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2.話術師
前編
しおりを挟む秘書のリリー・ユリーがモップを手にしながら言います。
「室長、わたし思うんですよ。その件は早急に被害届と報告書を提出すべきだって」
リリーは掃除だと言い切っていますが、私には遊んでいるように見えます。朝からモップは同じところを走っています。口先はもっと同じ内容を走らせていますが。
「ストーカー被害ですよ。わたし知ってますよ? 室長が最近、付きまとわれているっていうこと」
「実害はないので放っています」
人事部、特に英雄称号課の職員は付きまといの被害に遭うことが珍しくありません。
職務上、国家称号授与の判定に関わるので、試験や面接の評価基準や内定状態を探られたり、不採用の受験者や面接者から恨みを買うこともあります。
試験に落とされたという動機に至っては逆恨みというものですし、少なからず贈収賄や、いわゆる権力での斡旋という言語道断の事例も皆無ではないのですが、すべての職員が判定に関わっているわけでもありませんから、重要な情報が漏れたという話は聞きません。
私も街を歩いているとよく「学校は終わったのかい?」と尋ねられ、アメ玉や駄菓子を渡されそうになるのですが、あれも贈賄でしょうか。もちろん金額いかんに問わず受け取ることはありません。
それよりも、私は午後からの面接者の経歴書の束に目を通しています。
勇者を目指す方は国内外老若男女種族問わず大勢いらっしゃいますので、いくつもの前試験の選定を通過した最終面接とはいえ面接者は日々絶えることはありません。今日も経歴書を挟むクリップの数だけ面接者がいるということです。
ちなみにこのクリップは私が経費で購入しました。以前リリーに任せたところ厚い書類には不向きの動物クリップを購入してきたので、私は事務用の黒いシンプルなものを買い足しました。
リリーが言うには「室長に似合うと思って」動物クリップを選んだそうですが、背後からこっそり、ヘアピンのように髪にはさんでくるので困っています。気づかずに外へ出ると「お母さんに買ってもらったの?」と声をかけられますが経費購入です。
「忍び寄る魔の手、襲いかかる人影、そして捕まる室長。あんなことやこんなことまでされて! ……わたし作成しましょうか報告書」
「留意しておきます。それとリリー、そろそろ時間なので面接者への待機迎えをお願いします」
「でも最近、室長についていく人影を見たって話をよく聞きますよ? 下の冒険者たちの間で話題になってますもん」
下の冒険者というのは一階にあるギルドの冒険者の方々です。受付などの職員も混じった話かもしれませんが。
この勇面室の重く厚い両扉を少しでも開けると騒々しい声が聞こえてきます。
いつからかギルドは酒場のような業務も始めたのでより騒がしくなっています。本来の業務だけでは運営が困難であり仕事依頼の仲介手数料を上げたところ冒険者からの苦情があり、折衷案として酒類を含む飲食営業を兼ねるということで冒険者側からの要望とギルドの利益が一致して現在に至るようですが、勇面室には関係のないことです。あるとすれば騒々しさに拍車がかかったということです。
今はぴったりと閉められているので秘書の声以外は静かなものです。
「せっかく下に手練れの冒険者が大勢いるんですよ? ギルドに依頼を出して犯人を捕まえるとか警護を雇うとかすればいいじゃないですか。ううん、室長の護衛なら無料でも、むしろお金を払ってでもやらせてくださいってひとはいっぱいいますよ。被害に遭ってからじゃ遅いですよ?」
「留意しておきます。素朴な疑問ですが、同じ建物内ということでギルド依頼に職員割引のようなものはあるのでしょうか。それとリリー、もう時間なので面接者への待機迎えをお願いします」
「室長……称号課の本舎食堂で、期限切れの割引券を使おうとしておばちゃんと口論になったって聞きましたよ?」
「……どこからその情報を得たのですか」
「下の冒険者たちですよ。食堂でもですし、室長の出勤中も帰宅中も、骨董屋で壺の買い物中も、後ろをつける人影とか室長について尋ねている人物とか、見たって話をするひとがいっぱいいますもん」
「その話をした方々がお互いのストーカー行為を目撃した可能性が疑われますが。……話だけでは物的証拠とはいえませんし具体的な実害もなく目撃証言だけでどうやって被害届や報告書を作成するのですか?」
それに骨董屋で買ったのは壺ではなく花瓶です。
「そこはこう、心的外傷を訴えるとか……」
魔法水晶の置き時計からヒヨコが出てきました。十分ごとに姿を見せるのですが、ちょうど次の面接時間でもあります。
時計から音は鳴りませんが、ヒヨコに合わせたように両扉からノックの音が聞こえました。モップを投げ出してリリーが扉に向かいます。あわてて髪を整え、少し開いて覗くと大きく開きました。
リリーは気分によって扉を勢いよく開けるので、向こうにいる方の顔面にぶつかることもありますが、今回は無事だったようです。ちなみに両扉の左右どちらを押すかもリリーの気分次第です。
面接者は勇者を目指すだけあり手練れの冒険者が多いので、気配を感知したり機敏な運動能力でよけるのですが、その他の訪問客や郵便業務の方が主な被害者です。面接者のなかには扉をよけてみせることも勇者評価のひとつと思う方もいらっしゃるようですが評価には影響しません。ぶつかったのならただの事故です。ただし傷害賠償や慰謝料を勇面室に求められるとややこしくなるので黙っています。
