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ヴァンパイア編。
91.お得意様へ顔繋ぎに、でしょうか?
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久々に再会した彼女は、うちの店の上得意の真珠の君と呼ばれる方と行動を共にしていた。
真珠の君ことアマラ・コーラルという名の彼は、ある意味ではとても有名な存在だ。
出奔した人魚の王族候補として・・・
人魚の女性の、交渉係以外の方々は、意外と口が軽い。彼女達の信頼を得るまでは大変だが、買い物をしていると、女性同士で勝手にお喋りをしてくれる。この辺りは人外も人間もそう変わらない。古来より女性はお喋りなもの。
後は店員として、彼女達の会話を聞いてない振りをしていればいいだけだ。
それにしても、あのアレクさんがアマラさんに懐いているとは驚きだ。彼女は警戒心が強い。
それも、彼女の出自を思えば当然のこと・・・万能薬に近しい血を持つ、アダマスの秘匿されし美しい姫君。ローレル様が彼女をエレイスに守らせ、大切に隠すのも道理。
彼女との付き合い自体は一世紀程になるが、わたしを信用してくれるようになったのは椿さんと結婚して・・・龍胆が生まれてからになるだろう。
わたしが、アクセル個人として、アダマスを裏切ることは、絶対に無い。
けれど、アマラさんは・・・
リリアナイトさんと同じ人魚だからだろうか?
それとも…彼がキツめの迫力美人だから?
椿さんも、少々キツめの迫力美人。アレクさんは、椿さんのことが大好きだ。彼女達は、見た目は似ていないが、とても仲の良い姉妹。
本当に、仲が良くて・・・
偶に、痛々しいと感じることがあるくらいだ。
アレクさんとこの街で再会したのは偶然。
彼女がアダマスの家とエレイスの家から出されたことは知っていた。船旅をしていることも。
けれど、この街に来ているとは・・・
それにアレクさんは、ローレル様のことを知らされていないようだった。
ローレル様が、意識不明で伏せっていることを。
ローレル様の意図か、フェンネル君の意図か・・・エレイスの意図ということもある。
どうするか逡巡して・・・アマラさんもいたので、結局は伝えることをやめた。
だから代わりに、フェンネル君がアレクさんを呼ぶ準備をしているということを伝えた。
アレクさん達が出て行った後で、伝えるべきかを椿さんに聞いてみると、「知らされていないというなら、父様のことはアレクには黙っておきな。旦那様」という返事が返って来た。
椿さんも、アレクさんには伝えない方針。
アレクさんを蚊帳の外にするようだ。
フェンネル君の方針には頷けないことも多いけど、椿さんが言うのであれば様子を見ようと思う。
とりあえずは、アマラさんの注文の品を準備して届けよう。そのついでに・・・
大量の布地や何種類もの糸。レース編みの布地、フリル、リボン、毛糸、ボタン。そして、裁ち鋏や針、糸切り鋏などの裁縫道具を用意してジャンルごとに木箱に詰める。
注文の品に漏れが無いかチェック。
そして、アマラさんが気に入りそうなオマケを付け足して・・・馬車へ積み込む。
アレクさんのドレスを作るそうなので宣言通り、大盤振舞いさせてもらう。
アレクさんは、自分の美貌に無頓着だ。
というか、案外ものぐさなところがある。
彼女が家にいた頃は…あの美しいプラチナブロンドだって、面倒だからと櫛やブラシで梳かさずに手櫛で後ろに適当に括るだけ。椿さんに、「髪が鬱陶しいから切ってよ、姉さん」と言って却下されたりなど・・・
まあ、龍胆に血をあげて毎日貧血だったからというのもあったからだろうけど、彼女はあまりに自分の美貌に無頓着だ。
それはシーフ君にも言えることだが・・・
アレクさん本人は、綺麗なモノや可愛いモノが好きだというのに、自分が着飾ることは好きではないらしい。この前、鈴蘭にせがまれてファッションショーをさせられて何度も着替えさせられていたときなど、龍胆と二人して、目が軽く死んでいた。
