24 / 31
24.嘘だって言って
しおりを挟むリディから一通手紙を受け取ったあとは何もこなかった。ヘイリーもマークが忙しくて会えてないと言っていた。
なぁ、リディ、もう話したくねぇの? もう俺のこと忘れた?
どんどん悪いほうへ考えてしまう。そんなことないと、俺から書こうとペンを持っても何も書けない。会いたいしか出てこない。そもそもリディのこと何も知らない。
リディがいなくなって半年が過ぎたころ、疫病の薬と同時に後遺症の緩和薬も出た。薬が効いてるあいだ後遺症が緩和される。継続して飲めば後遺症が落ち着くと説明された。
それと同じくして、リディの奴隷解放書類を受け取った。今回の疫病薬作成に多大なる貢献をしたため特別に市民権を与える、とのことだった。
その場でサインし、第三の事務方に提出する。
よかったな。もう奴隷じゃない。もう俺とは何の関係もない。
俺に一言も教えてくれねぇんだな。なんで紙だけ寄越すんだよ。なんでお前が持ってこねぇの? 反対すると思った? 市民権が貰えるから俺は用無しになった?
もう会いたくないってことかよ。
俺は捨てられたんだ。切り捨てられた。もう関係ねぇって。
からっぽの家にシラフでいられなくて酒を飲んだ。匂いがしても味がしても、ちっとも嬉しくない。俺になんも関係ねぇし。
こんなもん必要なかった。だいぶ前に作ってもらった奴隷解放の結婚誓約書類を床に放り投げる。あのとき、ほんの少しだけ期待した。俺はバカだから、笑ってくれてたから少し気持ちがあるって思ったんだ。
リディにとって義務だったのかもしれない。俺と寝るのも笑うのも何もかも。もうわからない。全部自分に都合のいい妄想だったのかも。
毎日酔っ払って寝て、目が覚めなきゃいいって思った。それなのに起きるたび思い出す。腕の中で眠ってた顔。小さいリディ。
休みの日、ドアを叩かれた。二日酔いの頭に響く。放っておいたのにいつまでも叩くからイラついて、怒鳴りつけようとドアを開けた。
「うるせぇっ……、あ、……え?」
フワリと香った匂いが言葉より早く伝える。胸が掻き乱れて動けない。
「……お久しぶりです。あの、入っても?」
「あ、ああ」
部屋の中に入ったリディはしかめっ面をした。
「汚ない」
「……うるせぇ」
たしかに酷い。
「……薬飲んでます?」
「ああ」
「効いてます? 匂いしてます?」
「効いてるって。臭ぇってわかってるし」
「なんで臭いままなんですか?」
「いーだろ。なんだよ、……いねぇのに」
そうだよ、俺一人なんだから関係ねーだろ。俺なんかどうだっていいんだから。
急に胸が痛くて苦しくなった。息が上手く吸えなくなる。
「何しにきたんだよ」
「……挨拶に」
「いらねぇ。書類なら出したから心配しなくたっていい。もう関係ねぇんだから。俺のことなんて」
捨てたんだろ。
リディが困った顔をする。
笑ってほしかったのに笑ってほしくない。俺のいないとこで楽しくやってるなんて、教えないでくれ。
ため息をついたリディが、踏みつけそうになった床に散らばってるゴミを拾った。
「奴隷……結婚……?」
「……そっちのほうが奴隷解放より金がかかんねぇって言うから」
「……結婚、しようと?」
「奴隷解放に金が足りねぇからだ。もう関係ねぇんだから捨てる。もう帰れよ。元主人に挨拶なんか必要ねぇ。じゃあな」
バカみたいな自分が恥ずかしくて泣きそうになり、目をそらした。リディの動く気配がする。リディが出ていく。俺を置いて。
嫌だ。行くな。
口には出せない。もう捨てられたのに。
涙が出てくる。
リディ、会いたかった。会いたかった。会いたかったのに。
リディ。
「リディ」
声が勝手にこぼれた口を咄嗟に押える。
「……ジェイク」
俺の名前に香りが絡んだ。
俺を呼ぶな。その声で呼ぶなっ。
「やめろっ! ……捨てるくせに、……呼ぶなっ」
