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7.勇者を目指す人馬族
前編
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青い香りに赤い実が広がりました。
リリーは奇妙なかけ声で木箱を運んできて、勇面室の奥の床に下ろします。
一息ついたリリーの足元に、そのひとつがこぼれて転がりました。
王国の豊かさを表すロキリンゴです。
その真っ赤な実も、どっしりと芳醇な香りに包まれて、いま採れたかのように艷やかな表面を照り輝かせています。
まるで水を固めたかのように。天井の静かなガラス照明の一部でもあるように。赤一色ではあるのですが、それは渦潮のようでも、コーラスを奏でているようでもあります。
張りのあるくぼみから柱を立てる軸は、広く育った大樹の姿を思い描かせてくれます。
かつては富の象徴でもありました。
紅玉色のリンゴとして、ひと玉が金貨一枚の価値を持った時代もあったそうです。
その実に頬ずりをしながら、リリーは顔をほころばせました。
「室長、リンゴですよ、リンゴ」
「はい、そのようですね」
「これ、なにかわかります? リンゴですよ、リンゴ」
「はい。ロキリンゴと認識しています」
「そーめん室に実家が農家の方がいて、いただいたんですよ、こんなにたくさん。ほら、そーめん室って、よく勇面室に評価の参考を聞きに来るじゃないですか。こんな形でお礼が返ってくるなんて、粋なことしますよね」
リリーはそう言って、今日はリンゴパーティーだと浮かれています。
そーめん室とは、僧侶面接室のことです。
僧侶の国家称号は、おおよそ教会からの推薦と選定基準で試験全般が行われるのですが、最終面接に至っては、この勇面室と同じく管理局人事部英雄称号課が管轄しています。
勇者と僧侶に求められる博愛精神は共通するところが多く、量的な基準を設けづらいことから、両室が独自の判断に固着しないよう定期的に意見交流が行われています。それでリリーの言うように勇者面接での合否判断を参考にされることがあります。
もっとも、僧侶受験者の推薦が教会名義であった場合、意見会は稟議の通達程度に留まり、不合格相応でも採否を保留するケースが多いようです。それで教会のことを僧侶ギルドと揶揄的に呼ぶ方もいます。リンゴとは特に関係はありませんが。
リリーが鼻をつけて香りを確かめているロキリンゴは、食べると幸せな気持ちになるという言い伝えがあります。
リリーは食べなくてもすでに幸せそうですし、それは彼女の場合、食べ物であればリンゴに限らないのではないでしょうか。
私としては早く勤務に戻ってほしいのですが。今度は自分の事務机で、大きな実りを満足そうに手のひらで撫ではじめました。
この立派な実りは、何代にも渡る品種改良の結果といえます。
王都周辺の農場で栽培が始まってからは、都市では珍しく農業特産品として出回っています。
この木箱にある羊のマークが商標登録だそうで、冒険者のように品質のランク等級まであるそうです。
ロキリンゴ自体にも羊のマークの日焼け跡が入ったものがたまにあって、見つけたら当たりだそうです。
具体的な根拠はありませんが羊のマークは幸せの象徴だそうで、とても曖昧な基準ではありますが、王都の歴史の観点からすれば文化的な価値を持ったものと推し量ることができます。
昔、王都は羊の町でした。
現代の王国総生産を占める産業別割合からすると畜産は低い位置にあり、王都でも地理局から独立した農林課が就業者数不足の警鐘を鳴らしているのですが、もともと最初にこの平原に町を作ったのは羊飼いたちだそうです。
そこに牛や馬が集まり、陸運が発達し、城塞が築かれて、いまの城塞都市の基礎につながりました。
都市整備は運搬から常駐へと目的を変え、より高い費用対効果へ踏み切ったことから、当時あった周辺国や貴族領の富を一挙に吸い上げた形となります。
もっとも黎明期には、この草原資源の枯渇という危機がありましたが、大規模な農耕の間期における緑肥としての牧草の播種法が伝わってからは数年サイクルでの一括した資源管理が行われています。
それを表すように王都から外へ続く大街道、一つ目の駅は主に馬の厩舎が並びますが、その周辺は起伏のゆるやかな草原地帯が広がります。
現代も大規模な農場の多くはここにあって、大人口である王都の食料が賄われているほどです。羊のマークのロキリンゴも、昔から続く農場で栽培されています。
リリーが木箱を漁りだしました。
