星空の戦闘機 18歳の特攻兵。幼馴染の二人。あのときあなたは約束しました。「きっと君を迎えにいくと」

花丸 京

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12 さあ南の島へ飛べ

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「おーい」
呼んでいる声がきこえた。
波の音がざわめいていた。
風に吹かれる椰子やしの葉。
どんぐりさんが、飛行服を着て立っている。
かたわらには、ぴかぴかに磨かれた戦闘機飛燕ひえんが両脚をかまえている。

村の男たちの力で、うまいこと部品を調達したようだった。
細かい部品は破損をまぬがれ、生きていた。
あとは大きめの部品だった。
石のように固い木を一日一ミリづつ削り、造り上げた。

戦闘機の飛燕は、左右いっぱいに翼をひろげていた。
翼には、真っ赤な日の丸が描かれている。
「これから、飛んでみるから見てろよ」
どんぐりさんが、島の人にいった。
燃料はどうしたのだろう。
油の木から採取したものを、蒸留じょうりゅうしたのか。

「ぶるるるん」
プロペラが回りだした。
腰蓑こしみのひとつの土人たちが、すこしはなれた木陰にならんでいる。
驚異きょういの眼で見守っている。
エンジンが唸りだす。
プロペラが空気を切り裂く。
きーんと回転音が高まる。

飛行機が、浜辺のひろい海岸を走りだした。
ふわっと機体がかすかに浮かぶ。
浮力を確認したところで、どんぐりさんはスロットをもどした。
砂浜をぐるっと廻ってもどってくる。
プロペラの風で、海辺が台風のように大騒ぎになった。
エンジンのスイッチを切り、飛行機からおりてくる。
「ちょっとした飛行なら、部品はもちそうだな」
どんぐりさんは微笑ほほえみ、うなずいた。。

「こういうもの、どうしてつくったんだ」
村のリーダーが魂消たまげた顔できいてくる。
「遠くへいくためだ」
「遠くへいくのは、鳥にまかせればいい」
「でもおれは遠くへいかなければならない」
「なんでだ」
「嫁さんをつれてくるんだ」
「嫁さんだって?」
「どこにいる」
「ずっとむこうだ」
「それで、この大きな鳥をだいじにしてるんだな」
「むかえにいくって、約束してある」
「はやくつれてきてくれ。一緒になかよく 暮らそう」


半年後、かのんは病院を退院した。
内臓をやられ、手足も麻痺したが、けんめいのリハビリで快復した。
自分がいなくなればと考えた地上げ屋たちの仕業だろうか。
ビルマから嫁さんを連れてきた医者の晴男やすお、いつか医学生になった靖男の一人娘の花子、絵付け師の由比、かのんの花屋の近所の人達、みんな言った。
「犯人はあの連中にきまっている。ふざけたやつらだ」
はらわたが煮えくりかえるほどに怒った。
だが、証拠がないかぎり、法的な手段はとりようがなかった。
しかし退院したそのとき、株は暴落し、狂乱物価は収まった。
地上げ屋が存在しなくなったのだ。
あっというまだった。
世の中は、どんどん変わっていった。

かのんは、また花屋の主にもどった。
狂乱物価の時代が去り、時は静かにながれた。
かのんは、由比ひゆに教わった花の水彩画を熱心に描きだした。
アイリスやハナミズキジャスミン、花ショウブ、アザミ、ホウセンカ、コスモス、キキョウ、ワレモコウ、ウメ、ナンテン、ボケ……。
絵の腕は、かなりあがった。

「これで、花の手拭作ろうよ」
由比の提案だった。
由比は結婚していなかった。
その代わり弟子が二人もいた。
あいかわらず二人は、互いの家を行き来していた。
花屋でも花の手拭を売った。
花の手拭はみんな売れた。
「パンダ以来の売れ行きだってさ」
由比は面白がった。
「かのんさんの絵には、可憐かれんさびしいものがあふれている。知らないうちに心をうたれてる」
名の知れた絵師が、めてくれた。

絵を描いているときは、楽しかった。
生きている花たちが、いまにも花びらを震わせそうだった。
B-29の焼夷弾しょういだんで焼かれていった一人ひとりの生命が、そこによみがえっているようだった。
かのんは、一つ一つのたましいをていねいに描いていった。

