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3.助けて欲しい
しおりを挟む目が覚めるよりも早く、爽やかな香りが俺を満たした。
まぶたを開けると明るい日差しが部屋に降り注いでいる。俺の腕の中には弱い生き物が静かに寝息を立てていた。
人間ってこんな感じなんだな。小さな鼻がいじらしく思えて、そっと撫でた。
獣人は肉体の強さを貴び、より強い相手と結ばれるのをステータスにしている。獣人の子供より弱い人間は見下され対象だ。人間を好む獣人は、獣人から相手にされない欠陥品か、弱いもの好きな変態だと、ジェイクの親世代くらいまではバカにされていた。
最近はそうでもなくなってきたが、まだまだそういう価値観を持ってる獣人は多い。昔気質の祖父が強い発言権を持つ実家で育ったジェイクも、その一人だった。
強いことがすべてみたいな考えの爺さんは厳しく怖い人で、体が弱くてはっきり言えない父親をバカにしてた。反対にガキ大将だった俺はお気に入り。ケンカに勝ったら褒めて、ケンカに負けたら勝つまで帰ってくんなって追い出される。何かを気にしたり落ち込んだりしたら、女々しいって言われて剣の稽古でめった打ちにされた。
年の離れた妹の人形遊びに付き合ったときも、男のくせにって怒られたっけ。妹のお守りしてるって言い訳したけど、小さい人形は可愛かったんだよな。
そんなことを思い出しながら人間の顔をさわってたら、目を覚ました。パチパチ瞬きして俺と目が合うと、驚いて固まった。
「あ……、お早うございます」
「おう」
焦げ茶色の目をウロウロさせて困ってる。ぎこちなく戸惑ってる様子に、なんとなく胸が疼いた。
起き上がって布団をはぎ、人間を見下ろす。
朝陽があたるミルク色の肌はなめらかで旨そうだと思った。体に毛が無いのにアソコだけ毛が生えてるって、わざわざ隠してるのがやけに生々しい。
一年ぶりの朝立ちを突っ込みたくて足を開かせる。ちっとも濡れてないソコを舐めて奥まで舌を押し込んだ。それだけで、腰がジンと痺れる香りと味がする。ビチョビチョになってから、先っぽからダラダラ涎をこぼすチンコを押し込んだ。人間は昨日と同じようにギュッと目をつぶってる。
俺はこんな興奮してんのに、人間はちっとも楽しそうじゃない。それでも止められなかった。
人間を抱きしめて腰を振る。固く閉じた口を舌で割って捩じ込み、中を蹂躙する。体臭のほかに、やっぱりあの香りがした。
俺は欲しい。お前が欲しいんだ。柔くて脆い人間なんか面倒なだけなのに。お前の匂いが俺を引き寄せる。なんなんだよ、これ。
腰から熱を吐き出して息をついた。
もう行かねぇと。匂いがましなシャツとズボンを着た。テーブルの上の果物を齧って、口の中に広がるみずみずしい甘酸っぱさを味わう。
「お前もこれ食えよ」
「はい」
人間は大人しい。俺が怖ぇのかもしれねぇ。いや、怖ぇだろうな。人間と獣人の戦争は爺さんの若い頃の話だけど、まだ人間を嫌うヤツは結構いるから。
まあ、まだうちにきたばっかりだ。慣れるまで時間がかかるのは仕方ねぇ。そのうちでいい。
「行ってくる」
「……いってらっしゃいませ」
人間はそう言って頭を下げた。俺は外に出て玄関の鍵を閉める。
外は眩しくて騒がしい。朝の匂いを胸いっぱいに吸うと幸せで笑える。全部が明るくて新しく鮮やかだった。匂いが俺を包む。俺はちゃんとここにいて、生きてるって思えた。
門番の詰め所に入って同僚に声をかける。
「はよっさん」
「はよ。なんだよ、ずいぶん機嫌良いな」
「ああ、鼻がな、治ったんだよ」
「ええ!? ホントかよ! 良かったな、良かった。……よし、飲みに行こうぜっ」
「ハハハ、そうだな。悪かったなヘイリー、けっこう八つ当たりしてさ」
「あー、まぁ、仕方ねぇよ。鼻が利かねぇんじゃ。どうして治ったんだ?」
「わかんねぇ。いきなり匂いがして俺もびっくりしたんだよ」
「薬とかじゃないのか」
「薬飲んでねぇからなぁ」
自分のことのように喜んでくれるヘイリーの優しさが胸にしみた。詰め所にいた他のヤツラにも祝われて、当たり散らしたことを謝って和やかに仕事を始める。
