誰がための香り【R18】

象の居る

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15.疫病調査への協力

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 ぎこちなく、でも表面上はいつも通り過ごしてたある日、兵団の団長に呼び出された。出向いた団長の部屋には見たことない男も一緒にいた。

「急に呼び出して悪いな。こちらは疫病の後遺症を調査している魔術師のカーター・ルイス殿だ。お前の後遺症が良くなった経緯を話してくれ」

 良くなった経緯って、あれか、リディとのことを話せって?
 あまりのことに動揺して目が泳ぐ。

「え、えー、良くなったといっても一時的に後遺症の症状が消えるだけで、治ったわけでは」
「一時的でも症状が消えるのは聞いたことがありません。調査の取っ掛かりを掴みたいので思い当たることをすべて教えてください」
「個人的なことですので」
「この調査は国の事業です。兵団に勤めるさいに国への貢献を誓ったのでは? 最大限の協力を取り付ける命令書も発行できますが」
「……別室でもよろしいでしょうか?」
「では、別室でうかがいましょう」

 応接室に2人で入り向かい合わせに座った。

「後遺症が良くなった事例は俺以外ないんですか?」
「多少の緩和が報告されましたがごくごく一時的なもので、原因を追えないのが現状です。症状が消え、しかも継続しての解消はあなただけなのです。解消のきっかけをお話しください」

 いつもならなんとも思わない鋭い視線も、リディとのことを話さなきゃいけないとなると尻の座りが悪い。

「俺は後遺症で鼻が利かなくなったんですよ。よっぽど強い刺激臭じゃないとわからないくらいに。それなのに、ある人間の匂いがわかったんです。だからその人間を買って……ええと、たぶん体液を摂取したせいだと」
「体液をね、ふむ。なぜわかったんですか?」
「あー、症状の消えてた時間で予想しました」
「どのように?」
「……いつもの体液よりも濃い匂いが、血からしたんです。血を摂取したら、普段より効きが長持ちしたんでそうかんがえました。それに、それ以外で変わったことがないんで。今のところ夜に摂取したら昼前まで持ちます」

 血を摂取したときの状況を思い出して一人で気まずくなってたら、カーターが冷静な声で淡々と話を続けた。

「ではその人間の血液を採取させてもらいます。それを調査しますので」
「え、あ、どういう」
「腕を切って血を取ります。いますぐその奴隷のもとへ案内してください」
「今すぐ?」
「はい。こちらの研究室に出頭してもらってもいいですが、話も終わったことですしこのまま移動したほうが時間も節約できますから」

 調査室にリディを連れていったら嫌な思いをするかもしれない。そう考えると家で会わせたほうがいいように思えた。
 団長に伝えてカーターと一緒に家に帰る。玄関を開けたらリディが不思議そうな顔で出迎えた。

「リディに頼みがある。血をわけて欲しいんだ」
「血を?」

 不思議そうに見返すリディにカーターが冷たい視線を向けた。

「お前の体液が疫病の後遺症に効くそうです。調査するために血を抜きます。これは国の事業ですから断ることはできません。腕を出しなさい」
「え? 後遺症?」
「この方の後遺症が緩和された原因は、お前の体液のせいらしいですからね」
「……まあ、そういうことだ。悪いけど」
「……はい」

 カーターはテーブルの上に瓶とナイフを並べ、リディを椅子に座らせた。左腕を取って手首の青い筋をナイフで切りつけ、ビンを下に置いて血を受ける。
 歯を食いしばって痛みをこらえているリディを抱きしめたいのに、カーターの目が気になって何もできない。
 ポタポタとビンに落ちる血は赤い。俺と同じ。血の流れが悪くなるとカーターが傷口を広げて血を取り続けた。リディの呼吸が荒いのに気付き、見ると顔色が白くなっていた。慌ててリディの傷口を押さえて血止めをする。

「おいっ、もう終わりだっ」
「そうですね。これくらいにしておきましょう」

 カーターは半分くらい溜まった血を眺めてビンにフタをした。

「傷口を塞ぎますので腕をこちらに」

 カーターがリディの傷口に薬を塗って布を巻いた。リディは目をつぶってグッタリしたままだ。俺たちより小せぇんだから、血も少なくて当然だ。そんなことも気付かない自分に苛立つ。とにかく水を飲ませてベッドに寝かせた。

「これからしばらく血をいただきにきますので」
「体の調子が戻ってからだ」
「重要な仕事なんですけど」
「血を抜き過ぎたって死ぬんだぞ!?」
「……まあ、生かして搾り取るほうが利用価値はありますね」
「てめぇっ」
「獣人より人間を優先するんですか? 人間なんかにうつつを抜かして」

 カーターの冷笑にはらわたが煮えくり返る。

「……その人間が俺たちのためになってんじゃねぇか」
「今のところはそうかもしれませんね。どちらにせよ、またいただきにまいりますので」

 ドアから出て行ったカーターに二度と来るなと怒鳴りつけたかった。

「クソっ」

 断ったところで令状出されりゃ終いだ。リディは奴隷だから、下手に反抗したら財産接収で取り上げられるかもしれない。俺にできるのは、血を取る間隔をあけるように交渉することだけ。守りたいなんて思っても守ることもできやしない。情けねぇな。

 ため息をついてできることを考える。
 静かに寝かしとかねぇとな。血を失ったときにいい食いモンて、あったか?

「リディ、今日は何もしないで眠っとけ。帰りにメシも買ってくるから」

 そう言っておでこを撫でたら、色を失った唇だけを動かして返事をした。


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