけで攻撃する予定だったが、瀬戸大将殿がいつまでを連れて行きたいと言って、その代わりとして河越へ向かうことになったんだ」

「狙いはわかるが、小田原攻めをしくじったらどうしょうもないんだぞ。念には念を入れて、戦力を投入すべきなんだよ」

 塗壁は語気を強めながら、持ち駒の歩を指した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

処理中です...