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第七章 最後の追放
第二十八話
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うつ伏せで倒れ込んだまま動かなくなった陛下を、無感情に足だけで転がして仰向けにさせる。
涙とよだれでぐちゃぐちゃになった顔も、床を這いずっていたために乱れた装いになっている身体もピクリとも動かない。
そんなことをしても何の反応もしない時点で、命が尽きていることは明らかだったが、念の為に息がないこと・心の臓が止まっていることも確認してから、私はふぅ……と息を漏らす。
「――もう出てきても良いわよ」
陛下の絶命を確認したので出てくるように声をかけると、部屋の隅にある衝立奥に隠しておいた従者がスッと無表情のまま出てきた。
夜伽の時はいつも従者を部屋の外に下げていたが、今日だけは部屋の隅に従者を隠しておいた。
だから陛下が助けを求めていた時、確実に彼女には聞こえていたが……私の指示がない限り出てくるなと言っておいたので、陛下が倒れようとも出てくることはなかった。
「じゃあ、陛下を寝台まで運んで」
私がそう言うと従者はかしこまりましたと返事をして、陛下の腕を肩に回して無理やり身体を引っ張り上げ、全く表情を変えずに寝台まで運んで寝かせる。
陛下を私だけの力で運ぶのは難しいし、無理やり運んで身体や部屋に傷を付けたら宦官の調査が入る可能性があるため、このためだけに従者を部屋に忍ばせておいた。
運び終わると、従者が終わりましたと声をかけてくる。
なので私は陛下が横たわる寝台に腰掛け、乱れた陛下の御髪・衣服を整え、彼の手を組み合わせ、よだれや涙で汚れた顔を布で拭ってキレイにする。
……去り際くらいはキレイでありましょうね、陛下。
それにぐちゃぐちゃな陛下の隣で、きれいな状態の私が眠るように横たわっていたら不自然ですし……かと言って、私はあなた様のように無様な姿を他人に晒したくはありませんからね。
あくまでも陛下の意思での心中……決意した上での旅立ちに見えるように、陛下の最期の姿を整える。
汚れた布は従者に渡し、全てが終わった後に燃やすように指示を出す。
「……じゃあ、私もそろそろ準備しようかしら」
私がそう言うと従者がかしこまりましたと答え、机の方に向かい、一つの薬包と湯呑に入った水を用意してきた。
……私のやることはこの薬を飲んで、陛下の隣で横になるだけ。
上級妃の喪失を呪いだと思い込んだ陛下は死ぬ前に最後の情事に及び、私を道連れに無理心中を図ったという筋書きなので、私の格好は特に整える必要はない。
騒動によって駆けつけた人間たちに、こんな着物を一枚羽織っただけのあられもない姿を見られるのは実に不快だが……無理心中を偽装するためには、これくらいのほうがそれらしいだろう。
私が飲むのは陛下に飲ませた毒とは違って、ただ深く眠るだけの……翌日か二日後には目覚める予定の薬だ。
この薬も、陛下に飲ませた毒も……従者による手渡しの手紙を使って、父に用意してもらった。
父とこんなやり取りをするのも、これで最後になるだろう。
思えば、目まぐるしい生活だったな。
父に言われて後宮に来て上級妃になって、宴だお茶会だと巻き込まれながら邪魔者を次々に排除して……ついに陛下を排除するところまで来た。
穏やかだった生家での暮らしとは真逆の生活で、疲労や戸惑うこともあったが……今思い返せば、なかなかに刺激的で、面白い日々だった。
……いざとなると薬をすんなりと飲めず、つい今までの日々に想いを馳せてしまう。
けれどこのまま死体と共に夜を明かしても何も良いことはない……私は意を決して薬包を開け、湯呑に薬を入れ、一気に飲み下した。
陶器製の物に口をつけるのは、いつぶりだろう……後宮に来てからは初めてでしょうね。
だけど陛下が湯呑で毒を飲んでいるのに、私だけ銀製の盃で薬を飲んでは不自然だから致し方ない。
飲み終わった私はふぅ……と一息ついて、湯呑を寝台横にある机の上に置いてから、陛下の隣に横になって彼と同じように手を組んで目をつぶる。
「それじゃあ、あとは指示した通りに。あなたは騒ぎが起きた直後、すぐに衝立裏から出てきて発見者に紛れ込みなさい」
寝ながら従者にそう指示を出すと、かしこまりましたと返事があった。
事前に従者への指示や、私が眠った後に必要な物は整えておいたので、あとは従者たちに任せるだけで済む。
最近、働き詰めだったし……ゆっくり眠るのも良いだろう。
薬のせいなのか、疲れのせいなのか……私はうつらうつらとし始めた。