ちなみに、そのときはシーフ君も一緒にいたが、彼は基本的にごろごろして動かない。なので鈴蘭は、最初からシーフ君を着替えさせようとはしなかった。彼は、ごろごろしながら偶に起きてファッションショーを眺めていた。
あのときは、十時間以上にも及ぶファッションショーにぐったりしたアレクさんを見兼ねた椿さんが、鈴蘭を叱ることでお開きになった。
そしてアレクさんは、龍胆と二人して椿さんに呆れられていた。「アホかい? アンタ達は。具合いが悪いンなら、断りな」「けどさ、姉さん。スズが寂しそうだったから…」膨れっ面の鈴蘭を抱き上げたアレクさんが困ったように言うと、「こんな甘やかしをする方が鈴蘭の教育に悪い。アレク、鈴蘭を降ろしな」と、椿さんがピシャリと言った。「ぅ…ごめん、姉さん」「すみません、母様」むくれる鈴蘭を降ろして項垂れたアレクさんと龍胆。二人の容姿は全く似ていないのに、どこか似ていた。
そんなことを思い出しながら馬車に揺られること数十分。港へ到着した。
アマラさんの船は・・・と、気怠げに船縁に凭れているアレクさんを発見した。
昼間に出歩くときは、あの特徴的なプラチナブロンドを帽子に隠しているが・・・
だらんとしていたアレクさんが、わたしを見てぎょっとしたのが見えた。御者台から手を振ると、溜息を吐いたアレクさんが、ひょいと船縁に立ち飛び降りた。トン、と軽やかな着地。
こちらへ向かって来る。
「・・・アクセルさん」
わたしを見上げる銀の浮かぶ翡翠。
「はい」
「なんであなたが?」
「お得意様へ顔繋ぎに、でしょうか?」
「・・・そうですか」
「それと、これを」
椿さんからの手紙をアレクさんへ渡す。
「……わざわざありがとうございます」
「いえいえ。感謝するのはこちらの方ですよ。貴女のお陰で、うちの子が助かっていますから」
ひっそりと返す。
「・・・元気ですか?」
名前を出さずに言う心配そうな表情が、
「はい。元気にしていますよ」
わたしの答えでほっとしたように柔らかく微笑んだ。
わたしが直接来たことで、龍胆になにかあったのかと思わせてしまったようだ。
この方は本当に・・・椿さんとうちの子達を愛してくれているというのがよく判る。
アダマスの方々の愛情は、とても深い。
身を削ってくれたアレクさんとシーフ君を筆頭に、ローレル様やフェンネル君も・・・
ローレル様とフェンネル君がアレクさんを止めていれば、息子は助からなかっただろう。
むしろ、フェンネル君が止めなかったことを疑問に思った。彼が、アレクさんと椿さんを溺愛していることを知っているから余計に・・・
けれど、アダマスの皆さんが、龍胆の命を惜しんでくれたのだと判った。
一度、アレクさんに訊いたことがある。椿さんもシーフ君も、誰いないときに…「なぜ、龍胆の為にそこまでしてくれるのですか?」と。アレクさんは、首を傾げて言った。「姉さんが好きだから。悲しむ顔を見たくない。それ以外になにがある? あなたも一緒だろう?」と。事も無げに・・・
それをできるヒトが、どれだけいることか・・・
「アルちゃん? どこー?」
と、アレクさんを呼ぶ知らない男の声がした。
「こっちですっ、ジン!」
ひょいと船の上から顔を覗かせたのは、銀髪で眼鏡を掛けた白衣の男性。
「ああ、荷物来たんだっ?」
「はいっ!」
「ちょっと待っててっ! アマラ呼ぶから!」
そう言って眼鏡の男性が引っ込んだ。
「だそうです」
「はい」
少しして、船の側面が開いて橋が掛かる。そして、今度は赤銅色の髪に飴色の瞳、よく日に焼けた肌の青年が中から出て来た。
「荷物はどれだ?」
低い声が言う。
「こちらになります」
「・・・マジ、か…」
馬車の扉を開けると、青年の顔が引きつった。
「はい。アマラさんのご注文の品々になります。お届けに上がりました。かなり多いですからね。荷物の積み込みも、お手伝い致しますよ?」
