雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ

文字の大きさ
12 / 40
第三章 舞姫の追放

第十二話

しおりを挟む
 私は自分の宮に戻って、寝台に座りながらあの方が来るのを待っていた。

 するとドスドスと廊下を歩く足音が近づいてきて、バンッと扉が開かれた。

 そこには想像通り、興奮を隠しきれないご様子で鼻息を荒くしている陛下がいた。

 なので私はにっこりと微笑んで、侍女を部屋から下がらせ、その時間が終わるのをいつものようにじっと待った。

「今宵も実に見事であった。足を血だらけにした舞姫ウージェンは、まるで羽をもがれた蝶のように無様で実に笑えた」

 事が済んで満足気にしている陛下は、舞姫のことを思い出しているらしく、うっとりとした表情でそう言いながら天井に手を伸ばしながら寝台に寝転んでいる。

 私は身だしなみを整え、陛下の方をちらっと見ながら、それは良うございましたねとだけ答えた。

「――で、舞台にどんな細工をしたのだ?」

 陛下はゴロンッと寝転がりながら向きを変え、いやらしい手つきで私の腰に手を回しながらそう尋ねてきた。

 私はその手を避けるようにスッと立ち上がってから、事の次第を説明した。

「舞姫様の件では、それほど大掛かりなことはしておりません。陛下に舞姫様が主役の物語調の演舞をご提案して、舞台上に物語に合わせた小道具を運び込ませました」

 陛下はうんうんと私の話を黙って聞いている。

「そして舞台が仕上がった後、階段の高台、その下の舞台部分が重みですぐ崩れるように細工しました。細工と言っても……木材を削って薄くしたり、傷をつけて割れやすくしたりする程度のことですが」

 前回のようにあれこれ質問攻めにされるのは面倒だったので、私はそのままどんどん説明を続けた。

「あとは落下地点に端が尖った材木の残りを乱雑に置いて……舞姫様が落下した時、足に傷が残りやすくしただけです」

 私が説明を終えると、陛下は瞳を輝かせながらほうほうと満足そうに髭を撫でていた。

「舞台に細工しては、舞台を管理している宦官にすぐに知られてしまうのではないか?」

 質問をしてくるから何かと思えば、そんなことかと私はすぐに質問に答えた。

「はい、なので舞台に細工をしたのは小道具の設置が完了した後です。完成後にも点検されていたら宦官の知るところとなっていたかもしれませんが、今回の演舞開催は急なことでしたから……そんな余裕はなかったはずです」

 前もって予定されていた後宮・王宮の行事であればもっと入念に準備・点検がなされただろうが、今回は完全に陛下の思いついで急遽開催されることになった予定外の宴。

 さらに陛下は宴中に舞台の準備がなされることを嫌って、作業は昼間だけにしろと指示していたため、夜は宦官たちが舞台に上がってなにかすることを許さなかった。

 さらに今回は宦官たちが立ち入れない宴……昼間に設置を終わらせた後は、もう宴の前に小道具の具合を確認することすらできなくなっていたため、誰も細工に気づけなかったのだ。

 つまり今回のは、あなたが我儘を言ったせいなのですよ……と思ったが、袖で口を隠してそれ以上のことは特に言わなかった。

「なるほどな。では、あとは歌姫グージェンの時と同じように、余はいつも通りにアレのもとに通えば良いわけか」

 陛下は身を起こして、面倒臭そうな嬉しそうなニヤニヤとした笑みを浮かべながら身支度を整えていた。

 この様子……私に通った直後だというのに、早速舞姫のところへ通おうとしているらしい。

 別に今回の場合は、陛下が何かしなくても良いのだけれど……わざわざそれを告げる必要性もないので、私は静かに袖で口元を隠して陛下が宮から去っていくのを見送った。

 ――数日後、舞姫が後宮を出ることになったと父からの手紙に書いてあった。

 どうやらあの事故の翌日、舞姫は傷ついて包帯まみれの足を無理やり引きずって陛下の宮まで行き、自ら後宮を出たいと申し出たらしい。

 父の手紙には陛下曰く、足のケガを感じさせないほどピンッと背筋を伸ばして話しだした舞姫の姿は、鬼気迫るものがあったが穏やかでもあったと言う。

「舞を踊れない私は、もう陛下を癒せません。なので、私は後宮を去りたく存じます」

 そう言って舞姫は申し訳ございませんと頭を下げて、陛下はその願いを了承したとこのことだった。

 まさか事故の翌日、傷ついた足を引きずってまで直談判しに行くとは思わなかったが……舞姫が自ら後宮を出ると言い出すことは予想通りだった。

 歌姫と舞姫は似ていた。

 でも舞姫は自分の芸だけでなく、上級妃としての矜持を持ち合わせていたし、上級妃として自分がしなければいけないことをよく理解していた。

 だからこそ、足にケガをして舞を踊れなくなった時点で、自分から後宮を出るだろうと思っていた。

 手紙を置いて、私は窓の外を見る。

「……いい天気ね」

 舞姫様は上級妃としての矜持を持って後宮で生きて、最後の瞬間まで上級妃として自ら後宮を去っていく。

 それはきっと彼女にとって、幸せなことなんでしょうね。

 クスッと微笑みながら、私はぼんやりと窓の外を眺めるそのひと時を楽しんだ。

 ――邪魔者二人目、排除完了――。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました

饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。 わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。 しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。 末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。 そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。 それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は―― n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。 全15話。 ※カクヨムでも公開しています

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

処理中です...