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6.姫勇者
後編下
しおりを挟むアリーさんは旅の途中で、ひとつの国を作ったようです。
経緯それぞれの前例はあります。勇者面接ですので、高い志と正義感のもと人助けに励んでこられた方は他の称号面接よりも格段に多いことを統計上で確認しています。
さすがに通貨発行まではありませんが、おおよそは完遂未遂を含めてモンスターや災害から村を守ったり、特定の人物を救うということで区切りのつくものです。
戸籍管理や対外交渉といった公民行為に準ずる経歴を持つ面接者も皆無ではありません。ようするに村作りや国同士の仲立ちです。
それも立派な実績ではあるのですが、アリーさんのこの実績を分類するなら、『建国』です。
冒険者の経歴として初めてのケースなので、比較できる例がありません。評価対象としても、国家創建は想定していません。
勇者がのちに国を治めた歴史はありますし、王族が勇者として、あるいは勇者と共に旅に出たケースも世界にはあります。
しかし勇者になる前に建国し王様になったケースを、どう評価するべきでしょうか。
国王という立場は勇者評価にはつながりません。あらゆる身分に対して面接は平等です。あくまで実績のみの評価をします。建国という実績を。
そもそも、そもそもの私見を混じえた疑問なのですが、この最終面接までの勇者試験のなかで、審査官の誰かでも王女殿下であることに気づいて王室へ問い合わせをしなかったのでしょうか。出入国のときの国境警備兵へに向けてもいえることなのですが。
公式発表されている留学中と思っていてもですし、一部の宮廷公務員のみの秘匿情報である行方不明中だと知っているならなおさらです。
ここまでの勇者試験で、審査官が素性を知りながらあえて公平な合否判断をしたのならば職務全うといえますし、アリーさんの実力も確かなのでしょう。
審査官が評価を忖度したとも考えられますが、試験後にでも王室へ連絡をしたのなら、どうあれ王女殿下は連れ戻されるはずです。竜騎隊でも獣騎隊でも出して。アリーさんの実績からすると返り討ちに遭うかもしれませんが。
とにかく、これまで王女殿下に気づく者がいなかった可能性が高いということです。面接としては関係のないことなのですが。
次の質問への時間はまだ残っているでしょうか。
魔法水晶の置き時計を確認すると、アリーさんと目が合いました。
「あっ、スターちゃ……面接官さん」
「はい、なんでしょう」
「ええと、アウロラのことは忘れてください。ええと、その経歴は評価の対象にしないでください、ややこしいみたいなので……ダメですか?」
「指定される経歴項目を、評価対象から除外してほしいということですか?」
アリーさんは「はい」とうなずきました。
では次の質問へと移ります。とはいえそろそろ終了時間なのですが。
経歴項目の削除要請は異例ではありません。面接中に面接者本人から特定の経歴や発言内容の削除や訂正を求められることはあります。面接者自身が評価への不利益を鑑みてのことでしょう。
もちろん要請自体は自由な旨をこちらから告げることはありませんし、経歴の記載や申告および発言内容は面接者自身の判断に一任しています。
承諾の是非については評価具合を推察されるような表現で応答することは絶対にあってはいけません。評価内容はもとより、いわば面接のルールというものを示唆してしまうからです。
「では最後の質問になりますが、アリーさんが勇者になられたと仮定して、これまでとこれからのちがいはどういったものであると考えますか?」
「ちがいは……私が勇者になったら、もう少し責任を持って行動しなければいけないと思っています。私はまだまだ冒険のことも知らないことが多くて、今までの冒険を振り返るともっとやるべきことも、やらないほうが良かったんじゃないかって考えることもあります。……そう、そうなんです。これまでは振り返らずに次の冒険を始めていたから、これからは振り返る時間も必要なんです。村のことだってもっとうまくできたかもしれないし……あっ、アウロラは、今は村長さんに任せてあるのでだいじょうぶです。忘れてくださいって言ったけど、でもね、面接官さんに知ってほしかったんです、教えたかったんです、こんないい村があるよって、いつかいっしょに行きたいって」
「それでは、アリー・スターさん。お疲れさまでした、本日の面接は終了です」
「スターちゃん!」
アリーさんが両手を広げて走ってきます。
抱きつかれました。
「会いたかったよお! 勇者面接までがんばれたのも、スターちゃんに早く会いたくて努力したからなんだよお!」
私はアリーさんに髪をわしゃわしゃとなでられています。
私はにおいまで嗅がれています。まるで小動物の扱いです。