リンゴをひとつ取り出しては床に置き、またひとつ観察しては並べていきます。
数でも数えているのでしょうか。しかしずっと勤務中です。
床のリンゴが増えるぶんだけ、次の面接の時間が近づいています。
「リリー、そろそろ時間ですので、次の面接者の出迎えをお願いします」
「室長、ありませんよ」
なにがないのでしょうか。時間はなくなっていきますが。
首を傾げながらリリーは言います。
「大変です、羊マークのリンゴがありません。見つけたら幸せになれるんですよ。これだけあれば一個くらいありそうなのに」
私としては、羊のマークのリンゴよりも次の面接者を見つけに行ってほしいのですが。
魔法水晶の置き時計が次の面接時間を近づかせていきます。
ロキリンゴの芳醇な香りは、この閉め切った空間に経つ時間を忘れさせてくれますが、ここは農場でも草原でもありません。
勇者面接室です。
何度目かの指示に、ようやくリリーは面接者の出迎えへ動く気になったようです。
羊、羊、とつぶやきながら両扉を開けて出ていきました。面接者ではなく羊を連れてきたりはしないでしょうか。
私が経歴書に目を通そうとすると、その面接者でしょうか、さっそく階段を上ってくるきしみが伝ってきます。リリーの歩みが埋もれるほどに、ずしりと大きな足の方のようです。
しかし、足といっては差し支えがあるようにも思えます。
両扉が開き、ぬっ、とその長身が現れました。
ごん、と音が立ちます。面接者は扉枠の上部に額をぶつけたようです。
くぐろうとしているようですが、前かがみに横にと、いったん後ろへ下がってから入り口をくぐり抜けて来ました。
馬です。
正確には人馬――セントール族です。
足はがっちりと蹄を持ち、長く競走馬のような脚です。
焦げ茶色の短い毛並みは、走るための筋肉をしっかりと浮かび上がらせています。
ただし、馬の首の付け根から上、つまり上半身は人間の胴と頭です。
額をさすっている顔だけを見れば、人間そのものです。上半身は服も着ていますし。
この上胴をとってみても引き締まった大柄の青年といえるのですが、四脚がさらに背丈を高くしていて、馬としても大きな体格なのではないでしょうか。
天井にも近い、高い位置です。
面接者は額をさすって、両手を広げながら言いました。
「いやあ、街中の至る所でぶつけるんですよ。えっと、よくね、馬を降りろって言われるんですがね、僕、降りられないんですよ。馬ですから!」
リリーが噴き出して笑いました。
大きな両扉から、長い尻尾を下げて闊歩の音が入室します。
響く足音はどこか心地よく、木をくり抜いたお椀をさかさにして打つような――やはり蹄としかいえないのですが、素の脚でも蹄鉄でもありません。同じ形の木製の靴……を履いていらっしゃいます。
セントール族さんの多くは森野の集落にお住まいですが、近年では人間社会にも順応され、王都でもたまに見かけることがあります。
街中での暮らしでは、どちらかというと人間側の習慣に合わせて努力をされているようです。
靴にしても建物の床を破損させないよう気を遣っていらっしゃるようですし、もちろん衣服や住居や食べ物まで、人間に近い環境で生活をなさっています。
人混みにも頭ひとつ抜きでる高身長の方が多いので、通りを歩けば目立ちますが。
よく馬車が来たと見間違えられることもあるようで、王都では挨拶の際に『すみません、セントールなんですよ!』というのが、今年の流行語だそうです。
「ぶつけてしまって、すみまセントール!」
そう面接者が言うと、またリリーが噴き出しました。
頭をぶつけたことを謝罪していらっしゃるようです。
破損があれば弁償してもらいますが、扉枠は頑丈ですので、この程度では損害はないでしょう。しかし用意している面接者用の椅子は、役に立たないようです。
「ええと、床に座って、いいですかね」
「はい、構いません」
やはり馬のように、面接者は脚を折って座ります。それでも人間の大人が立ったくらいの背丈なのですが。
正座をしているような面接者が、背筋を整えたのを見計らいます。
「私は勇者面接室室長勇者面接官、スター・ゲイザーです。今回の勇者採用面接を担当させていただきます」
噛まずに言えました。
褒めてくれるひとはいませんが、秘書のリリー・ユリーは思い出し笑いをこらえているようです。私の後ろの事務机に戻ると、引きつらせた息の音が聞こえます。いったいこの転がったリンゴはいつ片付けるつもりでしょうか。
それはさておき。