ところでリリーは、私に時間を促されるたびに時計を見ていたはずですが、過去の傾向からすると「まだ時間になってはいないので時間はある」という考えのようです。私は「時間になったときには時間は過ぎている」と反論するのですが一向に交わることがありません。
面接には厳格な時間制限がありますが、こちらの不手際であれば延長などの融通はできます。面接者側の遅刻であればこの限りではありませんが。私は手元のロウ坂メモに『五秒』と記しました。
扉枠を境にしたやり取りから面接者であることは間違いありません。黒いクリップでまとめた経歴書のひとつ、その人物のようです。下の階が騒がしいので早く閉めてほしいのですが。
騒音が閉じられ、ぱたぱたとリリーがついたての奥へ引っ込みました。私はずっと勤務中ではあるのですが、リリーが事務机に着いて静かになるとようやく仕事が始まった気分になります。
背は低く簡素なついたてです。面接者側から事務机をひとつ隠す程度ですので、リリーの筆記作業の姿だけならは面接者からは見えているでしょう。
リリーの事務机からは面接者の似顔絵をよく見つけます。さっそく今回も始めたようで、外見の特徴が強い面接者であればすぐに取り掛かるようです。私は面接中のやり取りを記録するよう指示しているのですが。文字で。
そして私の執務机も、卓上だけであれば簡素なテーブルです。当該面接者の経歴書のほかは置いてありません。ロウ板も手元の小机で記しますし、そのほかの書類等はすべて引き出しにまとめています。そのテーブルから数歩先に対面して置いている椅子も簡素なもので、椅子のかたわらに面接者が立ちます。
「私は勇者面接室室長勇者面接官、スター・ゲイザーです。今回の勇者採用面接を担当させていただきます」
噛まずに言えました。
褒めてくれるひとはいませんが、秘書のリリー・ユリーの手記の音が聞こえます。だいぶ捗っているようですが、まだ面接者はなにも話していません。私は面談の内容を記録するように何度も指示しているのですが、面接者からすれば仕事熱心な職員に見えているのかもしれません。
それはさておき。
「僕はボルドウィン・メンターリと申します。申し訳ありません、少々時間に遅れてしまったかもしれません」
今回の面接者はとても丁寧な口ぶりです。そして身なりは黒を基調にしていますが清潔で整っており暗い印象はありませんし、かすかな甘酸っぱい香水も気に障るほどではありません。
明確な基準はありませんが、服装や礼節は勇者としての評価対象のひとつです。勇者である人物が偉業や実績のほかに、相応の威風や品格を兼ねて有することは世間の望むことでもありますから。ただし、あくまで補佐的な評価のひとつであって、これだけを理由に判断に至ることはありません。
「いえ、時間通りです。どうぞお掛けください」
もし遅れたとしても予定時間内であれば問題はありません。問題があるとすれば面接時間が短くなることで実績確認の質疑応答が評価点まで至らずに終了してしまう場合があることですがそれは面接者にとってのデメリットではないでしょうか。
そして着席を促さなければ終了まで立ち続ける方もいらっしゃいます。こちらが告げる前に座る方もいらっしゃいますが。どちらであれ評価への影響はありませんので面接には問題はありません。あるとすれば私は目線を上げなければ面接者の顔が見えなくなる場合があるということです。面接者の椅子がやや低いのはその理由です。
ボルドウィンさんは小柄なほうなので椅子の高さに問題はないようです。立ちっぱなしであれば、たまに貧血を起こす方やご老体の方もいらっしゃいますので、立っているのが辛そうに見えた場合は重ねて着席を勧めています。なかには苦行が高評価につながると考えている方もいらっしゃいますが、楽な姿勢であっても評価に影響はありませんし、腰痛や貧血持ちでの制限規定はありません。ボルドウィンさんはまだ若いほうなので立っているのが辛いわけではなさそうです。もし辛いとすれば貧血でしょうか。もっとも、腰痛や貧血持ちの勇者は風格として、あるいはこれからの活躍として考えどころではあります。
「ボルドウィン・メンターリさん。ここでは最終面接としていくつかの質問をします。緊張していませんか? ここへは迷わずに来れましたか?」
「いえ、こんなに素敵な淑女の方との面談とは思っていませんでしたので、緊張は多少あります。道に迷うとこはありませんでしたが、こちらを選ぶためには少々悩みました。お好みであれば良いのですが……」
花束を贈られました。
そして淑女と言われたのは初めてかもしれません。可愛らしいお嬢さんと呼ばれることはよくありますが。
ボルドウィンさんは入室してから微笑みを絶やしていません。しかし同じ微笑みではなく、話しながらも表情を豊かに変化させています。
「職務上、物品を受け取ることはできません」
「ああ、失礼、そうですよね。ちょうど面接官のように美しい花でしたので、イメージに合えばと思って衝動買いしてしまったんです」
ボルドウィンさんはあっさりと花束を膝の上に引っ込めました。そして申し訳無さそうに眉をすぼめますが微笑みは絶やしていません。さっそく矛盾がいくつかありますが、面接には関係ないので構いません。
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