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第一章 マグメル編 マグメルのダンジョン経営
女神の苛立ち
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アプロディーテの瞳が怪しく赤い光を放つと、エルフたちの体がビクンと大きくのけぞり、彼らの閉じられていた目が次々と開かれていった。しかしその開かれた目にはまったくと言っていいほど生気はなく、彼らは虚ろな視線を宙に漂わせているだけであった。
「目を覚ましたのですか?」
マグメルが少し不安そうな表情を浮かべながら聞いた。アプロディーテは人差し指をそっと口にあて、マグメルに「静かに」と合図を送る。マグメルは慌てて開いた口を手で覆い隠した。それを見たアプロディーテはにっこりと微笑んで、またエルフたちの方に向き直った。
「さぁエルフちゃんたち、あなたたちのマスターについて教えてくれる? 一番知っていそうなのは……貴女ね?」
たおやかで麗しい大量の薔薇に飾られた女エルフの頬を撫でるアプロディーテ。
「……はい……私です……マスターは……私としか……話しま……せん」
女エルフはたどたどしい言葉で語りはじめた。
アプロディーテは女エルフが命令に従ったことを確認すると、薔薇の花弁の妖精を召喚してソファを二脚作るよう命令した。薔薇の花弁の妖精はコクンと頷くと、アプロディーテの周りを舞いはじめた。
「貴女、名前は?」
「アス……ラ……」
「アスラね。貴女がこのチームのリーダー、そしてこの中で貴女だけがマスターとのコンタクトを許されている」
アスラは無言で頷いた。アプロディーテが他のエルフたちを見渡すと、他のエルフたちも一様に頷いていく。
薔薇の花弁の妖精がアプロディーテの耳元に飛んでいき、ソファが完成したことを囁いた。アプロディーテは真っ赤な花弁で作られたふわふわのソファに気持ちよさそうに埋もれると、【花煙草のキセル】を蒸しはじめた。アプロディーテの様子を窺っていたマグメルも遠慮がちに花弁のソファに座った。マグメルはその花弁の肌触りとその中に埋もれていく心地よさに思わず「ふぁ」と締まりのない声を漏らす。
ソファに腰かけた二人を満足気に見ていた薔薇の花弁の妖精は、赤いつむじ風となって消えた。
「アスラ、貴女のマスターの名前は?」
「……ジェード様」
「貴女がジェードについて知っていることを全て話しなさい」
「マスター……ジェード様は……魔人。硝子の……魔人」
マグメルとアプロディーテは『魔人』という言葉に眉をしかめる。
「触れるもの……全て……硝子に……変えてしまいます。空気さえも……」
アスラの口調が時間とともに滑らかになってきた。アプロディーテは不機嫌そうな表情でそんなアスラをじっと見つめていた。
「他にジェードの能力について知っていることは?」
「マスターの……ダンジョンを中心として……その周りには……無数の硝子の結界が……張られています」
「硝子の結界?」
「……はい。私は結界の中に入ることを……許されていません。硝子の結界の外側に映るお姿しか……見たことがありません」
「もう少し詳しく説明してくれる?」
「硝子の結界は……周りの景色を鏡のように映しだします。その結界の中は迷宮、一度入ると永久に脱出できない……と言われています」
「迷宮……ふぅん、他にジェードについて知っていることは?」
「側近に……一人の僕を置いています。死霊術師……名前はありません」
アプロディーテの顔には明らかな苛立ちが現れていた。
「マスターは側近の他に……二つの部隊を従えています。隊長は……ハーフエルフのクロロ、そして……エルフの私です。クロロが……森の北半分、私が南半分を……管轄しています」
「死霊術師の下には部隊はないの?」
「不死者を……従えています。マスター直属の部隊……動く骸骨、動く屍、数は……際限なく……」
「不死者なんて、最悪……」
アプロディーテの燻らせる紫煙の色がいつものように鮮やかな色ではなく、暗めの色になっているのをマグメルは心配そうに見ていた。
「そのハーフエルフのクロロはどのような能力を?」
「巨大でどう猛な……魔導生物を引き連れています。そういった生物を操れると……聞いたことがあります。彼らについて……詳しくは知りません」
「魔導生物……もう何でもありね。アスラ、他にマスターやその仲間について知っている情報はない? 特徴、秘密、罠とか」
「マスターと側近の死霊術師の姿は……おそらく虚像なのでわかりません。クロロは男性で……黒髪……短髪です。右の頰に……大きな傷があります。部隊の人数は……知りません」
「他に知っていることはもうない?」
「……あり……ません」
アスラは苦しそうな顔で答えた。
「ふぅん、アスラの知っているのはここまでのようね。他のエルフたちは?」
アプロディーテは花弁のソファから立ち上がり、顎のしゃくれた男エルフと目の下にホクロのある女エルフの顔を順に覗きこんだ。マグメルも慌てて立ち上がる。
「マスターは……我々と……クロロの隊を……競わせています。魔素……マジックアイテムをより多く……納めた方に……報奨を」
顎のしゃくれた男エルフが笑みを浮かべながら話しはじめた。マグメルとアプロディーテはアスラの目が一瞬引きつったのを見逃さなかった。
「報奨……あなたたちはマスターに召喚されたわけじゃなさそうね。魔人──ジェードの力に忠誠を誓ったということかしら?」
今度は目の下にホクロのある女エルフがおっとりとした口調で話しはじめた。
「そうです……森で……お会いしたジェード様に……説得されました。他の者も……そうです」
「何と説得されたの?」
「『俺に……ついてくれば、創造神に……より多くの魔素を……奉納できる、この世界で……最も創造神に近づける』と……」
「なるほど。ありがとう、もういいわ」
アプディーテがパチリと指を鳴らすと、エルフたちは瞬時にして頭を垂れ、また深い眠りに落ちていった。
「ジェード……想像以上に厄介ね」
「女神様、もう話してもいいですよね?」
「あっマグメルちゃん、ごめんなさい。もういいわよ」
考え事をしていたアプロディーテは慌てたようにマグメルを見る。
「僕の今の力では魔人ジェードには敵わないことはよくわかりました。でも、彼らを僕の洞窟に誘い込めば女神様の言うように事情は変わる。洞窟を強化しながら、『待ち』の作戦を徹底すればいいということですよね?」
アプロディーテは花煙草の煙を大きく吐き出し、少し間を置いてから答えた。
「この子たちの話を聞く限り、魔人ジェードはかなり慎重な奴だわ。彼はこのエルフの部隊が生きながらにして帰らないことを不思議に思うはず」
「マスターはクリスタルで仲間が生きていることを確認できますからね。でもダンジョンの外だと、仲間の位置まではわからない……連絡がないとそりゃ慎重になりますね」
「ええ。この子たちの管轄エリア、私たちの洞窟があるエリアでの行動は慎重を期すでしょうね。攻め方をがらっと変えてくるかもしれない。基本、待ちの戦略は変えないけど、それ以外の戦略も持っておくべきだわ。早くクユンシーラと接触して、彼女の情報をもらいましょう」
「そうですね、わかりました。その前にひとつだけ質問いいですか? 女神様はなぜ、僕をここまでして助けてくれるのですか?」
マグメルの意外な質問にアプロディーテは驚きの表情を浮かべたが、その表情はすぐに笑みへと変わる。
「前にも言ったけど、私を召喚によりこの地へ導いてくれた貴方を無条件で愛して護りぬくこと、それが私の運命。召喚主と召喚された者の間に成立する不変の真理よ。逆に貴方はなぜ私の言うわがままを聞いて、大切にしてくれるの?」
「そ、それは……」
マグメルの顔が真っ赤に変わっていく。