「ハーディ・パッカーさん。ここでは最終面接としていくつかの質問をします。緊張していませんか? ご趣味をお聞きしてもよろしいですか?」
面接とは関係ありませんが、会話による意思疎通の確認です。緊張が解れるのであれば面接者にとって宜しいと思いますし、この回答後を面接開始としています。
ハーディさんはかしこまって答えました。
「はい、趣味は、乗馬です!」
リリーが噴き出しました。
笑い声が面接を阻害するようでしたら、リリーを空になったリンゴの木箱に入れて蓋をしようと思いましたが、ハーディさんのほうは冗談を言い得意げな顔をしていらっしゃいますので、面談に影響はないものと判断します。
ハーディさんがいったいどうやって乗馬をなさるのかと思いましたが、趣味は評価対象ではなく面接にも関係ありませんので、本旨である質疑に進みたいと思います。
「では、最初の経歴からお伺いします。ヤダスの洞窟で半獣歌女の討伐成功とありますが、この冒険のきっかけ、そして経緯を教えてください」
ハーディさんは手をぱんと叩いて答えます。
その手も広く大きく、体格の良さを表しています。
「はい、その頃はまだ冒険者ではなかったんですがね。僕はその近くにあるゾーンの森の一族で、近隣の冒険地のガイドをやっていました。その最初の経歴というのは、もともとヤダスの洞窟を冒険者に案内する役目だったんですが、棲み着いていたラミアの歌声の魔力に冒険者がやられてしまって、僕が代わりに戦闘に加わったことから始まります」
「ハーディさんの戦闘行為により、討伐の成功となったわけですか?」
「はい。ラミアは、美女でした。それで冒険者たちも魅了攻撃を受けて、どうしようもなく……。でも、ラミアは下半分が猫のようなモンスターじゃないですか。それがもし馬だったら、僕も魅了されていたかも知れません。それじゃあ同じセントールですからね!」
リリーが噴き出しました。
「では、意図しない冒険をきっかけに、冒険者になられたわけですか?」
「はい。それで冒険者にならないかと誘われまして、さっそく冒険者ギルドへ行って登録をしました。ああ、後付の冒険許可などは、ええと、地理局ですかね、発行してもらえて、いやあ、手続きが大変でした。まるで競走馬の出走登録ですよ!」
今度のリリーは噴き出しませんでした。
私としては、とてもおもしろい冗談だと思うのですが。
冒険指定地域への立ち入りや冒険行為は、地理局の許可がなければ不法とされます。
しかし、ハーディさんのおっしゃったように、近隣の住民や案内役程度でしたら免除されることが多いようです。
人間ではそう多くありませんが、森林山地に住む獣人族などにとっては、住んでいる地域が王国の冒険地に指定されることもありますし、すべての冒険地に常駐した管理があるわけでもありませんので、申告がなければ検挙に繋がることも少なく、問題があった場合は地理局から通告がありますので、後付けで日を遡った発行も可能になっています。
明らかに戦闘や物品取得が目的で冒険地へ侵入した場合を除き、違反後も不処理か軽度の罰金程度で済むケースが多いようです。ちなみにこの不法冒険行為を斡旋する闇ギルドもあるようですが。
「では次に、カーラーケーラー山での冒険についてお伺いします。敗退、とありますが、この経緯についてお願いします」
「あっ、はい、その冒険でですね、その後にブランクがありますよね? 山岳に棲む猛毒怪蛇の群れを討伐に行ったんですが、逆にやられてしまったわけです。腕も脚も、毒に侵されまして、なんとか逃げ切れました」
「戦闘行為に至り、敗北したということですか?」
「お恥ずかしながら、そうです。バジリスクは凝視でも吐息でも猛毒を持っているじゃないですか。そこで仲間がですよ、人間です、お前は馬で長身だから、上から長槍で突いて攻撃すれば大丈夫だ、と言うわけです。やってみたらですね、バジリスクは大きくない蛇ですから、確かに攻撃は上半身まで届かない。でもですよ、僕は、下半身も自分の体なんですよね、馬ですから! 脚を噛まれましたよ!」
リリーが噴き出しました。
「その仲間と戦闘を撤退されたのですか?」
「はい、みんなで。命からがらでした。僕に跨ってくる者もいましてね。仕方なく乗せて走りましたよ。馬の宿命ですね!」
後ろでリリーが噴き出しながら事務机を叩く音がうるさいのですが、笑いをこらえているのでしょうか。
やはり木箱に入れて閉じ込めようと思いましたが、ハーディさんは得意げな顔なので、面接に影響はないものとします。
どうやらセントールという存在自体が、王都では人気者のようです。