「ああ…助かる」
「・・・アクセルさんがするんですか?」
「はい。お得意様ですからね」
胡乱げなアレクさんへ微笑む。
アレクさんが滞在する船の中を、見ておきたい。中に入れるチャンスは活用しないと・・・
真珠の君ことアマラ・コーラルという名の彼は、ある意味ではとても有名な存在だ。
出奔した人魚の王族候補として・・・
人魚の女性の、交渉係以外の方々は、意外と口が軽い。彼女達の信頼を得るまでは大変だが、買い物をしていると、女性同士で勝手にお喋りをしてくれる。この辺りは人外も人間もそう変わらない。古来より女性はお喋りなもの。
後は店員として、彼女達の会話を聞いてない振りをしていればいいだけだ。
それにしても、あのアレクさんがアマラさんに懐いているとは驚きだ。彼女は警戒心が強い。
それも、彼女の出自を思えば当然のこと・・・万能薬に近しい血を持つ、アダマスの秘匿されし美しい姫君。ローレル様が彼女をエレイスに守らせ、大切に隠すのも道理。
彼女との付き合い自体は一世紀程になるが、わたしを信用してくれるようになったのは椿さんと結婚して・・・龍胆が生まれてからになるだろう。
わたしが、アクセル個人として、アダマスを裏切ることは、絶対に無い。
けれど、アマラさんは・・・
リリアナイトさんと同じ人魚だからだろうか?
それとも…彼がキツめの迫力美人だから?
椿さんも、少々キツめの迫力美人。アレクさんは、椿さんのことが大好きだ。彼女達は、見た目は似ていないが、とても仲の良い姉妹。
本当に、仲が良くて・・・
偶に、痛々しいと感じることがあるくらいだ。
アレクさんとこの街で再会したのは偶然。
彼女がアダマスの家とエレイスの家から出されたことは知っていた。船旅をしていることも。
けれど、この街に来ているとは・・・
それにアレクさんは、ローレル様のことを知らされていないようだった。
ローレル様が、意識不明で伏せっていることを。
ローレル様の意図か、フェンネル君の意図か・・・エレイスの意図ということもある。
どうするか逡巡して・・・アマラさんもいたので、結局は伝えることをやめた。
だから代わりに、フェンネル君がアレクさんを呼ぶ準備をしているということを伝えた。
アレクさん達が出て行った後で、伝えるべきかを椿さんに聞いてみると、「知らされていないというなら、父様のことはアレクには黙っておきな。旦那様」という返事が返って来た。
椿さんも、アレクさんには伝えない方針。
アレクさんを蚊帳の外にするようだ。
フェンネル君の方針には頷けないことも多いけど、椿さんが言うのであれば様子を見ようと思う。
とりあえずは、アマラさんの注文の品を準備して届けよう。そのついでに・・・
大量の布地や何種類もの糸。レース編みの布地、フリル、リボン、毛糸、ボタン。そして、裁ち鋏や針、糸切り鋏などの裁縫道具を用意してジャンルごとに木箱に詰める。
注文の品に漏れが無いかチェック。
そして、アマラさんが気に入りそうなオマケを付け足して・・・馬車へ積み込む。
アレクさんのドレスを作るそうなので宣言通り、大盤振舞いさせてもらう。
アレクさんは、自分の美貌に無頓着だ。
というか、案外ものぐさなところがある。
彼女が家にいた頃は…あの美しいプラチナブロンドだって、面倒だからと櫛やブラシで梳かさずに手櫛で後ろに適当に括るだけ。椿さんに、「髪が鬱陶しいから切ってよ、姉さん」と言って却下されたりなど・・・
まあ、龍胆に血をあげて毎日貧血だったからというのもあったからだろうけど、彼女はあまりに自分の美貌に無頓着だ。
それはシーフ君にも言えることだが・・・
アレクさん本人は、綺麗なモノや可愛いモノが好きだというのに、自分が着飾ることは好きではないらしい。この前、鈴蘭にせがまれてファッションショーをさせられて何度も着替えさせられていたときなど、龍胆と二人して、目が軽く死んでいた。
