誰が為の異端審問か。

月白ヤトヒコ

文字の大きさ
1 / 61

吸血鬼に死を。

しおりを挟む
 霧のけぶる深夜。

 石畳を、とろみを持つ液体がゆるゆるとって行く。辺りの冷たい風に混じるのは濃厚な、鉄錆びにも似た匂い。その中心には、苦悶の表情を浮かべ、胸を押さえた男が倒れている。男の胸には白木の杭。男が息絶えているのは明白だ。

 傍らに『吸血鬼に死を』というメッセージが添えられて・・・

※※※※※※※※※※※※※※※

 翌日の新聞。

 『吸血鬼に死を!』本日未明、金融業を営む男性の遺体が発見されました。

 男性は、白木の杭を胸に打たれて殺された模様。また、遺体の横には『吸血鬼に死を』というメッセージが残されており・・・

 警察に拠る捜査が・・・

※※※※※※※※※※※※※※※

 市立図書館。

 壁を覆うようにずらりと整列する本棚。ぎっしりと詰まった本。
 薄暗くてひんやりとした空気に漂うのは、少しの埃っぽさと紙、インクの入りじった匂い。

 高い本棚の連なる奥まった静かな通路を数人の少年達が連れ立って進む。
 人気の無いその奥には勉強できるよう長机があり、分厚い本を読んでいる子供が一人で席に着いていた。

 目深に被ったハンチングから零れる長めのくすんだ金髪に白い肌。気怠けだるげな表情でページを追っていた瞳が、やって来た少年達をチラリと見上げる。

「翻訳を頼みたい」

 少年のうちの一人が言い、少年達が教科書とレポートを取り出して子供へと見せる。

「ふぅん・・・初顔が二人といつもの。常連は知ってると思うけど、とりあえずこれだけは言っとく。オレは読み書きの専門。外国語は話せないよ。あ、ドイツ語は無理。読めねぇし。できんのは英語、フランス語、イタリア語、あと簡単なスペイン語とラテン語。そっちのドイツ語は自分でやんな。ちなみに、やるのは翻訳だけ。ああそれと、課題はちゃんと自分で書き直しなよ?そのまま出して筆跡でバレても知らん」

 ドイツ語の課題を持って来た少年は、がっかりした顔をする。

「ンで、代金は前払いのみ。後払いは認めない。払い戻しも不可。現物支給でもいいけど、代金が安過ぎたら受けないし、気が向かなくても断る。あと、課題の評価が悪くても苦情は受け付けない。以上。質問は?」

 よどみなく言いつのるハスキーなアルトに、ムスっと返事をする少年。

「そんなことは知っている」
「アンタ達じゃなくて、後ろの新顔に言ってんだよ」

 この場の誰よりも小さい十歳前後の子供は、自分よりも大きい年上の少年達に囲まれても全く物怖じする様子がない。
 くすんだ金髪に薄いアイスブルーの瞳。愛らしいと言っても過言ではない顔立ちに反した粗雑な口調は、その容姿にそぐわない。

「オレは金額を決めない。幾ら出すかは自分で決めなよ。その課題の価値を、ね?現物なら、紙、ノート、筆記用具、インク、レターセット。教科書や辞書、本でも可。他は・・・蝋燭ろうそくや裁縫道具、制服や体操着のお古も可。あとは食料品なんかでもいいけどね。で、幾ら出す?」
「蝋燭?」
「筆記用具?」

 怪訝けげんな顔をする新顔の少年二人。

「夜に書き物するとき、灯りは必須。ンで、当然紙とペンとインクもな。学生なら、現金より払い易いって奴もいるし」

 親が小遣いをあげなくても、余程苦しい家計の家以外は筆記用具がなくなれば子供に買い与えて補充する。そして、家計が苦しいなら、報酬を払ってまで課題を他人に任せたりはしないだろう。

「ああ、ランプでもいいぞ?くれるなら喜んで貰うが。ま、さすがにランプは高いからな。やっぱちょろまかすなら蝋燭のが手頃だろ」
「わ、わかった」

 頷く少年達。うち二人が新品のノートとインクを差し出す。

「OK。そっちの二人のは引き受る。勿論、返品は不可だ。で、アンタらは?」
「俺のはフランス語」
「僕のはフランス語の手紙」
「手紙はなに?英語をフランス語にってンなら、原稿は自分で書けよ?そこまではやらん」
「いや、フランス語を英語に翻訳だ」
「OK。期限は?」
「できれば。今日中に頼みたい」
「僕のも、今日中に」
「なら、閉館時間までだな。一応やるが、途中になったらそこで終了。これは返さないが、それでいいか?」
「わかった」
「それでいい」
「ンじゃあ、閉館十五分前の知らせが鳴ったら取りに来い。五分前まではやる。そっちのはどうすんだ?」

 交渉を終えた子供・・・コルドは邪魔な少年達を追い払い、彼らのレポートへと取り掛かる。外国語から英語への翻訳。

 コルドは物心付く前から頭が良かったらしい。だが、学校へは通えない。
 身寄りの無い、それもいわく付きの孤児だからだ。

 学生相手に有償で課題をやるのは、コルドの稼ぐ手段の一つだ。

 普段は文盲の人相手に手紙の代筆、代読をすることが多い。子供だからと舐められることもなくはないが、数ヵ国語を翻訳できるコルドには固定客もそれなりにいて、沢山稼げるというワケではないが、ある程度の定期収入はある。

 コルドは学生の課題に値段は決めない。課題の価値は学生本人に決めさせる。安いと思ったときや、相手が気に食わない場合は引き受けないことにしている。

 紙やインク、筆記用具、蝋燭など、学生が当たり前に消費する物は、彼らが考えているよりも案外高価だ。それを惜し気もなく与えられる学生は、そのことを知らない。考えもしないのだろう。だからコルドは、それらを頂くことにしている。

 コルドは今、元孤児院だった建物で兄妹達と暮らしている。全員が孤児で、誰一人として血が繋がっていない。そして、一番下の妹以外の、全員がいわく付きだ。

 元孤児院なのは、院長が数年前に死んでしまったからだ。孤児院としては、もう機能していない。孤児の受け入れは勿論していないし、引き取り手を探しての養子縁組みもしない。そして、面倒を看てくれる大人もいない。だから、自分達で稼ぐ。

 幸い、孤児院の土地と建物の所有者の老女は、コルド達を追い出すつもりがないようなので居座っている。

 世話をしてくれる大人はいないが、地主の老女はコルド達が最低限暮らして行けるくらいの仕事を回してくれる。コルドは裁縫が苦手なので、その仕事を受けるのは専ら、最年長の兄とすぐ下の妹なのだが。

 基本、裁縫組以外の兄妹達は各個人が自分にできる仕事をしている。

 コルドは残念ながら裁縫自体があまり得意じゃないし、彼らのように手先が器用でもない。二番目の兄やすぐ上の兄妹がやるような犯罪や荒事も無理だ。代読、代筆屋が性に合っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...