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第二章 歌姫の追放
第八話
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宴が終わって一息ついていると、ドスドスと荒々しい足音が部屋まで近づいてくる音がして、いきなりバンッと扉が開かれた。
「……陛下、いかがなさいましたか?」
疲れた身体に鞭を打ち、いつもどおりの微笑みを浮かべてその御方を出迎えるが……陛下は私の話など聞いていないように、私を寝台に押し倒した。
この男……ッ!
予想はしていたがいきなりかと不満が顔に滲み出てしまったが、どうせこの男は私の顔など見ていない。
「聞きたいことは山程あるが、後で良い。まずは余のこの興奮を、おさめてもらおうか」
荒々しく服を脱ぎながら、いやらしい笑みを浮かべて私のことを見下している陛下。
「……はい、陛下」
私も言いたいことは山程あるが、全ては口元を隠すことで覆い隠すことにした。
事に及ぶ前に、私は陛下の横からさっと手を上げてから払いのける動作をし、従者を寝所から下げさせる。
「後宮に来た日にもしたというのに、初なことだな」
陛下はニヤニヤと何故か満足そうな笑みを浮かべているが、私は特に返事はしなかった。
ただただ目をつぶって、最低な時間が終わるのをじっと待った。
「……で、歌姫に何をしたのだ?」
――満足したご様子の陛下が寝台に寝転がったまま、腰掛けて身だしなみを整えている私に声を掛けてきた。
「……ちょっとしたお薬を盛っただけです」
私はチラリと陛下を横目で見てから、そう答えた。
「薬? 毒ではなくか?」
陛下は納得するまで帰ってはくれないようだったので、はぁ……と少しだけため息を付いてから、身体の向きを陛下の方に向けて質問に答える。
「毒だと銀食器が変色してしまって、歌姫様が口にする前に毒入りであることが発覚してしまいます。なので混ぜたのはあくまでも薬です」
陛下はほうほうと髭を撫でながら、私の話を興味深げに聞いている。
「して、薬とはどのような物だ?」
「鼻が通る代わりに喉がひどく乾燥し、強烈な眠気を誘う薬です。無色透明なもので、味も特にしません」
そう……だから歌姫は自分が薬を飲んだことなど気付かず、舞台に立つと薬が効き始めて声が枯れ、最後は強烈な眠気に誘われて舞台上で倒れるという寸法だった。
声に違和感を感じ始めた段階で舞台から降りていれば、醜態を晒すことはなかったのだが……己の歌声に誇りを持っている歌姫はそれでも歌うだろうと、私は確信していた。
「それを歌姫の飲む水にどうやって混ぜた? その薬は父からの贈り物か?」
「……薬は父に送ってもらったものです。舞台袖に忍ばせていた従者に入れさせました」
細かいところは伏せながらも、興味津々に質問攻めをしてくる陛下の疑問に答えた。
「それではそちの従者が薬を盛ったと、他の者が気づくのではないか?」
「いえ、従者は私達が舞台に上る前に下がらせましたし、水差しを持つことなく手早く薬を入れさせたので疑われることはほぼありません。そもそも銀食器が変色しておらず無色透明な時点で、水差しを疑う人間は少ないでしょう」
私は淡々と答える。
「それに今回の件について、真相を追求しようとする動きもほぼないでしょう」
これ以上、質問ばかりされるのも嫌だったので、陛下にいち早くご理解いただけるようにさらに説明を続ける。
「歌姫様が亡くなったとなれば調査が入る可能性もありましたが、今回は舞台上で倒れられただけなので、大した調査もされずに水差しはすぐに片付けられて終わりです。なので私や従者が犯人だと特定されることはないでしょう」
陛下は私の説明になるほどなと楽しげに頷いていたが、すぐにニヤニヤとしながらさらに追求してきた。
「だが、これだけでは歌姫を後宮から追い出すことはできないだろう。これからどうするのだ?」
確かにこのままだと歌姫のプライドを傷つけただけ……陛下の目的である、上級妃を後宮から追い出すことはできていない。
でも……歌姫という人間のことを考えると、これから後宮から追い出すのは簡単だ。
「陛下はいつも通り、宴を開催して歌姫のもとに通って……自由にお過ごしください。そうすれば、彼女を後宮から追い出す手はずが整うはずですから」
私はにっこりと微笑んでそう答えた。
陛下は不思議そうな顔をしていたが、私の言った言葉は数日後に理解されることになった。
――あの歌姫鶏事件から数日後、歌姫は後宮から出されることになった。
陛下は変わらぬ態度で歌姫を宴で歌わせようとしたり夜伽に通ったりしていたのだが、その全てを歌姫が拒絶して自分の宮に引きこもっていたため、後宮に相応しい女ではないということで後宮から追い出されることになった。
後宮は陛下を癒やすための場所、陛下の御子を身籠るための場所……陛下の意思に沿わない女は、追い出される運命なのだ。
父からの手紙によると歌姫は自信に満ち溢れていた頃の面影はすっかりなくなっていて、大人しく後宮入りを受け入れたということだった。
――まずは邪魔者一人目、排除完了――。
「……陛下、いかがなさいましたか?」
疲れた身体に鞭を打ち、いつもどおりの微笑みを浮かべてその御方を出迎えるが……陛下は私の話など聞いていないように、私を寝台に押し倒した。
この男……ッ!