リリーは奇妙なかけ声で木箱を運んできて、勇面室の奥の床に下ろします。
一息ついたリリーの足元に、そのひとつがこぼれて転がりました。
王国の豊かさを表すロキリンゴです。
その真っ赤な実も、どっしりと芳醇な香りに包まれて、いま採れたかのように艷やかな表面を照り輝かせています。
まるで水を固めたかのように。天井の静かなガラス照明の一部でもあるように。赤一色ではあるのですが、それは渦潮のようでも、コーラスを奏でているようでもあります。
張りのあるくぼみから柱を立てる軸は、広く育った大樹の姿を思い描かせてくれます。
かつては富の象徴でもありました。
紅玉色のリンゴとして、ひと玉が金貨一枚の価値を持った時代もあったそうです。
その実に頬ずりをしながら、リリーは顔をほころばせました。
「室長、リンゴですよ、リンゴ」
「はい、そのようですね」
「これ、なにかわかります? リンゴですよ、リンゴ」
「はい。ロキリンゴと認識しています」
「そーめん室に実家が農家の方がいて、いただいたんですよ、こんなにたくさん。ほら、そーめん室って、よく勇面室に評価の参考を聞きに来るじゃないですか。こんな形でお礼が返ってくるなんて、粋なことしますよね」
リリーはそう言って、今日はリンゴパーティーだと浮かれています。
そーめん室とは、僧侶面接室のことです。
僧侶の国家称号は、おおよそ教会からの推薦と選定基準で試験全般が行われるのですが、最終面接に至っては、この勇面室と同じく管理局人事部英雄称号課が管轄しています。
勇者と僧侶に求められる博愛精神は共通するところが多く、量的な基準を設けづらいことから、両室が独自の判断に固着しないよう定期的に意見交流が行われています。それでリリーの言うように勇者面接での合否判断を参考にされることがあります。
もっとも、僧侶受験者の推薦が教会名義であった場合、意見会は稟議の通達程度に留まり、不合格相応でも採否を保留するケースが多いようです。それで教会のことを僧侶ギルドと揶揄的に呼ぶ方もいます。リンゴとは特に関係はありませんが。
リリーが鼻をつけて香りを確かめているロキリンゴは、食べると幸せな気持ちになるという言い伝えがあります。
リリーは食べなくてもすでに幸せそうですし、それは彼女の場合、食べ物であればリンゴに限らないのではないでしょうか。
私としては早く勤務に戻ってほしいのですが。今度は自分の事務机で、大きな実りを満足そうに手のひらで撫ではじめました。
この立派な実りは、何代にも渡る品種改良の結果といえます。
王都周辺の農場で栽培が始まってからは、都市では珍しく農業特産品として出回っています。
この木箱にある羊のマークが商標登録だそうで、冒険者のように品質のランク等級まであるそうです。
ロキリンゴ自体にも羊のマークの日焼け跡が入ったものがたまにあって、見つけたら当たりだそうです。
具体的な根拠はありませんが羊のマークは幸せの象徴だそうで、とても曖昧な基準ではありますが、王都の歴史の観点からすれば文化的な価値を持ったものと推し量ることができます。
昔、王都は羊の町でした。
現代の王国総生産を占める産業別割合からすると畜産は低い位置にあり、王都でも地理局から独立した農林課が就業者数不足の警鐘を鳴らしているのですが、もともと最初にこの平原に町を作ったのは羊飼いたちだそうです。
そこに牛や馬が集まり、陸運が発達し、城塞が築かれて、いまの城塞都市の基礎につながりました。
都市整備は運搬から常駐へと目的を変え、より高い費用対効果へ踏み切ったことから、当時あった周辺国や貴族領の富を一挙に吸い上げた形となります。
もっとも黎明期には、この草原資源の枯渇という危機がありましたが、大規模な農耕の間期における緑肥としての牧草の播種法が伝わってからは数年サイクルでの一括した資源管理が行われています。
それを表すように王都から外へ続く大街道、一つ目の駅は主に馬の厩舎が並びますが、その周辺は起伏のゆるやかな草原地帯が広がります。
現代も大規模な農場の多くはここにあって、大人口である王都の食料が賄われているほどです。羊のマークのロキリンゴも、昔から続く農場で栽培されています。
リリーが木箱を漁りだしました。
リンゴをひとつ取り出しては床に置き、またひとつ観察しては並べていきます。
数でも数えているのでしょうか。しかしずっと勤務中です。
床のリンゴが増えるぶんだけ、次の面接の時間が近づいています。
「リリー、そろそろ時間ですので、次の面接者の出迎えをお願いします」
「室長、ありませんよ」
