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ヴァンパイア編。

141.残る夢の余韻に、少し寂しく思います。

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 アダマス本邸。温室にて――――

 真冬だというのに、とりどりの色鮮やかな花が咲き誇る温かい温室。花の香りが漂う中、あつらえられたテーブルに、最高級のお茶やお菓子がところ狭しと並べられています。

 ただ、一人をおもてなしする為に。

「・・・なぜ、あなたがいるのでしょうね?」

 低い温度のテノールが言い、わたくしを捉えた眼鏡の奥のセピアの瞳が不機嫌そうに眇められます。

 けれど、この程度で怯みはしませんことよ?

「あら、それは勿論、ご招待を受けたからですわ。フェンネル様」

 にっこりと、微笑みながら返します。

「兄妹水いらずのお茶会に、他人が入り込むのは無粋だとは思いませんか? リリアナイト」

 冷ややかな視線が向けられます。しかし、わたくしは負けませんわ。絶対に。

「あら、無粋だなんて、そんな・・・わたくし、アレク様から直々にお誘いされたのですけれど?」
「ロゼットが・・・」
「ええ、アレク様がお誘いくださいましたわ。ですよね? アレク様♥️」
「うん。ダメだった?」

 隣の席に着いているアレク様へ腕を絡めると、ぐっと眉を寄せたフェンネル様が困ったように口を開きました。

「・・・いえ。ロゼット、ダメということはありません。けれど、リリアナイトは忙しいでしょうからね。なので、今すぐに帰ってくれても結構ですよ? アクアス銀行の専務さん?」

 わたくしを追い出したいようですわね。相変わらず、フェンネル様のお心は狭いことです。

「ふふっ、お気遣いありがとうございますわ、フェンネル様。けれど、仕事の方は余裕を持って、全て済ませて来ましたので、心配ご無用ですわ。フェンネル様の方こそ、とてもお忙しいのではありませんか? あまり無理はなさらないでくださいませ。お仕事に戻って頂いても宜しいのですよ? アダマスの次期ご当主様?」

 お互いに、仕事をこなしてはどうですか? と、いつものようなやり取りを交わします。と、

「・・・二人共、仕事。まだ、残ってる……なら、行って来れば?」

 眠たげな声が割り込みました。お行儀の悪いことに、椅子に反対に座って背凭れにだらりと顎を乗せた格好のシーフさん。その、とろりとした半眼のエメラルドが、フェンネル様とわたくしをゆるゆると見上げます。

「あ、リリも兄さんも忙しかったりする? なら、オレもう帰るけど・・・」
「いいえっ、アレク様がご招待くださったお茶会ですもの♥️万難を排してでも、例え砂漠にいてこの身が干からびていようとも、絶対に駆け付けますわ!」
「や、干からびちゃ駄目だってば、リリ」

 ああ、お優しいアレク様♥️

「例えですわ、アレク様♥️リリは、それくらいの意気込みということなのです!」
「まあ、リリアナイトのその意気込みは理解しますが・・・ロゼット。僕も、椿と貴女より優先するようなことなど存在しませんからね?」
「や、それは色々とあるでしょ。ダメだって。アダマスの次期当主兄さんがそんなこと言っちゃ」

 アレク様が窘めると、フェンネル様がそれはそれは嬉しそうに微笑みました。そして――――

 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・
 ・・・

 ぼんやりと目を開くと、そこは温かくて明るい温室ではありませんでした。

 ここはとてもしずかで暗く・・・

 アレク様も、フェンネル様も、シーフさんも、誰もいない空間でした。

「?」

 辺りを見渡して・・・思い出しました。

「・・・ああ、夢でしたか・・・」

 ここは、わたくしの船の中でしたね。

 自分で沈めた船の中。

 暗く冷たい、日の差さない海の底。

 わたくしは冷たい水の中に、ゆらゆらと一人揺蕩たゆたっていました。

 いえ、正確には一人・・ではないのですが・・・

 どうやら、少し寝てしまったようですね。そのお陰か、火傷はよくなったようですけど・・・

 残る夢の余韻に、少し寂しく思います。

 ・・・それにしても、あのお茶会の日からは随分と時間が経っているように感じますが、あれはたった半年程前のことでしたか。

 アレク様とのお茶会。レオンさんが用事で、わたくしとシーフさんがフェンネル様を牽制して・・・

 あのお茶会が終わって少し後に、アレク様がローレル様より結婚か幽閉か放浪の三択を言い渡されて、放浪を選んだのでしたね。

 そして、リリは・・・

 アレク様にお逢いしたいと頑張って仕事を片付けてから、アレク様を探して、アマラ様の船にいらっしゃったアレク様へ逢いに行ったのです。

 アマラ様にアレク様をお守りするようお願いして、断腸の思いでアレク様と別れて・・・

 それから暫くして、ローレル様よりフェンネル様をリリの船でお預かりするよう言いつかって・・・

 リリは・・・選択を間違えたのです。

 アレク様にお逢いしたいから、と・・・フェンネル様の企みに荷担して、アレク様をフェンネル様主催の仮面舞踏会マスカレイドにご招待して・・・

 そこへ、子殺しの始祖と称される真祖の君がいらっしゃって・・・フェンネル様は逃がしたのですが、の君がアレク様を傷付けたのでした。

 そして、夢魔のルー様と、偶々いらしたバイコーンのヴァイオレットさんのお陰で、アレク様自体は守られたのでしたが・・・

 それでも、アレク様が傷付けられてしまったことには変わりありません。

 それも、リリが原因の一つで・・・

 本当に、リリは悪い子です。アレク様が傷付けられ、苦しんでいたというのに・・・

 それでもリリは、アレク様が好きなのです。アレク様を愛しているのです。

 ごめんなさい、アレク様。

 アレク様が危ないと判っていたのに、リリは・・・アレク様がリリを助けに来てくれたことが、とても嬉しかったのです。リリを心配してくださったことを、喜んでしまったのです。

 リリは、本当に酷い女です。

 ごめんなさい、アレク様。

 本来なら、リリがアレク様の盾になるべきだったのです。リリはアレク様に庇われて、守られていい筈がなかったのに・・・

 リリは・・・肝心なときに動けない、駄目人魚。
 愛する方をお守りできなかった駄目な女。
 アレク様に申し訳なくて、自分が恥ずかしくて、悔しくて堪らない。それなのに、リリは未だにアレク様を恋い慕っております。

 なので、せめてルー様に仰せつかったことをやり遂げなくてはいけません。

 仮面舞踏会マスカレイドのパーティー会場だった場所に、透き通った氷の揺り篭に閉じ籠められた少年のような体躯の・・・黒い髪、金色の瞳をした・・・アレク様のご先祖様に当たる眠る真祖の君を、海の奥深くへ連れて行くこと。それが、ルー様よりリリへ下されたご命令です。

 リリのせいでアレク様が真祖の君に傷付けられてしまったのですから、せめてこれくらいはさせて頂かないと、リリは情けなくて、アレク様へ合わせる顔がありません。

 なぜか、アレク様へ狂気染みている強い執着を見せていた真祖の君・・・

 あの感情は、狂っていても・・・いえ、狂っているからこそ、真祖の君を、アレク様から離さなければいけません。

「・・・だから、真祖の君。リリが貴方を、暗く深い、海の底へ連れて行きましょう」

 二度と貴方が、アレク様と顔を合わせることがないように・・・くらく、光の差さない深い水底へとご案内致しますわ。

__________

 一応、この話でヴァンパイア編が終了となります。

 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

 ヴァンパイア編の次が過去編で、過去編の次にイーレ編(仮)でまた今のアル達の話に戻る予定です。
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