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狼男5
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「――」
時が止まったみたいだった。
自分の置かれている状況にまるで付いていけない。だって私は数十分前まで穏やかに朝ごはんを食べていて、ロガさんはすごく親切で、私がキウイが好きだと言ったら今度ジャムを作ると約束してくれて。
なのに今、私はロガさんとキスをしている。キスと呼ぶのが正しいのかすらわからない、噛みつくような行為を受け入れている。
「ん……っ」
隙間なく唇を覆われて、私は鼻にかかった声を上げた。
これで何回目のキスなのかもうわからない。本やネットの知識でぼんやり想像していたものとはほど遠い形で実現した初めてのキスは、その後も角度を変えて何度も何度もくり返されて、今にも膝が崩れそうだった。
「口開けろ」
掠れた声で獰猛に囁かれて、その意味を理解する前に何か熱くて柔らかいものが口の中に入ってくる。ぬるりと上顎を舐められて、それがロガさんの舌だと気付いた。深く口付けられて、鋭い牙が歯列に当たる。戸惑って奥へと引っ込む舌を絡め取られて、頭の奥がじんと痺れた。
「ん、ぅ……っ、ふ……」
こんなことおかしい、止めないととわかっているのに押さえ込まれた身体はほとんど動かせないし、思考は靄がかかったみたいで考えが纏まらない。目を閉じているせいか変に感覚が鋭くなって、濡れた音がひときわ大きくこめかみに響いた。
乱暴に押し入ってきた粘膜が、口腔のすみずみに触れる。歯の裏も、内頬も、深く絡められる舌も。口の中で、ロガさんに触られていない箇所なんてないんじゃないかと思うほど。
目尻にじわりと涙が滲む。苦しいのか、怖いのかわからない涙。やがてゆっくり舌が引き抜かれた時、私はほとんど酸欠みたいな状態になっていた。
「けほっ……」
うまく呼吸できなくて、浅く咳き込みながらおそるおそる目を開くと、獲物を狙う肉食獣めいた眼差しを向けるロガさんと視線が合う。
「あ、」
煮えたぎっているようにも、凍てついているようにも見える金色の光。鼓動がどくりと跳ね上がって、咄嗟に後ずさりしようとした時にはもう、逞しい腕に捕まっていた。爪先が浮き上がる感覚に毛穴が開いて足をばたつかせたものの、何の抵抗にもならず自由を奪われる。
「ロ、ロガさんっ!」
「お前が悪い」
切り捨てるような短い言葉を返して、ロガさんは迷いのない足取りで部屋の奥へと向かった。食事用のテーブルの向こうにはソファセットが設られていて、その寝椅子のような形のソファに私を横たえると、覆いかぶさるように座面に膝を掛ける。
朝の光を背負って影になる、四肢の長い大柄な身体。
「……律香」
名前を呼ばれると、首すじに牙を立てられているような気分になった。自分はこのまま食べられてしまうんじゃないかとさえ感じる息遣い。自分が「魔族」にとってどういう存在なのか、どんな欲求を呼び覚まして、何をされるのか、ようやくおぼろげに理解した。
どくどくと脈打つ心臓を確かめるように胸元に触れる大きな手を見た時、私はロガさんの爪が伸びていることに気付いた。さっきまで清潔に切り揃えられていたはずの爪が、今は鋭く尖って鉤形に曲がっている。命を脅かすような形に思わず背すじをこわばらせた瞬間、何かの裂ける音がした。こんな素敵なお屋敷にスウェットは似合わないしと選んだ襟付きのルームワンピースが、紙みたいに破れて素肌をさらす。
恐怖も忘れて目を見開く私を、ロガさんが真っすぐに射抜く。金色に輝く獣の目。開いた唇から、あの牙が見えた。
「食わせろ」
時が止まったみたいだった。
自分の置かれている状況にまるで付いていけない。だって私は数十分前まで穏やかに朝ごはんを食べていて、ロガさんはすごく親切で、私がキウイが好きだと言ったら今度ジャムを作ると約束してくれて。
なのに今、私はロガさんとキスをしている。キスと呼ぶのが正しいのかすらわからない、噛みつくような行為を受け入れている。
「ん……っ」
隙間なく唇を覆われて、私は鼻にかかった声を上げた。
これで何回目のキスなのかもうわからない。本やネットの知識でぼんやり想像していたものとはほど遠い形で実現した初めてのキスは、その後も角度を変えて何度も何度もくり返されて、今にも膝が崩れそうだった。
「口開けろ」
掠れた声で獰猛に囁かれて、その意味を理解する前に何か熱くて柔らかいものが口の中に入ってくる。ぬるりと上顎を舐められて、それがロガさんの舌だと気付いた。深く口付けられて、鋭い牙が歯列に当たる。戸惑って奥へと引っ込む舌を絡め取られて、頭の奥がじんと痺れた。
「ん、ぅ……っ、ふ……」
こんなことおかしい、止めないととわかっているのに押さえ込まれた身体はほとんど動かせないし、思考は靄がかかったみたいで考えが纏まらない。目を閉じているせいか変に感覚が鋭くなって、濡れた音がひときわ大きくこめかみに響いた。
乱暴に押し入ってきた粘膜が、口腔のすみずみに触れる。歯の裏も、内頬も、深く絡められる舌も。口の中で、ロガさんに触られていない箇所なんてないんじゃないかと思うほど。
目尻にじわりと涙が滲む。苦しいのか、怖いのかわからない涙。やがてゆっくり舌が引き抜かれた時、私はほとんど酸欠みたいな状態になっていた。
「けほっ……」
うまく呼吸できなくて、浅く咳き込みながらおそるおそる目を開くと、獲物を狙う肉食獣めいた眼差しを向けるロガさんと視線が合う。
「あ、」
煮えたぎっているようにも、凍てついているようにも見える金色の光。鼓動がどくりと跳ね上がって、咄嗟に後ずさりしようとした時にはもう、逞しい腕に捕まっていた。爪先が浮き上がる感覚に毛穴が開いて足をばたつかせたものの、何の抵抗にもならず自由を奪われる。
「ロ、ロガさんっ!」
「お前が悪い」
切り捨てるような短い言葉を返して、ロガさんは迷いのない足取りで部屋の奥へと向かった。食事用のテーブルの向こうにはソファセットが設られていて、その寝椅子のような形のソファに私を横たえると、覆いかぶさるように座面に膝を掛ける。
朝の光を背負って影になる、四肢の長い大柄な身体。
「……律香」
名前を呼ばれると、首すじに牙を立てられているような気分になった。自分はこのまま食べられてしまうんじゃないかとさえ感じる息遣い。自分が「魔族」にとってどういう存在なのか、どんな欲求を呼び覚まして、何をされるのか、ようやくおぼろげに理解した。
どくどくと脈打つ心臓を確かめるように胸元に触れる大きな手を見た時、私はロガさんの爪が伸びていることに気付いた。さっきまで清潔に切り揃えられていたはずの爪が、今は鋭く尖って鉤形に曲がっている。命を脅かすような形に思わず背すじをこわばらせた瞬間、何かの裂ける音がした。こんな素敵なお屋敷にスウェットは似合わないしと選んだ襟付きのルームワンピースが、紙みたいに破れて素肌をさらす。
恐怖も忘れて目を見開く私を、ロガさんが真っすぐに射抜く。金色に輝く獣の目。開いた唇から、あの牙が見えた。
「食わせろ」
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