ちなみに、そのときはシーフ君も一緒にいたが、彼は基本的にごろごろして動かない。なので鈴蘭は、最初からシーフ君を着替えさせようとはしなかった。彼は、ごろごろしながら偶に起きてファッションショーを眺めていた。
あのときは、十時間以上にも及ぶファッションショーにぐったりしたアレクさんを見兼ねた椿さんが、鈴蘭を叱ることでお開きになった。
そしてアレクさんは、龍胆と二人して椿さんに呆れられていた。「アホかい? アンタ達は。具合いが悪いンなら、断りな」「けどさ、姉さん。スズが寂しそうだったから…」膨れっ面の鈴蘭を抱き上げたアレクさんが困ったように言うと、「こんな甘やかしをする方が鈴蘭の教育に悪い。アレク、鈴蘭を降ろしな」と、椿さんがピシャリと言った。「ぅ…ごめん、姉さん」「すみません、母様」むくれる鈴蘭を降ろして項垂れたアレクさんと龍胆。二人の容姿は全く似ていないのに、どこか似ていた。
そんなことを思い出しながら馬車に揺られること数十分。港へ到着した。
アマラさんの船は・・・と、気怠げに船縁に凭れているアレクさんを発見した。
昼間に出歩くときは、あの特徴的なプラチナブロンドを帽子に隠しているが・・・
だらんとしていたアレクさんが、わたしを見てぎょっとしたのが見えた。御者台から手を振ると、溜息を吐いたアレクさんが、ひょいと船縁に立ち飛び降りた。トン、と軽やかな着地。
こちらへ向かって来る。
「・・・アクセルさん」
わたしを見上げる銀の浮かぶ翡翠。
「はい」
「なんであなたが?」
「お得意様へ顔繋ぎに、でしょうか?」
「・・・そうですか」
「それと、これを」
椿さんからの手紙をアレクさんへ渡す。
「……わざわざありがとうございます」
「いえいえ。感謝するのはこちらの方ですよ。貴女のお陰で、うちの子が助かっていますから」
ひっそりと返す。
「・・・元気ですか?」
名前を出さずに言う心配そうな表情が、
「はい。元気にしていますよ」
わたしの答えでほっとしたように柔らかく微笑んだ。
わたしが直接来たことで、龍胆になにかあったのかと思わせてしまったようだ。
この方は本当に・・・椿さんとうちの子達を愛してくれているというのがよく判る。
アダマスの方々の愛情は、とても深い。
身を削ってくれたアレクさんとシーフ君を筆頭に、ローレル様やフェンネル君も・・・
ローレル様とフェンネル君がアレクさんを止めていれば、息子は助からなかっただろう。
むしろ、フェンネル君が止めなかったことを疑問に思った。彼が、アレクさんと椿さんを溺愛していることを知っているから余計に・・・
けれど、アダマスの皆さんが、龍胆の命を惜しんでくれたのだと判った。
一度、アレクさんに訊いたことがある。椿さんもシーフ君も、誰いないときに…「なぜ、龍胆の為にそこまでしてくれるのですか?」と。アレクさんは、首を傾げて言った。「姉さんが好きだから。悲しむ顔を見たくない。それ以外になにがある? あなたも一緒だろう?」と。事も無げに・・・
それをできるヒトが、どれだけいることか・・・
「アルちゃん? どこー?」
と、アレクさんを呼ぶ知らない男の声がした。
「こっちですっ、ジン!」
ひょいと船の上から顔を覗かせたのは、銀髪で眼鏡を掛けた白衣の男性。
「ああ、荷物来たんだっ?」
「はいっ!」
「ちょっと待っててっ! アマラ呼ぶから!」
そう言って眼鏡の男性が引っ込んだ。
「だそうです」
「はい」
少しして、船の側面が開いて橋が掛かる。そして、今度は赤銅色の髪に飴色の瞳、よく日に焼けた肌の青年が中から出て来た。
「荷物はどれだ?」
低い声が言う。
「こちらになります」
「・・・マジ、か…」
馬車の扉を開けると、青年の顔が引きつった。
「はい。アマラさんのご注文の品々になります。お届けに上がりました。かなり多いですからね。荷物の積み込みも、お手伝い致しますよ?」
「ああ…助かる」
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