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領土奪還

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『クロード!本当に行くのか?!』
ラウは出掛ける支度をするクロードを止めていた。

「行きますよ?彼女の監視を始めて一月、彼女は何の行動も起こしません。寝て起きて用意された食事を摂るだけ…俺から行動してみます。何か分かるかもしれませんしね?それにこっそりルナも着いてきてくれます、心配ありませんよ?」
ラウは諦めた、言い出したら聞かないのはわかりきっているからだ。

「では、行ってきますね。」

『ルナ、頼んだ。』

『任せて頂戴!クロードには傷一つ付けさせないわよ!』
クロードはルナを連れて街にある彼女の住む家に向かった。
勿論クロードは普段着を着ている。
家に着くと彼女が出迎えてくれたが、何か戸惑っている様だった。

「お邪魔します。お茶でもと誘いに来ました。」

「あ、あれが最後ではなかったのですか?」

「そのつもりでしたが、貴女が全く家から出ていないと聞いたので。少し街に出て見ませんか?」
彼女は少し間を置いて頷いた。
クロードは彼女を連れて街を案内した。

「果物はここの店がオススメですよ。肉や野菜はあっちとあっちの店ですね。」
そう教えると彼女はキョロキョロしながら俯いた。

「どうしました?気分でも…」

「ち、違うのです。あの…私、買い物をした事が無くて…」

「買い物の仕方が分からないんですか?」

「は、はい…」

「なら買い物してみましょうか?」

「えっ?」

「さぁ、行きましょう!」
クロードは彼女の手を引いて果物屋に入った。
一通り買い方を教えると彼女はリンゴを幾つか買った。

「あの、小麦等は何処で買えば良いのですか?」

「小麦ですか?粉物はあっちの肉屋の隣ですね。何か作るんですか?」

「アップルパイなる物を…」
クロードは固まった。
アップルパイは楓の星の食べ物でこの世界でアップルパイを知っているのは帝達とクロードの家族だけだった。

「何処でそれの作り方を…」

「わ、分かりません…記憶にあるので作ってみようかと。」

「記憶に…?私に作って貰えますか?」

「えっ?」

「食べて見たいのですアップルパイを。」
彼女は頷くと他の買い物を済ませ、2人は家に向かった。

「直ぐに作るので…」
彼女は直ぐに台所に向かった。
その姿をクロードはテーブルに座り彼女の後ろ姿を眺めていた。
その姿は楓そのもので楓だと錯覚しそうになるのをクロードは何回も頭を振って振り払っていた。
一方、彼女は戦っていた。
リンゴを切っていると頭に声が響く。
『クロードを刺せ。クロードを殺せ。』と…。
クロードを殺す?このナイフで…。

『駄目よ!そんな事をしては駄目!』
今度は頭の中に女の声が響く。
駄目よ、マスターの命令だもの。
クロードはマスターの敵、生かしてはいけない存在なのよ。
その為に私は生まれたんだもの。
役目を果たさなければ。

『そんな事無いわ。クロードは優しいでしょ?アップルパイが大好きなのよ。』
クスクス笑う女の声に戸惑った。
確かにクロードは優しい、生まれて初めて優しくしてくれた人。
マスターは優しいとは程遠かった。

『私はもうクロードの傍に居れない。貴女が代わりにクロードの傍に居れないのかしら?』

「出来ないわ!!そんな事!!」
彼女は思わず叫んだ。

「どうしました?!」
慌てたクロードが立ち上がった。
怪訝な顔で彼女を見ていた。

「な、何でも…ちょっと手を滑らせてしまって。」
彼女の指からは血が流れていた。

「血が出ているじゃないですか!!」
クロードは慌てて彼女の指に布を巻いた。
じわりと布に滲む彼女の血を見てクロードは顔を顰めた。
ラウは彼女は人でも魔物でも無いと言っていた。
しかし、今彼女からは紛れもなく血が流れている。

「貴方は何者なんですか?」
止血しながらクロードは彼女に問うた。
しかし、彼女は何も言わない。
ただ悲しい顔をした。
その顔ですら楓と被りクロードは顔を背けた。

「私には分からない…貴女が何者なのか、時々分からなくなってしまう。貴女が楓では無いのかと…。」

「楓…」
マスターもその名を言っていた。
楓とは誰なのだろう。
マスターは知る必要は無いと言った。
私もマスターが言うなら必要無いと思った。
でも…クロードの顔を見ていると知りたくなってしまう。
時々私に向ける優しい顔、でもそれは私に向けられてはいない気がしていた。

「楓…とは誰なのですか?」
クロードは悲しそうに笑うと一言言った。

「私の最愛の妻です。」
彼女は目を見開いた。
マスターは私が存在するだけでクロードは動揺すると言った。
その隙を突いて殺せとも…楓…私に語りかけたのは楓なのだろうか?
なら私は…誰?楓?違う、楓は他に居るんだもの。

「楓は…もう随分昔に亡くなりました。」
拳を握り閉めるクロードの手を彼女は無意識に優しく握った。
クロードと居ると心が暖かくなる。
マスターは私には心も感情も必要無いと言った。
でも…これは紛れもない感情だ。

「私は…」
彼女が口を開くとクロードは真っ直ぐに彼女を見た。
何て綺麗な瞳…何でも見透かされてしまいそう。

「私が何者なのか…私にも分かりません。でも…私の存在が貴方を惑わせるなら私は消えましょう。」

「何を…」
ナイフを首に当てる彼女を見てクロードは固まった。
私はマスターに作られた、生かすも殺すもマスター次第だと言われていた。
私に自由があるとすれば自分で死ぬ事…マスターに逆らう事になるけれど私は良いと思えた。

「私は…私に初めて優しくしてくれた人を困らせたくないのです。マスターに逆らう事になったとしても。」

「マスター?」

「はい。私を作ったご主人様です。どうして私を作ったのか、貴方を見ていて分かった気がします。きっとマスターの狙い通り、でも私は貴方を困らせたく無いと思った。私は感情の無い人形…でも感情があった。もう私の役目は終わりでしょう。もう直ぐマスターが私を消しに来る。ならば最後に私は自分を消して自由になります。それが私に残された自由…。」

「待って下さい!!」
ナイフに力を入れた途端クロードがナイフを掴んで止めた。

「何故止めるのですか?血が…」
彼女はクロードの手を見てとても悲しい顔をした。

「どの道もう長くは無いのです。私の意思で死なせてもくれないのですか?」

「マスター…が消しに来るからですか?」

「そうです。私はマスターの命令に逆らった…」

「彼女は…楓は…生きたくても生きられなかった!貴方は楓と全く同じ顔をして!また俺の前で死ぬと言うのか!!」
クロードの叫びに彼女の手からカランとナイフが落ちた。
頬を伝う温かい物を触ると手に水が付いた。

「水?」

「涙ですよ。」

「涙…?温かい…。クロード、最後です。私のマスターはクロウ。知っていますね?」

「クロウ…」
クロードから殺気が溢れ出した。

「楓を殺し、更に楓の髪から貴女を作りまた殺すのか!!」
クロードはダンっと壁を殴った。
マスターがクロードの奥さんを殺した?
私はクロードの奥さんの髪から作られた?
なら私は…楓であっても楓では無い。
クロードのあの優しい顔は楓に向けられていたのだと分かった。
それでも良かった。
私に心も感情もあるのだと分かったのだから。






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