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ヴァンパイア編。

92.なに真剣な顔で親バカ全開してンのっ!?

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「? なんだ、お前の知り合いか? アル」

 赤銅しゃくどう色の髪の青年が言った。

「…商売上の。オレも手伝いますよ」
「あ? お前は見てろ。まだ顔色悪ぃンだから」

 彼の言葉で、気付く。アレクさんの気怠げな様子は、見慣れたものだということに。

 若干悪い顔色。それは、アレクさんが家にいるときによく見ているものだ。

「アルさん。具合いがよろしくないのであれば、無理はなさらないでください」

 気まずそうな翡翠を見下ろす。

「大丈夫ですよ」

 大丈夫。貴女は、いつもそう言う。

 そう言って、龍胆むすこの為に身を削る。

 そんな貴女の体調が悪いと、胸が痛む。罪悪感に駆られる。例え、今は龍胆リンドウが関係無いとしても。
 貴女の心配をするのは、もう条件反射になってしまっているようだ。

「今すぐ血液を手配します。とりあえずは、これで我慢してください。どうぞ」

 手持ちの血晶けっしょうを全部アルさんへと渡し、飲むようにと促す。

「? なんだ、そりゃ」
「血液を圧縮して結晶化させた物です。ヴァンパイアの非常食のようなものですよ」
「へぇ…ってことは、アンタもヴァンパイアか?」

 青年の飴色の瞳が、剣呑さと緑みを帯びる。

「はい。アクセルと申します」
「ヒューだ。それで、どういうつもりだ?」
「どう、とはどういう意味でしょう?」
「ヒュー。このヒトは大丈夫だよ。このヒトも…ヴァンパイアの血が濃いけど、混血だからね」

 アレクさんがヒュー君を見上げる。

「ああ、そういう意味でしたか。はい。わたしも、混血ですよ。ハーフではありませんが・・・というか、先祖に人間や獣人の方が若干いるので、アルさんや通常のハーフの方よりも血が色々と混ざっていると思います。わたしは、一族の中では、ヴァンパイアの血が濃く出ている方ですね」

 ブライト家は代々、ヴァンパイアの血が濃く出ているモノを当主としている、世襲制ではない珍しい家だ。

 当主となったモノは純血至上主義の方や、混血を侮るような方との矢面に立たなくてはならない。拠って、一族の中では多大な尊敬と憐れみとを一身に集めている、非常に不人気な地位となる。

「アンタもか…」

 ぼそりと呟くヒュー君。緑みと剣呑さがせた瞳が飴色に戻る。アンタも、とは誰のことか……今のは聞かなかったことにしておこう。

 ただ、アレクさんが大切にされていることは判った。それは、とても重要なことだ。

 懐からメモ帳とペンを取り出し、さっと血液を手配するよう走り書き。馬車に乗せていた鳥籠から鳩を出し、その脚に括り付けられた筒にメモを入れ、鳩を飛ばす。

「おお、伝書鳩か」
「はい。自分で走った方が早いとは思いますが、人目があると面倒なことになりますからね」

 昼間の急ぎの用事には伝書鳩をよく使う。

「別に、そこまでしなくても…」
「アルさん。どうぞ、飲んでください」

 ばつの悪そうな翡翠を、にっこりと笑顔で見下ろす。「貴女を、わたしが放っておけると思っているんですか?」という意味を籠めて。

「・・・わかりましたよ」

 渋々しぶしぶ血晶を口にするアレクさん。

「ところで、アルさん。先程は元気だったように思うのですが、なにかありましたか?」

 ムッとアレクさんの眉が寄る。これは、聞かれたくないときの顔だ。

「なんでもありませんよ。それより、荷物移動させなくていいんですか?」

 確かに。今はそういう名目だった。話をすり替えるとは、困ったアレクさんだ。と、

「思ったより早く届いたのね…って、なんでブライトさんがここにっ!?」

 アマラさんが船から出て来て驚いている。

「はい。こんにちは、アマラさん。ご注文の品をお届けに参りました」
「お届けって、アナタ一人でですかっ!?」
「はい。わたし一人ですね」
「? なんだ、アマラも知り合いか?」
「さっき、知り合ったの。・・・ヒュー、ジンを呼んで荷物はアンタ達で運びなさい」
「は? いや、アマラ」
「お黙り! アタシはブライトさんをおもてなしするから、アル。アンタも来なさい」
「わかった」
「では、ブライトさんはこちらへどうぞ」

 アマラさんに船内へと招かれる。

 少し、予定が狂った。船に荷物を運び入れながら船内を見て、それからアマラさんと話をする予定だったが・・・まあ、いいだろう。

「では、お言葉に甘えてお邪魔致します」

 にこりと微笑む。アレクさんが微妙な顔をしているが、それは気にしない。

※※※※※※※※※※※※※※※

 アクセルさんがアマラの船にやって来た。

 姉さんからの手紙を渡す為?