「私、勇者になれるかな? がんばったんだよ、スターちゃんからいっぱい勇気をもらえてるんだよ」
「合否結果は後日郵送します」
リリーが不愉快そうにハンドベルを手に取りました。
「なにをやっているんですかね! 面接が終わったら面接者は退室するものなんですがね! 黒服さんを呼んでいいですかね!」
「いいえリリー、黒服さんが返り討ちに遭ってしまう可能性が非常に高いので、ベルを置いてください」
「またね、スターちゃん。あっ、お仕事が終わったら遊ぼうね、下で待ってるね!」
ひとしきり私のにおいを嗅いだアリーさんは退室しました。
退室の一礼を見送ってリリーが鼻息を荒くしています。
「なんなんですかね! 室長に向かって馴れ馴れしいですよね! どこの誰様なんですかね!」
「どこの誰様かは置いたところで。リリー、現在の王女殿下のご所在をご存知ですか?」
「はい? 王女殿下ですか? 民俗学の勉強のあと、船旅で保養中ですよね?」
そう答えたリリーが、私に向けて両手を広げています。なんでしょうか。
そして誰が王女陛下の経歴を作り出しているのでしょうか。
私がリリーを無視してアリーさんの経歴書に目を戻すと、リリーが泣き出しました。なんなのでしょうか。泣きながらも私のにおいを嗅ぎだしました。
私情を含めてはいないつもりですが、合否判断に悩みます。
アリーさんは根本的に冒険者として難があります。得られるはずの取得物を得ず、モンスター討伐における認識も不足しています。十を倒して一も得ていません。
冒険において知識とは、より多くを得られる手段です。それは冒険以外においても大切なことではないでしょうか。
しかしこれは勇者面接です。冒険者ではなく、あくまでも勇者に相応しいかの判断です。
アリーさんは勇者としての風格や実績、戦闘での実力は申し分ありません。決断と行動と発想の能力が常人離れしています。
カリスマ性は無自覚の天性でしょう。
そして村での防衛戦や貨幣作成の話を聞いた限りは、権謀の感覚も備わっています。利益と犠牲との天秤の考えです。村のために外国の兵士と戦うくらいですから。そして利を得ています。
総合的な政治に秀でた能力があるのではないでしょうか。
そして勇者にはそういった能力も求められます。勇者とは本人の否応もなく、世間から正義の象徴として期待されます。それは道標であり、人々を先導し率い、従属させる状況も往々にして現実です。
魔法戦士における魔法剣は歴史的に見るとまだ新しい特技で、戦術を大きく変える可能性を持っています。それまで剣か魔法かだったところに第三の選択が現れたわけですから。常識であったルールを変える力です。
ルールを変えることのできる者は強者であり、逆もまた然りです。そして不相応の弱者は新旧ひとつのルールに嫌でも固執することになります。
アリーさんは法や制度を目的ではなく手段として認識しています。そして既存のルールを破り、必要に応じて作り変えています。
もしアリーさんの言った通り、私に会いたくて勇者面接を急いだのであれば彼女の失敗です。面接終了後の話ですので評価にも関係はしないのですが。
このまま半年か一年の成長……彼女自身による経験の整理を経た後であれば、問題なく合格だったかもしれません。
もっともその場合は、そこでまた一年先であればと考えるかもしれませんが。
勇者にとって、面接が必要となった理由でもあります。
積み重ねた冒険を振り返ること。勇者面接室は勇者が己と向き合う場所でもありますから。
勇者という英雄は、なるべくものは近い将来いずれなるものです。
現時点においてアリーさんが勇者に相応しいとは言い切れません。限りなく近いのは間違いないのですが。
『保留要調査』や『審議要請』が最適とも思えません。
ぱっちんチューブですら情報を漏らす情報局に判断を任せたところで、王女殿下に対して客観的な評価ができるかは疑問です。
さすがに情報局の調査であれば素性は判明するでしょうが、その後の情報管理も含めて適切に扱えるでしょうか。ぱっちんチューブすら情報を漏らすのに。
持ち手のニスが杢を光らせています。
これまでに使うことのなかったスタンプです。
『再面接』を押しました。初めてのゴムの弾力は固く、しっかりとアリーさんの経歴に窓を映しました。
予定再面接日はこれより一年内です。
本日の面接を遡って無効にし、面接日を延期させる決定です。
次回の面接まで私と連絡の取れる形で、つまりおおよそこの王都に留まっていただくことになります。もちろん強制ではないのでアウロラでも構いません。場所は理解できましたし。
王室への報告は、どうしましょう。
今日の勤務が終わったら、アリーさんに王女殿下が船旅中か尋ねてみることにします。下の階で待っているそうなので。
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