予想はしていたがいきなりかと不満が顔に滲み出てしまったが、どうせこの男は私の顔など見ていない。
「聞きたいことは山程あるが、後で良い。まずは余のこの興奮を、おさめてもらおうか」
荒々しく服を脱ぎながら、いやらしい笑みを浮かべて私のことを見下している陛下。
「……はい、陛下」
私も言いたいことは山程あるが、全ては口元を隠すことで覆い隠すことにした。
事に及ぶ前に、私は陛下の横からさっと手を上げてから払いのける動作をし、従者を寝所から下げさせる。
「後宮に来た日にもしたというのに、初なことだな」
陛下はニヤニヤと何故か満足そうな笑みを浮かべているが、私は特に返事はしなかった。
ただただ目をつぶって、最低な時間が終わるのをじっと待った。
「……で、歌姫に何をしたのだ?」
――満足したご様子の陛下が寝台に寝転がったまま、腰掛けて身だしなみを整えている私に声を掛けてきた。
「……ちょっとしたお薬を盛っただけです」
私はチラリと陛下を横目で見てから、そう答えた。
「薬? 毒ではなくか?」
陛下は納得するまで帰ってはくれないようだったので、はぁ……と少しだけため息を付いてから、身体の向きを陛下の方に向けて質問に答える。
「毒だと銀食器が変色してしまって、歌姫様が口にする前に毒入りであることが発覚してしまいます。なので混ぜたのはあくまでも薬です」
陛下はほうほうと髭を撫でながら、私の話を興味深げに聞いている。
「して、薬とはどのような物だ?」
「鼻が通る代わりに喉がひどく乾燥し、強烈な眠気を誘う薬です。無色透明なもので、味も特にしません」
そう……だから歌姫は自分が薬を飲んだことなど気付かず、舞台に立つと薬が効き始めて声が枯れ、最後は強烈な眠気に誘われて舞台上で倒れるという寸法だった。
声に違和感を感じ始めた段階で舞台から降りていれば、醜態を晒すことはなかったのだが……己の歌声に誇りを持っている歌姫はそれでも歌うだろうと、私は確信していた。
「それを歌姫の飲む水にどうやって混ぜた? その薬は父からの贈り物か?」
「……薬は父に送ってもらったものです。舞台袖に忍ばせていた従者に入れさせました」
細かいところは伏せながらも、興味津々に質問攻めをしてくる陛下の疑問に答えた。
「それではそちの従者が薬を盛ったと、他の者が気づくのではないか?」
「いえ、従者は私達が舞台に上る前に下がらせましたし、水差しを持つことなく手早く薬を入れさせたので疑われることはほぼありません。そもそも銀食器が変色しておらず無色透明な時点で、水差しを疑う人間は少ないでしょう」
私は淡々と答える。
「それに今回の件について、真相を追求しようとする動きもほぼないでしょう」
これ以上、質問ばかりされるのも嫌だったので、陛下にいち早くご理解いただけるようにさらに説明を続ける。
「歌姫様が亡くなったとなれば調査が入る可能性もありましたが、今回は舞台上で倒れられただけなので、大した調査もされずに水差しはすぐに片付けられて終わりです。なので私や従者が犯人だと特定されることはないでしょう」
陛下は私の説明になるほどなと楽しげに頷いていたが、すぐにニヤニヤとしながらさらに追求してきた。
「だが、これだけでは歌姫を後宮から追い出すことはできないだろう。これからどうするのだ?」
確かにこのままだと歌姫のプライドを傷つけただけ……陛下の目的である、上級妃を後宮から追い出すことはできていない。
でも……歌姫という人間のことを考えると、これから後宮から追い出すのは簡単だ。
「陛下はいつも通り、宴を開催して歌姫のもとに通って……自由にお過ごしください。そうすれば、彼女を後宮から追い出す手はずが整うはずですから」
私はにっこりと微笑んでそう答えた。
陛下は不思議そうな顔をしていたが、私の言った言葉は数日後に理解されることになった。
――あの歌姫鶏事件から数日後、歌姫は後宮から出されることになった。
陛下は変わらぬ態度で歌姫を宴で歌わせようとしたり夜伽に通ったりしていたのだが、その全てを歌姫が拒絶して自分の宮に引きこもっていたため、後宮に相応しい女ではないということで後宮から追い出されることになった。
後宮は陛下を癒やすための場所、陛下の御子を身籠るための場所……陛下の意思に沿わない女は、追い出される運命なのだ。
父からの手紙によると歌姫は自信に満ち溢れていた頃の面影はすっかりなくなっていて、大人しく後宮入りを受け入れたということだった。
――まずは邪魔者一人目、排除完了――。
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