「なぜだかわかりませんが、僕が召喚したからには──神様から授かったからには無条件で大切にしたいと思うのです」
「それだけかしら? うふふ、まぁいいわ」
アプロディーテはマグメルの両方の頰を優しく包み込むように触れながら言った。
「さっマグメルちゃん、この子たち五体を使って早くクユンシーラを解放して、ここに連れてきて!」
「目を覚ましたのですか?」
マグメルが少し不安そうな表情を浮かべながら聞いた。アプロディーテは人差し指をそっと口にあて、マグメルに「静かに」と合図を送る。マグメルは慌てて開いた口を手で覆い隠した。それを見たアプロディーテはにっこりと微笑んで、またエルフたちの方に向き直った。
「さぁエルフちゃんたち、あなたたちのマスターについて教えてくれる? 一番知っていそうなのは……貴女ね?」
たおやかで麗しい大量の薔薇に飾られた女エルフの頬を撫でるアプロディーテ。
「……はい……私です……マスターは……私としか……話しま……せん」
女エルフはたどたどしい言葉で語りはじめた。
アプロディーテは女エルフが命令に従ったことを確認すると、薔薇の花弁の妖精を召喚してソファを二脚作るよう命令した。薔薇の花弁の妖精はコクンと頷くと、アプロディーテの周りを舞いはじめた。
「貴女、名前は?」
「アス……ラ……」
「アスラね。貴女がこのチームのリーダー、そしてこの中で貴女だけがマスターとのコンタクトを許されている」
アスラは無言で頷いた。アプロディーテが他のエルフたちを見渡すと、他のエルフたちも一様に頷いていく。
薔薇の花弁の妖精がアプロディーテの耳元に飛んでいき、ソファが完成したことを囁いた。アプロディーテは真っ赤な花弁で作られたふわふわのソファに気持ちよさそうに埋もれると、【花煙草のキセル】を蒸しはじめた。アプロディーテの様子を窺っていたマグメルも遠慮がちに花弁のソファに座った。マグメルはその花弁の肌触りとその中に埋もれていく心地よさに思わず「ふぁ」と締まりのない声を漏らす。
ソファに腰かけた二人を満足気に見ていた薔薇の花弁の妖精は、赤いつむじ風となって消えた。
「アスラ、貴女のマスターの名前は?」
「……ジェード様」
「貴女がジェードについて知っていることを全て話しなさい」
「マスター……ジェード様は……魔人。硝子の……魔人」
マグメルとアプロディーテは『魔人』という言葉に眉をしかめる。
「触れるもの……全て……硝子に……変えてしまいます。空気さえも……」
アスラの口調が時間とともに滑らかになってきた。アプロディーテは不機嫌そうな表情でそんなアスラをじっと見つめていた。
「他にジェードの能力について知っていることは?」
「マスターの……ダンジョンを中心として……その周りには……無数の硝子の結界が……張られています」
「硝子の結界?」
「……はい。私は結界の中に入ることを……許されていません。硝子の結界の外側に映るお姿しか……見たことがありません」
「もう少し詳しく説明してくれる?」
「硝子の結界は……周りの景色を鏡のように映しだします。その結界の中は迷宮、一度入ると永久に脱出できない……と言われています」
「迷宮……ふぅん、他にジェードについて知っていることは?」
「側近に……一人の僕を置いています。死霊術師……名前はありません」
アプロディーテの顔には明らかな苛立ちが現れていた。
「マスターは側近の他に……二つの部隊を従えています。隊長は……ハーフエルフのクロロ、そして……エルフの私です。クロロが……森の北半分、私が南半分を……管轄しています」
「死霊術師の下には部隊はないの?」
「不死者を……従えています。マスター直属の部隊……動く骸骨、動く屍、数は……際限なく……」
「不死者なんて、最悪……」
アプロディーテの燻らせる紫煙の色がいつものように鮮やかな色ではなく、暗めの色になっているのをマグメルは心配そうに見ていた。
「そのハーフエルフのクロロはどのような能力を?」