なにがないのでしょうか。時間はなくなっていきますが。
首を傾げながらリリーは言います。
「大変です、羊マークのリンゴがありません。見つけたら幸せになれるんですよ。これだけあれば一個くらいありそうなのに」
私としては、羊のマークのリンゴよりも次の面接者を見つけに行ってほしいのですが。
魔法水晶の置き時計が次の面接時間を近づかせていきます。
ロキリンゴの芳醇な香りは、この閉め切った空間に経つ時間を忘れさせてくれますが、ここは農場でも草原でもありません。
勇者面接室です。
何度目かの指示に、ようやくリリーは面接者の出迎えへ動く気になったようです。
羊、羊、とつぶやきながら両扉を開けて出ていきました。面接者ではなく羊を連れてきたりはしないでしょうか。
私が経歴書に目を通そうとすると、その面接者でしょうか、さっそく階段を上ってくるきしみが伝ってきます。リリーの歩みが埋もれるほどに、ずしりと大きな足の方のようです。
しかし、足といっては差し支えがあるようにも思えます。
両扉が開き、ぬっ、とその長身が現れました。
ごん、と音が立ちます。面接者は扉枠の上部に額をぶつけたようです。
くぐろうとしているようですが、前かがみに横にと、いったん後ろへ下がってから入り口をくぐり抜けて来ました。
馬です。
正確には人馬――セントール族です。
足はがっちりと蹄を持ち、長く競走馬のような脚です。
焦げ茶色の短い毛並みは、走るための筋肉をしっかりと浮かび上がらせています。
ただし、馬の首の付け根から上、つまり上半身は人間の胴と頭です。
額をさすっている顔だけを見れば、人間そのものです。上半身は服も着ていますし。
この上胴をとってみても引き締まった大柄の青年といえるのですが、四脚がさらに背丈を高くしていて、馬としても大きな体格なのではないでしょうか。
天井にも近い、高い位置です。
面接者は額をさすって、両手を広げながら言いました。
「いやあ、街中の至る所でぶつけるんですよ。えっと、よくね、馬を降りろって言われるんですがね、僕、降りられないんですよ。馬ですから!」
リリーが噴き出して笑いました。
大きな両扉から、長い尻尾を下げて闊歩の音が入室します。
響く足音はどこか心地よく、木をくり抜いたお椀をさかさにして打つような――やはり蹄としかいえないのですが、素の脚でも蹄鉄でもありません。同じ形の木製の靴……を履いていらっしゃいます。
セントール族さんの多くは森野の集落にお住まいですが、近年では人間社会にも順応され、王都でもたまに見かけることがあります。
街中での暮らしでは、どちらかというと人間側の習慣に合わせて努力をされているようです。
靴にしても建物の床を破損させないよう気を遣っていらっしゃるようですし、もちろん衣服や住居や食べ物まで、人間に近い環境で生活をなさっています。
人混みにも頭ひとつ抜きでる高身長の方が多いので、通りを歩けば目立ちますが。
よく馬車が来たと見間違えられることもあるようで、王都では挨拶の際に『すみません、セントールなんですよ!』というのが、今年の流行語だそうです。
「ぶつけてしまって、すみまセントール!」
そう面接者が言うと、またリリーが噴き出しました。
頭をぶつけたことを謝罪していらっしゃるようです。
破損があれば弁償してもらいますが、扉枠は頑丈ですので、この程度では損害はないでしょう。しかし用意している面接者用の椅子は、役に立たないようです。
「ええと、床に座って、いいですかね」
「はい、構いません」
やはり馬のように、面接者は脚を折って座ります。それでも人間の大人が立ったくらいの背丈なのですが。
正座をしているような面接者が、背筋を整えたのを見計らいます。
「私は勇者面接室室長勇者面接官、スター・ゲイザーです。今回の勇者採用面接を担当させていただきます」
噛まずに言えました。
褒めてくれるひとはいませんが、秘書のリリー・ユリーは思い出し笑いをこらえているようです。私の後ろの事務机に戻ると、引きつらせた息の音が聞こえます。いったいこの転がったリンゴはいつ片付けるつもりでしょうか。
それはさておき。
「ハーディ・パッカーさん。ここでは最終面接としていくつかの質問をします。緊張していませんか? ご趣味をお聞きしてもよろしいですか?」
面接とは関係ありませんが、会話による意思疎通の確認です。緊張が解れるのであれば面接者にとって宜しいと思いますし、この回答後を面接開始としています。
ハーディさんはかしこまって答えました。
「はい、趣味は、乗馬です!」
