【R18】その男装は暴かれる

象の居る

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3.強くて怖そう

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「臭ぇな」

 オオカミが鼻にシワを寄せて呟き、自分が臭いことを思い出した。
 他の人も臭いんだよね、忘れてた。

「なんなんだそれ」
「あ、これは――」

 慌てた自分の声にハッとする。男装しているのも忘れてた。咳払いしてから、なるべく低い声を出す。

「これは、フンです。魔獣の」
「はァー? ……このせいか?」
「……なにがですか?」

 捕まるような何かがあるのか、追い剥ぎされるのか、殺されるのか。悪いことばかり頭に浮かび、緊張で喉が渇く。

「デカい魔獣がいるようないないようなわかんねぇ感じを追ってきたら、アンタだったから」
「あ、……いました。馬車より大きい四つ足の。遠くから見ただけですが」
「どこでみた?」
「おととい、もっと向こうです」
「そうか。それで、ソイツのフンを?」
「はい……魔獣除けになると思って」
「あー、そうだな、この気配なら寄って来ねぇわ。アンタ、頭いいな。いやでも、臭ぇ。ハハハ」
「……そうですね」

 笑うオオカミの口から鋭い牙が見える。オオカミの明るさが場違いに思えて居心地悪い。

「アンタ一人か?」

 体が強張った。
 1人だなんて無防備なことは言いたくない。でも、笑ってるけど鋭そうなオオカミに嘘を付いてもすぐバレそう。勘ぐられて追及されたら誤魔化しきれなさそうだと、たぶん絶対に、強いだろう大きなオオカミを見た。
 嘘をつかずに取引したほうがマシな気がする。

「一人だ」
「んな警戒すんなよ、何もしねぇから。同じ方向だろ?」
「え?」
「そのマントのそばにいりゃ、小物が寄り付かないからゆっくり眠れる。そういうこった」
「……一緒に行くってことか?」
「臭ぇから寝るときだけ合流するわ。ハハハッ、じゃあな」

 オオカミは楽しそうに離れ、姿が消えたらホッとして肩の力が抜けた。

 なんなの。夜にまたくるって。魔獣除けに私を使うってなんなの。変なオオカミ。昼間は臭いから離れてるって、私は臭いの我慢してんだけど。失礼じゃない?
 腹が立ってきたので、干し肉を噛み千切ろうとしたけど無理だった。

 女だとバレたら困るからマントは脱がないほうがいい。声のこともあるし、喋らないようにしないと。……近くにいるの怖いな。
 オオカミのことを考えながら歩き、日暮れ近くに大きな木の根元へ座ったらどっからかオオカミがやってきた。落ち着かない気分で顔をそらし、オオカミを見ないようにカバンから堅パンを出して齧る。

「火ィおこしていいか?」
「……ああ」

 断って勘ぐられたくない。オオカミがいるなら他の人間が来ても大丈夫かもしれない。それとも仲間を呼んで身ぐるみはぐ? ううん、やるなら昼間でも簡単にできた。何もしないと言っていた。強そうだから、小物なんか相手にしないってことかも。
 頭の中がグルグルする。

 オオカミは枝を拾って火を熾し、チーズを枝に挿して炙って食べている。美味しそう。そういえば私もチーズ持ってきたんだ。気力がなくて忘れた。
 カバンからチーズを取り出して齧ってたら、オオカミが声を掛けてきた。

「こっちきて火に当たれよ」
「ありがとう」
「ほら、これに挿せ」

 枝を受け取ってチーズを炙る。温かいものを食べると、体の強張りが少し緩んだ。

「アンタ、旅慣れてねぇなァ」

 オオカミの指摘で緊張が一気に高まる。何を言われるのか怖くて顔をあげられず、もくもくとチーズを食べた。

「ハハハッ」

 笑いの意味がわからない。何をどうしていいかもわからないので、関わらないことにした。もともと魔獣除けの近くで野営するってだけの話なんだし。
 食べ終わって水を飲み、オオカミから離れた木の根元に戻った。寝る準備をして、いつも通り朝露用の布を貼る。マントを胸元が見えないように脱いで中に潜り、カバンに頭を乗せて目をつむった。

