9 / 28
5.ゴッドハンド
前編
しおりを挟む雨が降りだしたようです。
魔法局気象部天候広報課の予報では、今日一日強い雨になるそうです。
カーテンの向こうの出来事なので勇面室には関係はありませんが。あるとすれば湿度がローズヒップテイの軽快な香りを重くこもったものにさせることですが、これくらいであれば気になるほどでもありません。
それよりも私が気になっているのは秘書のリリー・ユリーの奇妙な踊りです。
「室長、聞きました? 新しい称号ができたそうですよ!」
「はい、ゴッドハンドのことでしょうか」
「ああ、やっぱり知ってましたか……。英雄称号課の新舎だそうですよ、ゴッハン面接室」
ゴッハンとはゴッドハンドの略称でしょうか。
「ああ、いいなあ、新舎……きれいで広いんだろうなあ。……それよりも! どんな能力か知ってます? ゴッハンすごいですよ!」
「武闘家と盗賊を合わせた新称号ですね」
身体的格闘能力と器用さを合わせ持った職業として、英雄称号課広報室のパンフレットにも書いてあります。
そもそもですが、私はその英雄称号課の勇者面接室の室長なので、当然にもだいぶ前から情報は伝えられていますし、新設に向けての会議にも当初から出席しています。リリーにしても職員ですので伝書は届いているのですが、書類を読んでいないのでしょうか。
踊りながらリリーは続けます。
「わたしデモを見に行ったんですよ! すごかったです、指先だけでこう、こうですよ! 吹き飛ばしたんです! 相手は大男ですよ? こうです、こう!」
「デモとは公開演技のことですか?」
「物理攻撃でもないし魔法でもないんです、気功術です! 指だけで、こうして、こうしてました!」
私の質問にリリーの返答はありませんがそのようです。外では雨天にも関わらず道路拡張に抗議する列がありましたが、そのことではないようです。
リリーはふしぎな舞踊を行っていますが、なんでしょうか、ゴッハンのまねごとでしょうか。冒険者の特技のなかには、見るものの魔力を奪い盗る踊りもありますからそれかもしれないので私は見ないことにしました。ちなみに気功術というのもそういった特殊技能の区分のひとつです。
「今日も広場でやるそうなので帰りに寄っていこうかと思って! こうです、こう!」
リリーは大雨にも関わらずデモを見に行くそうです。雨天中止にならないのでしょうか。私は親切な性格のつもりなので注意してあげます。
「本当に見に行くのですか? 後日の機会にしてはいかがですか?」
「ははーん、室長。新称号に妬いてますね? それとも新舎にですか? そりゃまあどっちも魅力的ですよ? でも勇者のほうが格上だってわたしもわかってますからね? こうやって、こう!」
「リリー、時間ですので踊りをやめて次の面接者のお出迎えをお願いします」
「踊りじゃないですよ、ゴッハンの気功術です! こうして、こう!」
リリーは踊りながら出迎えに行きました。両扉のノブをわざわざ手の甲で開けるのに手間取り、身をひねって扉枠に足をぶつけて、踊りながら廊下へと出ていきました。面接者の魔力が奪われないか心配です。
その間に私は本日最初の面接者の経歴書を確認します。
現職業は盗賊。踊り子ではないようです。どちらでも構いませんが。ここ数日の経歴書のなかでは最も分厚いのでクリップが悲鳴を上げています。
『盗賊』とは言葉の上では他人から物品を盗む者を指しますが、称号としての意味合いは異なります。
もともとは言葉の意味そのものでしたが、解錠技術や隠密行動などの技術を合法的に扱う者を英雄称号課が認可したもので、近年ではこちらの意味合いが強いようです。
ゴッドハンドの件にしても、この盗賊と武闘家との二つの称号が必要ですので今後は両称号への受験者が増えると予想されます。
王国の法律は条ごとに禁止項と許可項が設けられています。こちらは文字通り罰則を伴う禁止事項と、前項について対抗処置への免責許可です。この後項はいわゆる正当防衛や自力救済です。
『盗賊』の能力は全般的に違法行為における対抗処置に使われることも多いのですが、一歩違えば犯罪行為に当たります。ゆえに『盗賊』は法律を把握しなければならず、それ以外の知識も豊富であることが求められます。盗賊の引退後に弁護士に転職する方も少なくはありません。