 それなら、わざわざ一人で来る必要は無い。オレを知っている使用人を連れて来ればいい筈だ。

 それか、使い魔で連絡を付ければいい。

 なのに、アクセルさんはわざわざ一人で来た。

 意図がわからない。

 なぜか応接室で顔を合わせている。アマラと、三人で・・・

 アマラと商品についてのやり取りが交わされる。代金と、オマケが・・・どうのこうの。

 なんなんだ? と、口には出さずに顔を見るが、アクセルさんはにこにこと微笑むだけ。

 彼は百戦錬磨、海千山千の商人。

 対人や社交スキルの低いオレに、その意図を察することは、容易ではない。

 オレには興味無い服飾についてのやり取りが続き・・・ここにいる意味あるか? と思った頃。

「ところで、アマラさん」
「なんでしょう? ブライトさん」

 アクセルさんの笑顔が消えて真剣な表情へと変わった。なんだ? アマラになにを言うつもりだ?

「アマラさんは一体、アルさんへどのようなドレスを作る予定でしょうか?」
「は?」
「ふっ、それは無論、アルに似合う物に決まってるじゃないっ!?」

 アマラが胸を張る。

「では、このようなドレスなど如何でしょう?」

 パッと白いドレスを取り出すアクセルさん。やたらヒラヒラフリフリのそれには、見覚えが・・・

「成る程、ヒラヒラフリフリの甘々ロリドレス」
「はい。これはうちの可愛い姫がアルさんにデザインしたドレスです」

 鈴蘭スズランがオレに着せたいドレスとして描いていたデザイン画を、わざわざ実物作った挙げ句、こんなところまで持って来るとは・・・

「なんだその親バカっ! そんなことが言いたくてわざわざここに来たのかっ、あなたはっ!?」
「なにを言いますか、アルさん。貴女に着てほしいと、一生懸命に我が家の姫がデザインしたドレスですよ? ようやくできあがったのですから、まずは貴女に見せるべきでしょう?」

 キリッとした真剣な顔でそんなことを主張するアクセルさん。鈴蘭スズの名前を出さない為か、姫呼ばわりで益々親バカに見える。

「なに真剣な顔で親バカ全開してンのっ!?」
「さあ、遠慮無く着てください。アルさん」
「いや、着ないよっ!? 似合わないからっ!?」
「なぜです? 姫に、アルさんのドレス姿の感想を聞いて来るようにとせがまれているんですよ? よもやアルさんは、姫の要望を蹴る気ですか?」
「ぅ…それは・・・」
「なに? アナタ達、家族ぐるみのお付き合いしてたりするの?」

 パチパチとまばたくアイスブルー。

 親族だから、とは言わないけど。

「はい。うちの姫も混血ですからね。アルさんにとても懐いているんです」
「ああ、そういう繋り・・・」

 アマラが納得した。

「へぇ…」

 しげしげと、白いヒラヒラフリフリ甘々ロリドレスを眺めるアイスブルー。

「アルにはちょっと…いえ、かなり可愛過ぎるんじゃないかしら? イタいわよ」
「だよねっ!? こんなヒラヒラフリフリ着るとか、年齢的に絶対アウトだよねっ!?」
「まあ、姫の要望が、お姫様のようなアルさんを見たいというものでしたからね。アルさんに似合う物というよりは、自分がアルさんへ着せたい物という印象が強く出ていますね」
「けど、一応アンタにも似合わなくはないわよ? 黙っていれば、だけどね? 着てみなさいよ」
「ぉおう・・・なんだそのはずかしめ…」
「成る程、アルさんは姫のデザインしたドレスがそんなに嫌だと・・・姫が涙を飲む姿が見えます……」
「くっ…あの子の泣く姿と、このヒラヒラフリフリ甘々ロリドレスを着るか・・・なんて二択だっ!? …とか言うと思ったか? 嫌なものは嫌だ。着ません」

 作っても絶対着ないからとスズに宣言済みだ。ねていたが、シックなドレスならかく、ヒラヒラフリフリは嫌いだ。

 年齢考えたら、かなりイタいだろう。

「チッ…駄目ですか…」
「舌打ちですか…」
「アルさんの気のせいです」
「本当に仲良いのね」

 茶番にツッコミを入れるハスキー。

「はい。アルさんは女性や子供に甘いですから」
「…こんなとこで親バカ全開を出すあなたに言われたくないですよ」
「それで、アマラさんはアルさんにどのようなドレスを着せるのか教えて頂けませんか?」
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