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第七章 最後の追放

第二十六話

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 陛下はそろそろ自分の宮へ戻ると、少し咳き込みながら身支度を整えはじめた。

 身支度が終わった頃、帰る前にもう一杯水を寄越せと、こちらに湯呑を差し出してきた。

「……最後の上級妃というのは、どういった方なのですか?」

 私はそんな陛下にニコッと微笑み、言われるがままに水差しから湯呑へと水を注ぎながら、最後の上級妃についてさらに尋ねる。

 水をゴクゴクと飲む陛下は、どこか興味なさげに答える。

「ゴホッ……外国の女なだけあって、見た目は珍妙かつ美しい。だが言葉は不慣れだし、怯えがひどくてな……まだまだ余を楽しませる段階にない」

 陛下は本当に最後の上級妃についてよく知らないのだなということが、この答えでよく分かった。

 いや……この言い方は正しくないか。

 この後宮・王宮にいる誰もが、彼女に関してはほとんど知らないだろう。

 一応、彼女にも専属の侍女がついていて身の回りの世話をしているが、その見た目の珍しさから、ほとんど妖怪扱いで慕っている様子はないらしい。

 従者に探らせたら彼女付きの侍女が、他の上級妃に仕えている侍女や王宮付きの女官に愚痴を漏らしていた姿があったし、女官たちも最後の上級妃のことを見たことはないが気味悪い存在と噂しているとのことだった。

 ……ほとんど姿を見せない上級妃、分かるのは偏見に満ちた噂と、彼女がこの後宮――いや、この国で孤立しているということだけだろうか。

 やはり最後の上級妃に関しても、自分自身で動く必要がありそうだ。

「……ゴホッ、ゲホッ……ハァハァ……グゥ……ッ!」

 あれこれ考えて目を離しているすきに、陛下がふらつき激しく咳き込み始め、息も絶え絶えになったかと思うと、ついに喉をおさえながら床に倒れ込んだ。

「おや、陛下。大丈夫ですか?」

 私はあっけらかんと、陛下に安否を尋ねる。

 陛下は苦しみに悶ながら、明らかに大丈夫じゃなさそうな視線をこちらに向ける。

「まぁ……大丈夫なわけありませんよね。陛下の湯呑に毒を盛らせていただきましたから」

 私が淡々と答えると、陛下は驚愕のあまり目を白黒させながら、こちらを見つめてくる。

 その姿があまりにも無様で、クスクスと笑いがこみ上げてきてしまったので、口元を袖で隠してこらえようとするが、全くこらえられなかった。

「駄目ですよ、陛下。飲食物は必ず銀製の食器で、毒の有無を確認してからでないと。皇帝たるもの、いくら妃から差し出された物でも常に警戒しなくては……」

 私がそう言うと、陛下は震えながらさっきまで自分が手にしていたに目をやる。

 そして次に、机の上にある銀製の水差しの方に視線を移した。

「ん? あぁ、水差しは銀製ですね。なのであの中にあるのはただの水です。湯呑の方に毒を仕込んでおきました」

 私は陛下の視線から全てを察し、彼が何かを口にする前に先回りして答える。

 いつも陛下は質問攻めだったが、こんな窮地に立たされても視線だけで質問攻めをしてくるなんて……実に好奇心旺盛でいらっしゃる。

 私がクスクスと笑っていると、やっと事態を把握したのか陛下が動き出した。

「……ダッ、ダレカ……」

 陛下はガサガサの声を漏らしながら、懸命に扉の方に向かって手を伸ばして助けを求めているようだった。

 毒には歌姫グージェンの時に使った喉を潰す薬を少し混ぜているので、陛下は声を出すことすらままならないようだ。

 外に助けを呼ばれては面倒なので、喉を潰す効果も毒に盛っておいて正解だったわね。

「誰も来ませんよ。従者は下げさせていますし、そもそも彼女たちは私の言うことしか聞きませんから。かといってそのお声では、外までは届かないでしょう」

 私はクスッと笑みをこぼしながら、優しくあやすようにそう告げる。

 陛下は苦痛と困惑の表情を浮かべながら、こちらを見つめてくる。

 なので私は満足いくまで陛下を見下してから、ニッコリと微笑んで、這いつくばっている彼の目線に近づけるようにしゃがみ込む。

「なぜこんなことをするのか分からないという表情ですね。良いですよ、これからご説明いたします。そのために遅効性の毒を用意したのですから」

 知りたがりな陛下にはぜひとも全てを知って、絶望した上で後宮を去ってほしかったので、わざわざ遅効性の毒を用意していた。

 しかし遅効性の毒を用意するように父に頼んでいたが、まさか効果が出るまでも時間がかかるとは思わなかったわね。

 ……でも、やっとこの男にも仕返しができる。

 私は口元を袖で隠してみても、どうしても笑顔が抑えきれなかった。
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