「おやすみなさいませ、遊姫様」
薄れゆく意識の中で、従者がそう言っていたように思う。
――最後の邪魔者、排除完了――。
涙とよだれでぐちゃぐちゃになった顔も、床を這いずっていたために乱れた装いになっている身体もピクリとも動かない。
そんなことをしても何の反応もしない時点で、命が尽きていることは明らかだったが、念の為に息がないこと・心の臓が止まっていることも確認してから、私はふぅ……と息を漏らす。
「――もう出てきても良いわよ」
陛下の絶命を確認したので出てくるように声をかけると、部屋の隅にある衝立奥に隠しておいた従者がスッと無表情のまま出てきた。
夜伽の時はいつも従者を部屋の外に下げていたが、今日だけは部屋の隅に従者を隠しておいた。
だから陛下が助けを求めていた時、確実に彼女には聞こえていたが……私の指示がない限り出てくるなと言っておいたので、陛下が倒れようとも出てくることはなかった。
「じゃあ、陛下を寝台まで運んで」
私がそう言うと従者はかしこまりましたと返事をして、陛下の腕を肩に回して無理やり身体を引っ張り上げ、全く表情を変えずに寝台まで運んで寝かせる。
陛下を私だけの力で運ぶのは難しいし、無理やり運んで身体や部屋に傷を付けたら宦官の調査が入る可能性があるため、このためだけに従者を部屋に忍ばせておいた。
運び終わると、従者が終わりましたと声をかけてくる。
なので私は陛下が横たわる寝台に腰掛け、乱れた陛下の御髪・衣服を整え、彼の手を組み合わせ、よだれや涙で汚れた顔を布で拭ってキレイにする。
……去り際くらいはキレイでありましょうね、陛下。
それにぐちゃぐちゃな陛下の隣で、きれいな状態の私が眠るように横たわっていたら不自然ですし……かと言って、私はあなた様のように無様な姿を他人に晒したくはありませんからね。
あくまでも陛下の意思での心中……決意した上での旅立ちに見えるように、陛下の最期の姿を整える。
汚れた布は従者に渡し、全てが終わった後に燃やすように指示を出す。
「……じゃあ、私もそろそろ準備しようかしら」
私がそう言うと従者がかしこまりましたと答え、机の方に向かい、一つの薬包と湯呑に入った水を用意してきた。
……私のやることはこの薬を飲んで、陛下の隣で横になるだけ。
上級妃の喪失を呪いだと思い込んだ陛下は死ぬ前に最後の情事に及び、私を道連れに無理心中を図ったという筋書きなので、私の格好は特に整える必要はない。
騒動によって駆けつけた人間たちに、こんな着物を一枚羽織っただけのあられもない姿を見られるのは実に不快だが……無理心中を偽装するためには、これくらいのほうがそれらしいだろう。
私が飲むのは陛下に飲ませた毒とは違って、ただ深く眠るだけの……翌日か二日後には目覚める予定の薬だ。
この薬も、陛下に飲ませた毒も……従者による手渡しの手紙を使って、父に用意してもらった。
父とこんなやり取りをするのも、これで最後になるだろう。
思えば、目まぐるしい生活だったな。
父に言われて後宮に来て上級妃になって、宴だお茶会だと巻き込まれながら邪魔者を次々に排除して……ついに陛下を排除するところまで来た。
穏やかだった生家での暮らしとは真逆の生活で、疲労や戸惑うこともあったが……今思い返せば、なかなかに刺激的で、面白い日々だった。
……いざとなると薬をすんなりと飲めず、つい今までの日々に想いを馳せてしまう。
けれどこのまま死体と共に夜を明かしても何も良いことはない……私は意を決して薬包を開け、湯呑に薬を入れ、一気に飲み下した。
陶器製の物に口をつけるのは、いつぶりだろう……後宮に来てからは初めてでしょうね。
だけど陛下が湯呑で毒を飲んでいるのに、私だけ銀製の盃で薬を飲んでは不自然だから致し方ない。
飲み終わった私はふぅ……と一息ついて、湯呑を寝台横にある机の上に置いてから、陛下の隣に横になって彼と同じように手を組んで目をつぶる。
「それじゃあ、あとは指示した通りに。あなたは騒ぎが起きた直後、すぐに衝立裏から出てきて発見者に紛れ込みなさい」
寝ながら従者にそう指示を出すと、かしこまりましたと返事があった。
事前に従者への指示や、私が眠った後に必要な物は整えておいたので、あとは従者たちに任せるだけで済む。
最近、働き詰めだったし……ゆっくり眠るのも良いだろう。
薬のせいなのか、疲れのせいなのか……私はうつらうつらとし始めた。
「おやすみなさいませ、遊姫様」
薄れゆく意識の中で、従者がそう言っていたように思う。
――最後の邪魔者、排除完了――。
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