嫌だ、俺を捨てないで。胸で暴れまわる言葉が喉を締め付ける。
「好きです」
リディの声が耳の内側へ届いた。
……ホントに? だって、捨てたのに。
「……嘘だ。ウソだっ、何も言わねぇで、勝手に捨てただろっ! 書類だけ寄越してっ! 一度も会いにこないでっ! 俺と関係なくなって! ずっと、待って」
嘘だと言ってほしいことが口から出た。嘘だって言って、リディ。
答えが怖くて涙が出てくる目を覆う。
「会いたかった」
「嘘、……うそだ」
「ジェイク」
抱き付いてきたリディの体は小さくて温かくて、抱きしめる腕の力は弱い。前と何も変わってない。
なんでだよ。
リディを除けることもできない。ずっと会いたかったのに。待ってたのに。できるわけない。
「……なんで」
「書類はマークが準備したんです。私を驚かそうとして内緒で。驚きました」
「……ホントかよ」
「本当です。私、ジェイクが私のこと必要なくなったんだと思って」
「俺が言うわけねぇだろっ」
「本当ですか?」
「……ホント」
俺に抱きついてるリディを抱きしめた。
やっと、やっと俺の腕の中。すっぽり入るリディを抱きしめて匂いを嗅ぐ。変わらない香り。俺を惹きつける香り。
「嬉しい」
そう言って笑ったリディを抱き上げて、ベッドに連れ込んだ。
もっと聞きたい。もっと言って。ホントだって言ってほしい。
「なぁ、俺のこと好きってホント?」
「本当です」
「……俺も。リディ、リディ、会いたかった」
唇を舐めたら、軽く舌を咥えられた。そのまま口の中を味わう。上顎をくすぐったら声をこぼすから、もっと聞きたくて胸を揉んだ。
「っんぅ、……ぁあ、……あ」
ビクつく小さい舌を絡めとって味わう。可愛いリディ。
上着のボタンを外したのに、中のシャツにもボタンがついてる。すぐに欲しいのに。
「あー、なんでこんな面倒くせぇ服着てんだよ。いつものでいーじゃねぇか」
「っふ、ふふ。また面倒って言う」
「もっと脱がせやすい服にしろよ」
リディは笑って俺を見る。笑ってる。
「なぁ、ホント?」
「何がですか?」
「さっき言ったこと」
「ジェイクが好き」
「うん」
リディを抱きしめる。ホントにいる。俺の腕の中だ。
「なぁ、いつ帰ってくんだよ」
「帰ってきてもいいですか?」
「帰ってきたくねぇの?」
「帰ってきたいです」
「このまま、リディ、このままいろよ」
もう離れるのは嫌だ。
「私、働き口ができました。魔術研究所に」
「は?」
「魔力が結構多いらしくて、研究に使えるからって。それで、私も魔術を少し覚えました」
「……だから、帰ってこねぇって?」
「ここから通ってもいいですか?」
「ホントに? 家から通えねぇ距離だって言ってただろ」
「本当です。私は嘘ついたことないですよ」
「そうだな。そこまで喋ってねぇ」
そうだ、もっと喋ろよ。声が聞こえねぇだろ。
腕の中のリディに頬ずりする。
「今日は一度帰って引っ越しするって言いますね。また明日に」
「嫌だ。今日だ」
「荷物もあるし」
「じゃあ、今取りに行く」
「ええ?」
「それがいい。続きしてから、荷物取りに行って帰ってくる」
「続き?」
きょとんとしてるリディの服のボタンを外す。
俺はずっと待ってたんだから、もう待てない。
スカートはリディが自分で脱いだ。下着も脱がせて裸のリディを抱きしめた。リディの香りを胸いっぱいに吸う。
最初から変わらない、爽やかでちょっとスパイシーさが混じる、スッとする匂い。胸が騒いで手に入れたくなる香り。
もうなんだっていい。リディが手に入るなら、あとはどうだっていいんだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
319
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる