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23.望まないこと望んだこと Side リディア
しおりを挟むそうこう悩んでいるうちに忙しくなった。
寒くなって疫病患者がまた増えだした時期、疫病に効く魔力を含んだ薬草を突き止めた。それは昔からある民間の傷薬に入ってる草で、作る家庭によって入れたり入れなかったりするのが見逃しの原因だった。
薬草そのままじゃ効果が弱すぎて使えない。私の魔力で底上げするか、どんな方法があるのか。被験者に継続して摂取してもらい、効果の確認をしながら色んな方法の魔力付与を試した。
集中力が必要な魔力付与でくたくたになり、ペンを手に持ったまま眠ってしまう日々が続いた。
休みなしの一ヶ月、研究所にきて半年が過ぎたころ、ようやく薬が形になった。小瓶に入った薬草の濃縮液は疫病患者を助けて、死ぬ人をグッと減らした。報告を受けるたびに研究室の人たちと喜びをわかち合う。
私のやることは終わってジェイクのところに帰れるのかなと思っていたある日、マークに話があると言われた。2人きりの部屋で向かい合わせに座る。テーブルの上にはマークが淹れてくれたお茶。初めてここに来たときみたいだと思った。
「ありがとう、リディアのおかげだよ」
「協力しましたけど、見つけたみなさんの力です。おめでとうございます」
「ハハハ、ありがとう。で、提案なんだけどこのままここで働かない? 魔力の扱いはすごく良くなったし魔力量も多い、魔術陣だって書けるようになった。この国の魔術はまだまだ発展途上なんだ。リディアの力を貸してほしい」
私がそんなに役立つってこと?
嬉しくて顔が熱くなった。
「嬉しいです。でも、私は奴隷なので」
「大丈夫! これ見て!」
「……奴隷……? すみません、難しい言葉がまだ読めなくて」
「そっか、ごめんごめん。これは薬の開発に大きな力となったリディアへの贈り物です。奴隷身分から解放して市民権をもらいました!」
「……え?」
「驚かそうと思って。リディアの貢献度からしたら当然なんだけどね」
「えと、ジェイクは?」
「ちゃんと奴隷解放書類にサインをもらったよ。現主人の許可は必要だからね。すぐに同意してくれるなんていい人だね」
「……そうですね」
得意気なマークに合わせて笑った。
奴隷からの解放は喜ぶことだよね。でも、なんでこんなに胸が痛い。ジェイクに捨てられた気がした。ううん、優しいから同意してくれたんだ。でもそしたら、私と無関係になっちゃう。
「……もしかして、余計だった?」
「あ、いえ、びっくりして。ありがとうございます」
「それならいいんだけど。しばらく休んで考えてみてほしい。ここがこの国で一番、人間が働きやすい場所だと思う。無理でも市民権はそのままだから気にしないで」
「ありがとうございます。もう一人で外に出かけても大丈夫ですか?」
「うん、薬も市販になったし大丈夫。防御魔術陣も、救援魔術陣も描けるでしょ?」
「はい」
「人通りの多い場所を歩くようにしてね」
「はい」
マークに返事をしているあいだも心臓がうるさく響く。
会いにいって話さなきゃ。会って。もう一度、会いたい。会いたい。
外出の用意をしようと研究室のドアを開けたら、誰かにぶつかりそうになった。
「すみません」
「いや、こちらこそ。……君は、リディア・ニコラエワさん?」
「はい、そうですが」
落ち着いた年配のオオカミが微笑んで私を見下ろしてる。
「少し話をしたいんだが、いいかな?」
「……はい」
偉い人なのかもしれないから、断れなくて頷いた。
ぜんぜん知らない人が何の話だろうかと不安になる。案内されたのはその人の研究室だった。向かい合って座る。
「君は第五兵団のジェイク・エドワーズの奴隷だったということで間違いないかな?」
「はい」
「初めまして、私はジェイク・エドワーズの父です」
「え、は、初めまして」
ジェイクのお父さんは驚く私に穏やかに微笑んだ。
「仕事ではなく、ジェイクの話を聞きたくてね。大丈夫かな?」
「はい」
ジェイクのお父さんも人間が嫌いなんだろうか。穏やかに微笑んで静かに話すのに、急に怖くなる。
「書類で見たのだけど、ジェイクの奴隷だったらしいね。その、……ジェイクは君に辛くあたってなかったかな?」
「え、いえ、すごく優しくしてもらいました。具合の悪いときは看病もしてくれましたし、薬を苦いと言ったら蜂蜜もくれて」
「看病を?」
「はい。奴隷なのに仕事ができなくても、気にしないで寝てていいと言ってくれました。ぜんぜんです。辛いことは1つもありませんでした」
「そうか、……安心したよ」
「はい」
「あの子はなんというか、私が不甲斐ないせいなんだけれど、私の父の影響が大きい部分があるんだ」
なんの話だろう。じっと話の続きを待った。
「父は戦争で捕虜になってね、まあ色々あったんだ。そのせいで戦争が終わった後もずっと人間へのわだかまりが残って、それをジェイクにぶつけていた部分があるんだよ。私が諌めても聞く耳を持ってもらえなくてね。私も父の辛い体験を否定できなくて。ジェイクには辛い思いをさせてしまった」
『人間なんか』の話だ。
なんて言っていいかわからず、何も言えず押し黙った。
「いや、すまない。私の言い訳だな。実家に顔も出さず連絡もないから、どうしてるかと思ってたんだ。そうしたら、君の褒賞の書類にジェイクの名前がでてきたものだから驚いて。少しは君たちに協力できたと思う。これからももちろん、私にできることは協力するから言ってほしい。今更だと思うけれど力になりたいんだ」
「いえ、ありがとうございました」
「ジェイクにもよろしく伝えてくれ。家に顔を出してくれたら嬉しいと」
「はい」
「話に付き合ってくれてありがとう」
ジェイクのお父さんの親切心にお礼を言って部屋を出た。いっぺんに話しを聞かされて頭がいっぱい。
お父さんは、奴隷解放をジェイクと私が望んだって思ってる。ジェイクも望んだの? こんなふうに終わりがくるなんて思ってもなかった。後遺症の調査に協力するっていうのは、今みたいに薬ができて私が不要になるってことだったのに。私は本当に何も気づかない。
私は奴隷のままジェイクのところにいたかった。でももうそれは望めない。どうしたらジェイクと一緒にいられる? ジェイクが望まないとしたら?
ギュッと目をつぶって歯を食いしばった。今の私には仕事も住む場所もある。だから大丈夫。ジェイクに望まれなくても大丈夫。
ジェイクにお父さんの話も伝えなきゃいけないから。会いに行くための用事ができたことにホッとした。
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