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第三章 舞姫の追放

第十二話

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 私は自分の宮に戻って、寝台に座りながらあの方が来るのを待っていた。

 するとドスドスと廊下を歩く足音が近づいてきて、バンッと扉が開かれた。

 そこには想像通り、興奮を隠しきれないご様子で鼻息を荒くしている陛下がいた。

 なので私はにっこりと微笑んで、侍女を部屋から下がらせ、その時間が終わるのをいつものようにじっと待った。

「今宵も実に見事であった。足を血だらけにした舞姫ウージェンは、まるで羽をもがれた蝶のように無様で実に笑えた」

 事が済んで満足気にしている陛下は、舞姫のことを思い出しているらしく、うっとりとした表情でそう言いながら天井に手を伸ばしながら寝台に寝転んでいる。

 私は身だしなみを整え、陛下の方をちらっと見ながら、それは良うございましたねとだけ答えた。

「――で、舞台にどんな細工をしたのだ?」

 陛下はゴロンッと寝転がりながら向きを変え、いやらしい手つきで私の腰に手を回しながらそう尋ねてきた。

 私はその手を避けるようにスッと立ち上がってから、事の次第を説明した。

「舞姫様の件では、それほど大掛かりなことはしておりません。陛下に舞姫様が主役の物語調の演舞をご提案して、舞台上に物語に合わせた小道具を運び込ませました」

 陛下はうんうんと私の話を黙って聞いている。

「そして舞台が仕上がった後、階段の高台、その下の舞台部分が重みですぐ崩れるように細工しました。細工と言っても……木材を削って薄くしたり、傷をつけて割れやすくしたりする程度のことですが」

 前回のようにあれこれ質問攻めにされるのは面倒だったので、私はそのままどんどん説明を続けた。

「あとは落下地点に端が尖った材木の残りを乱雑に置いて……舞姫様が落下した時、足に傷が残りやすくしただけです」

 私が説明を終えると、陛下は瞳を輝かせながらほうほうと満足そうに髭を撫でていた。

「舞台に細工しては、舞台を管理している宦官にすぐに知られてしまうのではないか?」

 質問をしてくるから何かと思えば、そんなことかと私はすぐに質問に答えた。

「はい、なので舞台に細工をしたのは小道具の設置が完了した後です。完成後にも点検されていたら宦官の知るところとなっていたかもしれませんが、今回の演舞開催は急なことでしたから……そんな余裕はなかったはずです」

 前もって予定されていた後宮・王宮の行事であればもっと入念に準備・点検がなされただろうが、今回は完全に陛下の思いついで急遽開催されることになった予定外の宴。

 さらに陛下は宴中に舞台の準備がなされることを嫌って、作業は昼間だけにしろと指示していたため、夜は宦官たちが舞台に上がってなにかすることを許さなかった。

 さらに今回は宦官たちが立ち入れない宴……昼間に設置を終わらせた後は、もう宴の前に小道具の具合を確認することすらできなくなっていたため、誰も細工に気づけなかったのだ。

 つまり今回のは、あなたが我儘を言ったせいなのですよ……と思ったが、袖で口を隠してそれ以上のことは特に言わなかった。

「なるほどな。では、あとは歌姫グージェンの時と同じように、余はいつも通りにアレのもとに通えば良いわけか」

 陛下は身を起こして、面倒臭そうな嬉しそうなニヤニヤとした笑みを浮かべながら身支度を整えていた。

 この様子……私に通った直後だというのに、早速舞姫のところへ通おうとしているらしい。

 別に今回の場合は、陛下が何かしなくても良いのだけれど……わざわざそれを告げる必要性もないので、私は静かに袖で口元を隠して陛下が宮から去っていくのを見送った。

 ――数日後、舞姫が後宮を出ることになったと父からの手紙に書いてあった。

 どうやらあの事故の翌日、舞姫は傷ついて包帯まみれの足を無理やり引きずって陛下の宮まで行き、自ら後宮を出たいと申し出たらしい。

 父の手紙には陛下曰く、足のケガを感じさせないほどピンッと背筋を伸ばして話しだした舞姫の姿は、鬼気迫るものがあったが穏やかでもあったと言う。

「舞を踊れない私は、もう陛下を癒せません。なので、私は後宮を去りたく存じます」

 そう言って舞姫は申し訳ございませんと頭を下げて、陛下はその願いを了承したとこのことだった。

 まさか事故の翌日、傷ついた足を引きずってまで直談判しに行くとは思わなかったが……舞姫が自ら後宮を出ると言い出すことは予想通りだった。

 歌姫と舞姫は似ていた。

 でも舞姫は自分の芸だけでなく、上級妃としての矜持を持ち合わせていたし、上級妃として自分がしなければいけないことをよく理解していた。

 だからこそ、足にケガをして舞を踊れなくなった時点で、自分から後宮を出るだろうと思っていた。

 手紙を置いて、私は窓の外を見る。

「……いい天気ね」

 舞姫様は上級妃としての矜持を持って後宮で生きて、最後の瞬間まで上級妃として自ら後宮を去っていく。

 それはきっと彼女にとって、幸せなことなんでしょうね。

 クスッと微笑みながら、私はぼんやりと窓の外を眺めるそのひと時を楽しんだ。

 ――邪魔者二人目、排除完了――。
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