いつも通りの門番仕事を初めて順調だったのは途中まで。段々と匂いがしなくなってるのに気付いたら、怖くて冷や汗をかき始めた。
「どうした、ジェイク?」
「……匂いが、薄れて」
「……落ち着け。一時的なものかもしれないだろ?」
「…………ああ」
空気が薄くなったみたいに息が苦しい。どうか消えないでくれ。
だんだんとかすかになっていく匂いは、願い虚しく昼にはすっかり消えていた。戻ってこないかと縋るように祈っても無駄だった。
取り戻したと思ったものが消えると、取り戻す前より苦しかった。イラつく気力もない。同僚たちの慰めに頷いて重い足取りで家に帰った。
希望は人間の匂いだけだ。昨日だって鼻が利かなかったのに、人間の匂いだけはわかった。それも失ってたらどうしようと思うと、鍵を開ける手が震えた。
ドアノブに手をかけて、ゆっくり開く。ドアの隙間からスーっとする香りが漂ってきて、ホッとしたら体から力が抜けて涙が流れた。迎えに出てくれた人間に抱き付いて香りを思い切り吸い込む。
失ってなかった。失ってない。そのまま抱きしめていると、人間の手がそっと背中にまわった。ぎこちない腕の弱さがもどかしく、それでも抱きしめ返してくれたことが嬉しかった。
全部失くした俺を慰めるように、人間の柔らかい手が背中を撫でる。
「……あの、どうしました?」
「いや、なんでもねぇ」
目を擦って見下ろすと、人間が困った顔をしてた。
今すぐあの香りに包まれたかった。唯一感じられる香りを、胸いっぱいに嗅いで舐めて味わいたかった。人間の優しい柔らかな肌を味わいたかった。
ベッドに押し倒して覆い被さる。人間は大人しくされるがままだ。首に鼻を押し付けて匂いを嗅ぐ。昨日と同じだ。服を脱がして舐めしゃぶった。
助けて欲しい。俺だけがのけ者だ。この世界から俺だけが排除されてる。怖いんだ。この香りに包まれてたら満たされる。助けて、助けてくれ。
下の毛をかき分けて割れ目の中に舌を押し込む。いくら舐めても舐めたりない。もっと欲しいんだ。
それでも腰の疼きが止まらなくなって押し込んだ。
じっとしてる人間の口に舌を捩じ込んで短い舌に絡め合わせた。腰を振りながら舌を絡めると、人間の荒い息がわかって焦りが少し落ち着いた。人間を抱きしめて射精する。あの香りをまとう唾液を味わって飲み込みながら、必死で腰を動かした。
何度目かの射精で落ち着き、首元に鼻をこすりつけて匂いを嗅ぐ。胸を痺れさせる香り、人間の汗の匂いに俺の匂いが混じってる。
俺の匂い?
ハッとして顔を上げ、空気を吸い込むと部屋の色んな匂いが俺の中に入ってきた。
また戻った。また。失くしてない。
泣きそうになって顔を覆うと、そっと腕を撫でられた。人間が心配そうに眉毛を下げて俺を見てる。
弱っちいくせに俺を心配してんのか。奴隷にされてんのにバカだな。
思わず笑った。
「ハハハ、なんだよ、心配してんのか、ハハハ、バカだな」
ひとしきり笑った後、ずいぶん久しぶりに笑い声を出したと思った。匂いを失ってからずっと苦しかった。俺だけが何も関係ないものみてぇで。楽しいコトなんかなんもなくて、空っぽのままだった。
困った顔の人間を眺めて、柔っこい頬を撫でる。
この人間の匂いを嗅いでからおかしい。なんで急に匂いが戻ったんだ? 匂いを嗅いだから? でも、仕事に戻ったあとは変わりなかった。
匂いが戻ったのは、抱いたあと。抱いたからか? でも、抱いたからって匂いが戻るっておかしいよな。
戻ったとも言えないか。今日みてぇに途中で匂いが消えるかもしれねぇ。
この考えに寒気が走り、ブルっと体が震えた。人間を強く抱きしめて匂いを嗅ぐ。二回とも抱いた後に戻ったんだ。また抱けばいい。そしたら戻るはず。
自分を落ち着かせるために強く言い聞かせた。
ややあって腹が減ってるのに気づき、シャワーをあびて服を着た。屋台通りまで走って旨そうなメシの匂いを嗅ぐ。ああ、これだ。俺は生きてて腹が減って旨いメシを食うんだ。
たったこれだけの当たり前のことが嬉しくて飛び跳ねそうだ。
匂いを嗅ぎまわって、今日の腹に入れる物を探す幸せを噛み締めた。
応援ありがとうございます!
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