リリーが噴き出しました。
笑い声が面接を阻害するようでしたら、リリーを空になったリンゴの木箱に入れて蓋をしようと思いましたが、ハーディさんのほうは冗談を言い得意げな顔をしていらっしゃいますので、面談に影響はないものと判断します。
ハーディさんがいったいどうやって乗馬をなさるのかと思いましたが、趣味は評価対象ではなく面接にも関係ありませんので、本旨である質疑に進みたいと思います。
「では、最初の経歴からお伺いします。ヤダスの洞窟で半獣歌女の討伐成功とありますが、この冒険のきっかけ、そして経緯を教えてください」
ハーディさんは手をぱんと叩いて答えます。
その手も広く大きく、体格の良さを表しています。
「はい、その頃はまだ冒険者ではなかったんですがね。僕はその近くにあるゾーンの森の一族で、近隣の冒険地のガイドをやっていました。その最初の経歴というのは、もともとヤダスの洞窟を冒険者に案内する役目だったんですが、棲み着いていたラミアの歌声の魔力に冒険者がやられてしまって、僕が代わりに戦闘に加わったことから始まります」
「ハーディさんの戦闘行為により、討伐の成功となったわけですか?」
「はい。ラミアは、美女でした。それで冒険者たちも魅了攻撃を受けて、どうしようもなく……。でも、ラミアは下半分が猫のようなモンスターじゃないですか。それがもし馬だったら、僕も魅了されていたかも知れません。それじゃあ同じセントールですからね!」
リリーが噴き出しました。
「では、意図しない冒険をきっかけに、冒険者になられたわけですか?」
「はい。それで冒険者にならないかと誘われまして、さっそく冒険者ギルドへ行って登録をしました。ああ、後付の冒険許可などは、ええと、地理局ですかね、発行してもらえて、いやあ、手続きが大変でした。まるで競走馬の出走登録ですよ!」
今度のリリーは噴き出しませんでした。
私としては、とてもおもしろい冗談だと思うのですが。
冒険指定地域への立ち入りや冒険行為は、地理局の許可がなければ不法とされます。
しかし、ハーディさんのおっしゃったように、近隣の住民や案内役程度でしたら免除されることが多いようです。
人間ではそう多くありませんが、森林山地に住む獣人族などにとっては、住んでいる地域が王国の冒険地に指定されることもありますし、すべての冒険地に常駐した管理があるわけでもありませんので、申告がなければ検挙に繋がることも少なく、問題があった場合は地理局から通告がありますので、後付けで日を遡った発行も可能になっています。
明らかに戦闘や物品取得が目的で冒険地へ侵入した場合を除き、違反後も不処理か軽度の罰金程度で済むケースが多いようです。ちなみにこの不法冒険行為を斡旋する闇ギルドもあるようですが。
「では次に、カーラーケーラー山での冒険についてお伺いします。敗退、とありますが、この経緯についてお願いします」
「あっ、はい、その冒険でですね、その後にブランクがありますよね? 山岳に棲む猛毒怪蛇の群れを討伐に行ったんですが、逆にやられてしまったわけです。腕も脚も、毒に侵されまして、なんとか逃げ切れました」
「戦闘行為に至り、敗北したということですか?」
「お恥ずかしながら、そうです。バジリスクは凝視でも吐息でも猛毒を持っているじゃないですか。そこで仲間がですよ、人間です、お前は馬で長身だから、上から長槍で突いて攻撃すれば大丈夫だ、と言うわけです。やってみたらですね、バジリスクは大きくない蛇ですから、確かに攻撃は上半身まで届かない。でもですよ、僕は、下半身も自分の体なんですよね、馬ですから! 脚を噛まれましたよ!」
リリーが噴き出しました。
「その仲間と戦闘を撤退されたのですか?」
「はい、みんなで。命からがらでした。僕に跨ってくる者もいましてね。仕方なく乗せて走りましたよ。馬の宿命ですね!」
後ろでリリーが噴き出しながら事務机を叩く音がうるさいのですが、笑いをこらえているのでしょうか。
やはり木箱に入れて閉じ込めようと思いましたが、ハーディさんは得意げな顔なので、面接に影響はないものとします。
どうやらセントールという存在自体が、王都では人気者のようです。
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過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
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