 どうか何ごともありませんように。

 魔獣が護衛を食べている。目を離せずにそれを見ていた。木に隠れている私の方に振り向いた魔獣の顔は、オオカミだった。

 目を見開いた。
 ここは? 心臓がうるさい。……空、と星。森だったっけ。森にオオカミと。
 体を起こし、息切れして乾いた口の中に水を流し込んだ。熾火になっている焚火、その奥にオオカミが横たわって眠ってる。
 あれは夢。
 もう一口飲んで息をはいた。また横になって目をつむる。
 あれは夢。


 夜明けの光で自然に目を覚まし、伸びをした。オオカミはまだ眠ってる。消えてしまった焚火を見て、温かいお茶を飲もうと思った。温かさが恋しくなったのは昨日のチーズのせいだ。
 マントを着てから木立の中で落ちている枝を探して回り、2人分のお湯を沸かせるくらい拾ったところで戻った。ナイフで切れ目を入れた小枝に火打ち金で火をつける。カバンから出した小さな鍋に朝露と薬草を入れて、燃えている枝のそばに置いた。水が温まって泡が出てくるのをぼんやり眺める。
 落ち着いた朝は久しぶり。いつの間にか不安も薄れている。オオカミは強くて怖い。けど、何もしてこないみたい。火もわけてくれた。
 鍋の中でプクプクと泡が生まれて弾けていく。

「早ぇな」

 オオカミが寝返りをうってこっちを見た。起き上がって欠伸。ずいぶんと大きい口だ。朝の光で毛皮が白く見える。起き抜けでぼんやりしてるオオカミは、あまり怖くない。

「お茶、飲みますか」
「んー、ああ」
「コップを」
「ねぇな」

 オオカミは首や肩をまわしながら答えた。仕方ないので自分のコップにお茶を注ぎ、残りを鍋のままオオカミに渡した。

「ハハハッ、しばらく冷まさねぇと飲めねぇなコレ」

 こんなことで楽しそうに笑う。オオカミは見た目の怖さと反対に、なんというか明るい。強いから余裕あるし、旅慣れもしてるんだろうな。
 笑うほうがいい。怒るよりずっと。
 温かいお茶を飲んだら私の気持ちも明るくなった。

 支度を済ませて出発する。歩き出したらどこかへ行くと思ってたオオカミが、多少あいだは開けてるけど一緒に歩き出した。ときどき見えなくなったと思ったら、いつのまにか戻ってる。よくわからない人だ。

 昼に休憩しようと座ったら消えていたオオカミがやってきて、手に持ったウサギをぶらぶら揺らして見せた。

「食おうぜ。枝拾ってくれ」
「はい」

 驚いたけど嬉しい。
 ウサギを焼くなら枝も沢山いる。集めるまで時間がかかりそうなので、ある程度拾ったら一度戻った。ウサギをさばいてるオオカミの横で火をつけてから、また拾いに行く。拾って戻ると肉を枝に挿して焼いていた。火を調節できるようにオオカミの手元に枝を置く。

「助かる」
「いえ。ウサギをいただくので」

 マントは変わらず臭いけど、肉の焼ける良い匂いに心が踊る。オオカミに手渡された肉を受け取り、汚しそうなので、鼻を覆ってる布を外してから齧りついた。口の中にあったかい肉汁が広がる。

「……美味しいです」
「その顔の布、外せんのか」
「え、はい。臭いので鼻を覆ってるだけです」
「ハッ、ハハハッ、ハハ、ククッ、いや、なんかワケありかと思ったら、それかよ」

 オオカミは笑いながら肉を食べる。

「クククッ、そうだよなぁ、臭ぇもんなぁ」
「……すみません」
「俺は風上にいるからいいけど」

 え?
 驚いてオオカミを見返したら、また笑った。

「ハハハッ、そのツラ、ハハ」

 そりゃ、『え!?』ってなりますよ。私が臭いから風上に避難してるとか言われたら。オオカミに腹を立てつつも、何か言って男装のボロがでたら困るから口を閉じる。まあ、美味しいお肉食べられたから相殺してあげますよ。

 夜もオオカミが獲ってきた鳥を焼いてくれた。

「ありがとうございます」
「いや」

 オオカミがジッとこっちを見てる。全部を見透かすような鋭い目が怖い。

「匂い、薄くなったな」
「え」
「魔獣除け、街までもたねぇぞ」
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