「巨大でどう猛な……魔導生物を引き連れています。そういった生物を操れると……聞いたことがあります。彼らについて……詳しくは知りません」
「魔導生物……もう何でもありね。アスラ、他にマスターやその仲間について知っている情報はない? 特徴、秘密、罠とか」
「マスターと側近の死霊術師の姿は……おそらく虚像なのでわかりません。クロロは男性で……黒髪……短髪です。右の頰に……大きな傷があります。部隊の人数は……知りません」
「他に知っていることはもうない?」
「……あり……ません」
アスラは苦しそうな顔で答えた。
「ふぅん、アスラの知っているのはここまでのようね。他のエルフたちは?」
アプロディーテは花弁のソファから立ち上がり、顎のしゃくれた男エルフと目の下にホクロのある女エルフの顔を順に覗きこんだ。マグメルも慌てて立ち上がる。
「マスターは……我々と……クロロの隊を……競わせています。魔素……マジックアイテムをより多く……納めた方に……報奨を」
顎のしゃくれた男エルフが笑みを浮かべながら話しはじめた。マグメルとアプロディーテはアスラの目が一瞬引きつったのを見逃さなかった。
「報奨……あなたたちはマスターに召喚されたわけじゃなさそうね。魔人──ジェードの力に忠誠を誓ったということかしら?」
今度は目の下にホクロのある女エルフがおっとりとした口調で話しはじめた。
「そうです……森で……お会いしたジェード様に……説得されました。他の者も……そうです」
「何と説得されたの?」
「『俺に……ついてくれば、創造神に……より多くの魔素を……奉納できる、この世界で……最も創造神に近づける』と……」
「なるほど。ありがとう、もういいわ」
アプディーテがパチリと指を鳴らすと、エルフたちは瞬時にして頭を垂れ、また深い眠りに落ちていった。
「ジェード……想像以上に厄介ね」
「女神様、もう話してもいいですよね?」
「あっマグメルちゃん、ごめんなさい。もういいわよ」
考え事をしていたアプロディーテは慌てたようにマグメルを見る。
「僕の今の力では魔人ジェードには敵わないことはよくわかりました。でも、彼らを僕の洞窟に誘い込めば女神様の言うように事情は変わる。洞窟を強化しながら、『待ち』の作戦を徹底すればいいということですよね?」
アプロディーテは花煙草の煙を大きく吐き出し、少し間を置いてから答えた。
「この子たちの話を聞く限り、魔人ジェードはかなり慎重な奴だわ。彼はこのエルフの部隊が生きながらにして帰らないことを不思議に思うはず」
「マスターはクリスタルで仲間が生きていることを確認できますからね。でもダンジョンの外だと、仲間の位置まではわからない……連絡がないとそりゃ慎重になりますね」
「ええ。この子たちの管轄エリア、私たちの洞窟があるエリアでの行動は慎重を期すでしょうね。攻め方をがらっと変えてくるかもしれない。基本、待ちの戦略は変えないけど、それ以外の戦略も持っておくべきだわ。早くクユンシーラと接触して、彼女の情報をもらいましょう」
「そうですね、わかりました。その前にひとつだけ質問いいですか? 女神様はなぜ、僕をここまでして助けてくれるのですか?」
マグメルの意外な質問にアプロディーテは驚きの表情を浮かべたが、その表情はすぐに笑みへと変わる。
「前にも言ったけど、私を召喚によりこの地へ導いてくれた貴方を無条件で愛して護りぬくこと、それが私の運命。召喚主と召喚された者の間に成立する不変の真理よ。逆に貴方はなぜ私の言うわがままを聞いて、大切にしてくれるの?」
「そ、それは……」
マグメルの顔が真っ赤に変わっていく。
「なぜだかわかりませんが、僕が召喚したからには──神様から授かったからには無条件で大切にしたいと思うのです」
「それだけかしら? うふふ、まぁいいわ」
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