ちなみに現時点で弁護士という国家称号はありませんが、もしかしたら今後ゴッドハンドのように新称号として設立されるかもしれません。
倫理や道徳はその時代により変化します。それに合わせて制度や法律も変わります。逆の場合も往々にしてあるでしょうが。
英雄称号というのもそうでしょう。かつては無法者とも呼ばれていた盗賊が、称号の下ではダークヒーローともいわれていますから。
ただし勇者は特別です。世間から求められる勇者の役割は国や時代によらず共通するものだと認識しています。種族や国すら越えることもありますから。
今回の面接者はその盗賊を現職にし、そして勇者を目指しているということです。
両扉がノックを鳴らし、私が返事をする前に開きました。いつものことなので構いませんが。
リリーが面接者を室内へ招き入れます。出迎えは思ったよりも早く、これもいつものように面接者が時間まで下の階で待機していたためでしょう。
このとき一階の冒険者ギルドの騒がしさは、勇者面接に臨む者への激励や応援に変わっていることがあります。騒がしいことにかわりはありませんが、今回は歌声まで聞こえてきました。ほかの冒険者からの声援が多いほど人格者であるとは察しますが、これを評価材料にすることはありません。あくまでも勇者志望者本人との面接において合否判断をします。つまり、歌がうるさいので早く閉めてほしいです。
やっと閉まりました。身ごなしや面差しからして、この面接者は冒険者としても人生としても経験を踏んだであろう風貌です。一般的な中年としては威厳があります。やや小柄ながら筋肉質でいて、現職の盗賊であることも大きな理由でしょう。
階段の上り方もそうですが、扉から勇面室の椅子に座るまでの足音はごくわずかです。盗賊の職業癖というものでしょうか。新調されたと思われる靴や衣擦れの音は鳴りますし、そのにおいもするのですが、本人の気配は静かで控えめです。その面接者は、するりと椅子に腰掛け、両腕を組んで構えました。
「私は勇者面接室室長勇者面接官、スター・ゲイザーです。今回の勇者採用面接を担当させていただきます」
噛まずに言えました。
褒めてくれるひとはいませんが、秘書のリリー・ユリーはついたての裏に周り、また奇妙な踊りを始めました。面接者の魔力を奪い盗ろうとしているのでしょうか。もし面接者がぐったりとくずれおるようなことがあれば、私も多少は気功術の特技のまねごとができるので、面接に影響がないよう一瞬でリリーを気絶させなければいけません。
それはさておき。
「カルバン・ド・ローボさん。ここでは最終面接としていくつかの質問をします。緊張していませんか? 朝早くの面接ですが午後からはお仕事ですか?」
「黙秘します」
カルバンさんはわずかにほうれい線を動かして言いました。目尻のシワのほうは動いていません。本題ではないので黙秘されても構いませんが。
「ではカルバンさん。現在の職業と、ほかになさっている職業もしくは称号をお持ちなら教えてください」
「経歴書に記した通りです。評価に不利になるといけないので、それ以外の答えは黙秘します」
カルバンさんはやや不機嫌そうに答えました。
経歴書の職業欄には盗賊としか書かれていませんので確認が必要です。こちらから面接者を不利にする意図はないのですが、この調子で面談の質疑すべてを黙秘されると問題です。
私は構いませんが、評価されるべき点の確認が取れないのは面接者にとってのデメリットだと思います。
カルバンさんの経歴項目は長く、やはりベテランの冒険者であるようです。成功実績のみを選んで記しているとしても冒険履歴は四ページ、依頼実績は六ページぶんに相当しています。
古いものは三十年前で、現在の社会通念からすると不道徳に近い経歴もあります。脱法行為ともいえるでしょうか。当初から『盗賊』をされているからです。もちろん遡及はしませんしここは法廷でもありません。勇者面接室です。記憶が定かでない場合もありますし、過去よりも最近の経歴をもとに質疑を広げたほうが評価の参考になりそうです。
0
あなたにおすすめの小説
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる