誰が為の異端審問か。

月白ヤトヒコ

文字の大きさ
3 / 61

犬が大好きな人?

しおりを挟む
 ほてほてと無言で暫く歩いていると、

「ホリィっ!」

 ホリィに抱き付く小さな影。

「スノウ」

 小柄な男の子…ではなく、男物のシャツとズボンを着た、ブラウンの髪と瞳の地味な女の子だ。

「ホリィ、またコルドと喧嘩でもしたの?ま、どうせコルドの方が悪いに決まってるけど。コルドってホント、名前の通り冷たいんだから。口も態度も悪いし、ホリィもコルドなんて放っとけばいいのに」

 スノウはうちで一番のチビ。
 そして、一番のお喋りでウルサい奴でもある。ある意味、女の子らしい女の子というか…ホリィとは別の意味でかなりウザい。

「ほら、先行けよ」

 ホリィの手を解いて、スノウと行けと促す。
 煩いのは好きじゃない。

「コルド・・・あのね、スノウ。喧嘩なんかしてないし、コルドも悪くないよ」

 一瞬の不満げな顔。けれど、すぐにスノウに向き直るホリィ。

「え~ウソぉ。だって、いつもならホリィが、コルドを引っ張ってるじゃない。逆のときは、なんかあったときでしょ?」
「え?」

 驚いたようなホリィ。
 まあ、スノウの言い分もあながち間違ではない。よく引っ張られているのはオレの方だし。

「どうせ、コルドがまたなにかイジワルなこと言ったんでしょ」
「違」
「どうでもいいけど、ちんたらしてねーでさっさと歩けよ。日が暮れる」

 ホリィの言葉を遮る。

「ほら、またイジワル言う」

 別に、イジワルなつもりはないが、スノウの中ではいつもオレが悪いようだ。

 言い方が悪いと言われればそうかもしれないが、スノウに嫌われても特に問題を感じない。
 進んで仲良くしようとも思わない。
 多分、相性が悪いのだろう。

 もっとも、うちでスノウの相手を根気強くできるのはホリィしかいないが・・・
 だからスノウがホリィに懐くのだとも言える。

 一番上は怖いから嫌い。二番目は口も態度も悪くてイジワルだから嫌いと、オレよりも嫌われている。そして、三番目がホリィ。その次がオレ。そして、五番目は…耳が聴こえなくて話が通じないから嫌いだそうだ。

 我が儘というか、なんというか・・・

 五番目…ステラは、スノウ以外となら会話ができる。まあ、口で喋ることはできないので筆談でだが、ステラは割とお喋りだ。ステラと話したいなら、文字を覚えればいい。

 他のみんなは読み書きがちゃんとできる。というか、それぞれにいわくが付いている為、院長が読み書きをしっかりと教えてくれた。まあ、オレは院長に教わる前に、自分で全部覚えたらしいけど・・・
 できないのはスノウだけだ。読み書きを教える前に、院長が死んだからな・・・

 けど、ステラと本当に話したいと思う事なら、文字を覚えればいい。だが、それをしないのはスノウの方だ。勉強が嫌いらしい。

 読み書きができて損はない。というか、読み書きをできない方が圧倒的に損をするだろう。だからさっさと覚えろと言うと、「あたしはコルドみたいに頭が良くないの」と返す。まあ、この返しからも判るように、スノウは本当に頭が悪いのだと思う。
 努力をしないのと、頭が良くないというのは別のことだ。むしろ、それを言い訳にして努力をしないことの方が余程馬鹿だろう。

 スノウ本人が自分で言う通りにバカ扱い…主に二番目の兄かオレが…をしてあげると、なぜかイジワルだとか酷い奴だと言われる。不思議だ。

「ホント、コルドってイジワルなんだから。じょーちょってのがケツラク?してるんじゃない?」

 ぶーぶーと文句を言って進まないスノウに、困った顔のホリィ。
 なぜここで、オレに対するような強引さを発揮しないのか…全く。

「ウルサい。黙って歩け」

 日が落ちて来て、ちらほらと女の子達が出て来ている。さっさと帰らないと、本格的にマズい時間になる。スカートを着ているホリィといたら、辻に立つ花売りと勘違いされて、どこぞの変態に声を掛けられる可能性がある。

「なんでコルドはそうやってえらそうにめーれーするの?」
「・・・」

 馬鹿な迷信のお陰で、梅毒患者が処女を狙っているから。とは、約七歳のスノウにはさすがに言えない。
 梅毒の流行を抑制する為、一度は政府が売春の取り締まりを強化したはいいが…その後に民衆から突き上げを食らい、政府は愚かにも、売春できる女性の年齢を公的に引き下げたのだ。十六歳から十四歳へと。

 しかも、処女とヤれば病気が治るという馬鹿過ぎる迷信が巷に流布していて…十四歳どころか、年齢一桁の幼女や、果ては子供なら男でもいいと狙う、クズなクソ野郎共が巷を闊歩かっぽしている。

 性病予防なら禁欲が一番だろうに。女買う金があんなら金貯めて病院行けと言いたい。むしろ、撒き散らしているクソ馬鹿共は去勢すればいいのに。

 噂に拠ると、年齢引き下げを実施した途端に、処女を高値で買った政府の高官もいたとか…迷信を信じて実行する役人とか、マジで最悪過ぎる馬鹿もいるし。

 特に、誰も庇護する者のいない孤児は狙い目だそうだ。

 そんなクズなクソ野郎共に遭遇しないうちに、さっさと帰るべきだろう。
 なんの為にスノウに男装をさせているのか、その意味がなくなる。

 ちなみに、ちらほらと辻に出て来ている少女達は、通称花売り。所謂いわゆる娼婦だ。

 中には明らかに十四歳未満の女の子もいるが、需要と供給の問題や、親に無理やりさせられてたり、小遣い稼ぎやら遊びというのも混じっているのだろう。

 無理やりなどは可哀想だと思うが、かといってオレらができることはなにも無いし、彼女達と同じ花売りだと勘違いをされたくもない。

 花売りは、やらなくて済むのなら、しない方が絶対にいいとコルドは思う。
 オレにはせいぜい、変な事件に巻き込まれないよう祈るくらいしかできないし。

 約十歳のオレがその辺りの事情を辛辣しんらつに理解している辺り、最近の治安の悪さがうかがい知れる。

 ちなみに、ホリィはそんなクズなクソ野郎共を相手に美人局つつもたせ的なことをして金を巻き上げている。だからスカート姿で街を歩いているのだ。実は、うちで一番荒事に強いのはホリィだったりもする。人は見かけに寄らないのだ。

「…知ってるか?この辺りに、犬があまりいないワケ」

 仕方ないから、別のことで脅す。

「え?犬がいないことはいいことよ。みんな、犬が嫌いなんでしょ?」

 犬が嫌いなスノウらしい言い分だ。
 まあ、下手に野良犬がいるよりはいない方が安全ではあるが。野犬になると人を襲うし、病気とかも怖い。

「実はな、スノウと違って、犬が大好きな奴がこの辺りにいるんだよ」
「犬が大好きな人?犬が好き過ぎて、いっぱいペットにしてるの?」
「いや、犬が好き過ぎて…夜な夜な犬を殺して食う奴が住んでるらしいぜ?」
「え?」
「しかもな、ソイツが食うのは、実は犬ばかりじゃなくて…」

 わざと声を潜めて言う。

「な、なによ?」
「暗くなっても家に帰らない子供を狙って…食い殺すらしいぜ?」
「っ!?か、か、帰るっ!?」

 さっと足を動かすスノウ。さっきまでの威勢は何処へやら?全く…

 まあ、犬を食い殺すというホームレスがいる話は本当だが…さすがに、子供を食い殺すというのは尾ヒレだろう。

 今朝発見されたという殺人事件も物騒だし……用心に越したことはない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...