そこには、黙って消えていったお父さんやお母さんがいた。
米一俵とルビーを交換し、ピストルで撃たれた服部もいた。
夜の街で男を誘って生きてきたサクラのマキさんもいた。
ジョーの庇護ひごで花を売ってきた花売り娘もジョー自身もいた。
親兄弟をなくし、上野や新橋をさまよっていた少年少女たちもいた。
もちろん、多くの特攻隊たちも陸軍海軍の兵隊さんたちもみんながいた。

手拭よりも、絵そのものが売れるようになった。
かのんはいつのまにか、絵描きになっていた。それでも花屋はやめなかった。
その日に入荷した花たちが、自分を描いてくれと、懸命けんめいに自分に訴えていた。
スケッチブックを手に、水彩絵の具を画用紙に滲ませているうち、一日がすぎていく。

昭和の時代が、平成の時代に変わった。
毎日が充実していたが、交通事故の後遺症がでてきいた。
寒い日には、足と腰が痛んだ。
松井医院の女医さんの花子さんがきて、診察してくれた。
女医の花子さんは、忙しい合間をぬって、かのんと由比を車で誘った。
郊外に野草やそうを見にいくのだ。
花子自身が、日本の野の花が好きだった。
野原であればどこでもよかった。
川原にもよくでかけた。
かのんは車椅子を使うようになった。


県外のある小さな川原を訪れたときだった。
かのんは、頭上を飛ぶ大型の双発機を目にした。
爆音がとどろいていた。
小さな単発機も飛んでいた。
近くに航空自衛隊の基地があったのだ。
かのんは、飛び去った飛行機からた目の前に視線を移した。

川のむこうの林のなかの建物が目についた。
建物は林の中でしっくりと馴染なじんでんでいた。
女医の花子の運転で、小さな橋をわたった。
そこは老人ホームだった。
古いが、しっかりした煉瓦造りのシックなデザインの建物だった。

ホームのなかを見学させてもらった。
かのんは、ロビーの正面をおおう大窓が気にいった。
青い空と雲と、飛んでいる鳥や飛行機が見えた。
大型の双発練習機の爆音がかすかにきこえた。
さっき飛んでいったが、旋回でもしているのか。
かのんは、大窓を見あげた。
真っ青な空を突っ切り、飛燕が飛んでくるような気がした。
どこかからか、どんぐりさんがやってきそうだった。

老人ホームの庭は、青々とした枝と葉のひろがる梨の畑になっていた。
「わたし、絵を描きながら、ここに住みたい」
老人ホームのロビーで、かのんは二人に告げた。
たしかに、花屋はもう限界だった。
かのんの内臓器官がすこしずつ機能しなくなっていることを、女医の花子は知っていた。
施設の係員にきいてみると、近くには総合病院もあるという。
さらに数年たったら、近くの森のなかに移転する予定だともいう。
そこにもロビーに大きな窓があるという。
かのんは決心した

店からは、絵や慣れ親しんだ生活道具と、古い昔の大学生が被っていた角帽かくぼうをもってきた。
なぜそんな角帽をもっているのか、だれもわけを知らなかった。
深川の父母が残してくれたかのんの家には、アパートが建っていた。
不法占拠人が立ち退いたあとの場所だった。
そのアパートは、もとの夜の女性たちがたくさんいた。
特攻の将校の奥さんだった、サクラのマキさんへの恩返しのつもりだった。

かのんは、ホームですぐに人気者になった。
みんながあっとおどろく美しい花の絵を描いたからだ。
ホームの住民は、かのんが花の絵を描く画家だとは知らなかった。
由比も、相変わらずのおかっぱ頭でたずねてきた。
くるたびに、手紙、みつからないんだよね、ごめんね、と謝った。
かのんは、ホームで仲良くなった人たちと話をし、絵を描き、大窓から空をながめた。
時には写生をしに、外にでていった。


ある日、目が覚めたとき、花を描こうという気力がなくなっていた。
からだ全体が重く、だるかった。
気力が完全に失せていた。
その代わり、無性むしょうににどんぐりさんに会いたくなっていた。
かのんは、大窓のあるロビーまで、車椅子を押してもらった。
そこに座って、空を見た。

