22 / 31
22.魔術研究所 Side リディア
しおりを挟むSide リディア
マークと一緒に行った食堂は、雨の日の屋台通りみたいに人がまばらだった。みんなそれぞれ自分のことに没頭してるようで、視線を感じないのはありがたい。
自分の食べたい料理をお皿に取っていくらしい。揚げパンはなかったので、薄焼きパンとそれに挟む野菜と肉を選んだ。マークはトレーいっぱいに色んなものを乗せている。
「通いもいるから今は少ないけど、昼は混むんだ。僕も住み込みなんだよ。あとで部屋を教えるから、何かあったら気軽にきて。あーでも、研究室にいる時間のほうが長いかもしれない」
「忙しいんですね」
「疫病調査は手探りでしらみつぶしに調べてたからね~。成果をせっつかれるし。まあ、かなり怖い病気だからしかたないんだけど」
翌日は研究室に行き、勤めてる人たちと挨拶をした。
カーターは不機嫌そうにしている。申し訳なく思うけど、マークのいうとおり個人の話だから私が謝る筋合いはない。
指導係になったマークが魔力の扱い方、魔術陣の構造、魔力を留めておけるのは水分しかない、などの知識を説明してくれた。
「魔力もいろいろ決まりがあるんですね」
「うん。魔力が一人一人違う形だっていうのも最近わかったばっかりだから、まだまだわからないことだらけなんだけど。リディアはここに置いてあるものに魔力付与してね」
「はい」
魔力付与した水は疫病患者へ渡されるらしい。
私は毎日、魔力付与を行い、魔力操作の訓練をして、似たような魔力型がないか薬草や食物と魔力を比べ、魔術陣と文字を教わって、仕事が終わったら部屋で復習をした。
大量に魔力を消費するとすごく疲れ、夜はすぐに眠ってしまう。消費し過ぎると回復が遅れるから、7分目くらいをめどにするよう言われた。毎日同じくらいの魔力付与できたほうがいいので、無理して回復できないほうがよくないと最初にしっかり言い含められた。
充実した毎日は忙しくてあっという間に過ぎていく。
マークに聞いていたここで働く人間を、お昼の食堂で何人も見かけた。話してみたいけど『人間ですね』って変な話題だなと思って何もできないでいる。
私のお喋り相手はマーク。いつもにこやかで楽しそうにしてるから気が楽だ。私は村でもこんなふうにお喋りする相手はいなかった。
仕事の手を止めると落ち着かないし、娘らしい話は私なんかに似合わないと思って話の輪に入っていけなかった。楽しそうな妹を見て、仕事もしないで喋ってばっかりと思ってた。羨ましかったんだと今ならわかる。
マークは私が何を言ってもバカにしたりからかったりしない。それがこんなに気が楽だと知らなかった。
魔術師はみんな、魔術や研究のことばっかり話してる。誰が何したって噂ばかりの村みたいに、私のことも陰で話してるんだろうって思わずに済む。それは本当に、笑いだしそうなくらいすがすがしい気分だ。
それでも寂しいときは、ジェイクがくれた一匙の蜂蜜を思い出した。何もしなくてももらえた優しさに幸せを噛み締める。
眠る前や、ふと気が緩んだときはジェイクが思い浮かんだ。
元気にしてるだろうか。シャツは着替えてるかな。きっと部屋は散らかってる。後遺症の薬ができたらジェイクは喜んでくれる?
ジェイクに連絡したい。でも、何もできてないから話すことはない。私のこと忘れてない? 会いたいな。ジェイクに会いに行きたいけど、家にいるのは夜だろうから警護の人も遅くなって迷惑だろう。仕事場にいったらもっと迷惑だし。伝言頼む? でも、元気ですかぐらいしか話すことがない。
研究室にも慣れて季節が変わった頃、マークから手紙を受け取った。
「これ、宛先不明の中に紛れてたけど、『リディ』ってリディア宛でしょ? 差出人がジェイク・エドワーズだし」
「え? ジェイク・エドワーズ? ジェイクってそんな名前だったんですか」
「ハハハ、お互いに名前知らないの? ハハハ」
「ジェイクは私の名前知ってると思うんですけど。なんだろう、面倒くさかったのかな」
「ハハハ、そんな理由なの?」
「……ありがとうございます」
マークは大きな体を揺らして笑い、私はジワジワ嬉しさが湧いてきた。
ジェイクから手紙。手紙なんて絶対に書かなそうなのに。絶対に面倒だって言うと思うのに、私に。
胸がギュッとする。すごく嬉しい時も苦しくなるんだ。
字が書けなかったから手紙なんて思いつかなかった。そっか、もう私も手紙が書ける。ジェイクに返事が書けるんだ。
仕事が終わって部屋に戻ってから、フチを切って便箋を取り出した。耳元で心臓がなってるみたい。
そっと開くと一行だけ。
『メシをちゃんと食え』
ジェイクらしくて笑いがもれた。ぶっきらぼうな声を思い出す。撫でてくれた大きな手を。出発した日は心配だって抱きしめてくれた。
目から涙がこぼれて手紙に落ちた。
会いたい。嬉しい。
そのままの私を気遣ってくれた優しさを思い出して頬が濡れる。
何を書こうか。薬の話は書けないから、私のこと。字を習い始めた。ご飯が美味しい。そうだ、宛名が間違ってたって書かなきゃ。会いたいって書かれても困るよね。じゃあ揚げパンを食べたいにしようかな。一緒に買いに行ったこと思い出してくれたらいい。
ちゃんと勉強してるって見せたくて書類を見本に書いたあと、マークに間違いがないか見てもらった。
「恋人の手紙でしょ? 僕が見ていいの?」
「恋人じゃありませんし、変なこと書いてません。お願いします」
「じゃあ失礼して。……公文書みたいだけど、このままでいいの?」
「はい、間違ってるとこあります?」
「いいならいいけど。えーと、こことここが」
綺麗な文章のほうがいいに決まってる。こんなに書けるって驚くかな。
マークに教えてもらった部分を直して手紙を出した。
また手紙をくれるかと返事を待ったけどこなかった。
やっぱり面倒だから。心配してたけど、ご飯食べてるって返事したから安心したってことかも。
こない理由をいろいろ考える。私から出していいのかな。しつこくない?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
319
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる