誰が為の異端審問か。

月白ヤトヒコ

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異端者共に気を付けるがいい。

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 ババアから預かった手紙の翻訳をする為、図書館へ向かう。
 簡単な内容なら自分で意訳できないこともないけど、辞書が手元にあった方が便利だ。
 横着して、単語の意味がわからなくて後でまた調べに来て二度手間になるより、最初から辞書を用意して翻訳する方が効率的だし。

 相変わらず、ファングが付いて来る。しかし、図書館の近くの道端で足を止めた。

 さすがに賢い。待つつもりのようだ。

 いつものように図書館の奥に進み、使い易い辞書を数冊選んで、机に陣取る。

 フランス語とイタリア語を英語に。
 そして英語で書かれた返事を、フランス語とイタリア語へと意訳込みの翻訳。

 ねーちゃん達の中には、フランス語やイタリア語が話せる人もいる。元はそっちの国の血を引く人や、読み書きはできなくても、言葉だけなら話せる人などが少なくはない。

 そんなねーちゃん達への手紙だ。

 翻訳と意訳を繰り返し、文章を英文へ。
 英文から外国語へ。

 何度か推敲すいこうして、納得が行く文章を下書きから手紙へと丁寧に書き写す。

 内容は・・・ラブレターだ。以上。

 途中、学生の課題を頼まれた。
 ペンとインクを対価として巻き上げ、それも適当に終わらせて図書館を出る。

 入口から見える場所で座っていた銀灰色の毛並の狼犬がゆるりと立ち上がり、オレの方へと歩い向かって来る。

 その姿を見て、ふと思い出す。
 昨日の預かり賃を、貰っていなかったことを。

 シンのとこへ行ってみようと、倉庫へ向かう。

「シンー、いるー?」
「・・・なんの用だ?」

 薄暗い倉庫の中から、澄んだアルトの声。

「なんの用って、ファングの預かり料を取りに来たんだけど?」
「ふむ…そういえばそんなことを言った…ような気がしないでもない」

 相変わらずどこかとぼけたような返事に、

「言ったんだよ、君が。だからファングが付いて来るの、OKしたんだ」

 呆れ混じりに返すと、

「そうか。ではほれ、持って行け」

 ポンと無造作にシンが財布を投げて寄越した。

「って、財布ごとっ?」
「うん?丸ごと持って行っても構わんが?」
「・・・君、どれだけ金持ちなのさ?」
「さて?貨幣かへい価値はよくわからんな」

 金の価値のわからないボンボンめっ…嫌な奴!嫌な奴だけどっ、昨日と今日の二日分の預かり料だけ抜いて、財布をシンへと返す。

「構わんと言ったが?」
「金無いと君、野垂れ死にするだろ?そんなの、寝覚め悪いじゃないか」
「ほう…?」

 ニヤリ、と彫像めいた白皙はくせきおもてに笑みが広がる。元が圧倒的な美貌だけに、笑うと更に魅力的だ。惜しむらくは、ニヤリだろうか?にっこりという笑顔ならもっと…

「ふむ…なかなか感心な子供だ」
「別に…」
「では、帰るがいい。明日あすからは来なくていい。そこの駄犬に持たせる」
「え?」
「それと、忠告しておいてやろう。異端者共に気を付けるがいい」
「異端者?なにそれ?」
「街で噂になっているだろう?吸血鬼や人狼…化け物の噂がな」
「は?なにそれ?君そんなの信じて」
「信じているワケではない。知っているだけだ。連中が、信じているということを」
「なにを言って…?あんなの、頭おかしい人間の仕業しわざに決まって」
「ククッ…そうだな?頭のおかしな人間、か…ふふっ、ああ。その通りだ」

 澄んだ声が、クスクスとわらう。たのしそうに・・・その姿に、背筋がざわりと粟立つ。

「ククッ…化け物の噂がある奴には近付かない方が賢明だぞ?死にたくなくば、な?」

 ニヤリと凄艶せいえんに、魔性が笑んだ。

「異端者には死を」

 歌うように愉しげな言葉。

「らしいからなぁ?」

 にぶく、けれど爛々らんらんと輝くアクアマリン。

 頭に、警鐘けいしょうが鳴り響く。なにこれ?コイツ…やっぱりヤバいっ!?

 気が付けば、倉庫を飛び出し走っていた。
 走って走って・・・
 背筋がまだ、ゾクゾクしている。

「っ、ハァハァっ、はぁ…ふぅ・・・」

 吸血鬼や人狼なんて、存在する筈が無い。

 そんなのっ…オレは信じないっ!?

 血液を飲みたくなるのは栄養が足りないか、精神病だって可能性もあるし、ヴラド・ツェペシュやエリザベート・バートリのような残虐非道な奴だっている。

 赤い瞳や白い肌はアルビノ。単なる色素異常。青白い肌は貧血や低血圧。

 墓場からよみがえるのは、単に仮死状態で埋葬されてしまっただけ。

 人狼だってルナティック、もしくは狂犬病やカニバリズムの筈だ。人を食う行為を、昔の人がその異様さ、残酷さ、非道さを忌避きひして嫌悪して、うとんで、大袈裟に誇張したに過ぎない。

 全部全部、説明がつくことばかりだっ!

 オレは、化け物なんて信じないっ!!!

「コルドっ!?」

 肩を掴まれ、

「っ!?」

 ドクッ!と、心臓が跳ねる。
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