青空に白い雲が浮かんでいた。
航空自衛隊の大型の練習機が飛んでいた。
ひらひらと大きな木の葉が落ちてきた。
目の前の庭は、道路の幅だけ梨畑がつぶ「されていた。
道はまっすぐ正面までのびてきて、そこで止まっていた。老人ホームの移転をまっていたのだ。

真夏の太陽を浴び、アスファルトが白く光っていた。
クマゼミが鳴いていた。
みんみんゼミも鳴いていた。
ヒグラシが鳴いたような気がした。

目を覚ますと、夕方になっていた。
看護婦さんがようすを見にきた。
「とても気分がいい。だからまだここにいる」
かのんは答えた。
夕食をとる気力はなかった。
看護士さんが夏がけを肩からかけた。
「用があったら、ボタンを押してくだい」
非常呼び出し用のボタンを、膝に上に置きなおした。

何度か、うとうとした。
夜になっていた。
看護士さんが、何度も見回りにきた。
だが、今夜は気分がいいので、このままがいいとかのんはいった。
月がでていた。
星が輝いていた。
どこか遠くで、爆音がきこえていた。
ときどき、夜の練習機が飛んでいた。
その音が、だんだん近づいてきた。
すると、梨畑のなかのアスファルトの道が、ぱっと浮きあがった。
道の左右にならんだ路肩の照明灯ともったのだ。

飛行機のエンジン音が近くなった。
突然、夜空に一機の飛行機がひらりと姿を見せた。
飛行機は、ホームの上空で翼を傾けた。
そして、大きく旋回した。
翼には、赤い日の丸が描かれていた。
飛行機は低空飛行に移り、そのまま正面から着陸姿勢にはいった。

きゅーんと空気が切り裂かれた。
聞き覚えのある戦闘機の音だった。
「飛燕……」
かのんはつぶやいた。
飛燕は、まっすぐ道路を滑走してきた。
日の丸をつけた左右の翼が、小刻みに揺れた。


風防ガラスのなかに、飛行服をつけた一人の男がいた。
飛行機は、道の先端まできてぴたりと止まった。
プロペラがゆっくり動いていた。
風防ガラスが開き、白いマフラーをつけた男がでてきた。
男は手をふった。まだ少年だった。
少年は、操縦席で被っていた飛行帽をとった。
坊主頭のてっぺんが、とんがっていた。

「どんぐりさん」
かのんは、車椅子からたちあがった。
かのんは、ふらつく足で、ロビーの大窓の下にあったドアを開けた。
どんぐりさんも飛行機からおり、梨の木の枝をくぐって庭にでてきた。
「松井一郎伍長、ただいま、かのんさんを迎えにあがりました」
十九歳の紅顔の少年は帽子を被りなおし、両足をそろえ、敬礼けいれいルビを入力…をした。

「どんぐりさん、まってたよ」
「かのん、約束どおり、やってきたよ」
「ありがとう」
「会いたかった」
「わたしも会いたかった」
「またせて、ごめんな」
かのんは、十五歳のおかっぱの娘になっていた。

おかっぱの髪の毛が、プロペラの風でなびいた。
「さあ、いこうか」
どんぐりさんが、手をだしてきた。
かのんはどんぐりさんの手をとった。
二人は手をつないで戦闘機にむかって歩きだした。
「さあ、こっから上にあがって」
かのんは、どんぐりさんに飛行機の翼におしあげられた。

かのんは、縦席に座ったどんぐりさんの膝の上に座った。
「きゅうくつだけど、かのんは小さくて軽いからなんでもないさ」
「うれしいな、一緒に飛べるんだもの」
「ずいぶんまっただろう」
「まったよ。でも、絶対くるって、信じてた」

「さあ、いくぞ」
エンジンの回転があがった。
機体が、滑走路をぐるうっと半回転しは》んだ。
そして戦闘機は、ぎゅーんと風を切った。
滑走し、空中に舞いあがった。
日の丸をつけた戦闘機、飛燕は老人ホームの上空を二回旋回した。
そして、遠い南の島を目指し、飛んでいった。

                   ●12章終 星空の戦闘機 完了
                                    
                                   

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