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9.喜びを知った Side 先生
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呪い付きになっても最初はまだいい。討伐で活躍できるようになることは慰めにもなる。だが、その状態が長く続くと心が疲弊してくる。寮にいれば呪い付き経験者がおり、大分まともな付き合いをしてもらえるが、寮をでたら酷いものだ。
自分の体が変形して魔獣と似たり寄ったりな気味の悪い姿になっただけでも心に影を落とすのに、同情と憐れみと嫌悪がないまぜになった視線を始終浴びて、貼り付けたような愛想笑いをされる。
追い打ちをかけるように身体的接触はあからさまに避けられ、自分の周りだけ他人がよけて歩く、あるいは顔を背け足早に通り過ぎる。それが続くことにいったいどれだけの人間が心折れずにいられるだろう。
ハンスは呪い付きになって2年が経つ。このところ自嘲以外の笑顔など見ていなかったのに、今日は曇りのない笑顔だ。そのことに、驚く。
「先生、俺のこの姿を嫌がられなかったの初めてだったんです」
ハンスは嬉しそうにはにかんだ。
呪い付きを嫌がらない? 期待が胸の中で膨らむ。自分からハンスに触れて買ってくれと願った? 楽しんだ? すごく? 朝まで?
衝撃で頭がくらくらした。私をずっと苦しめてきた願いの行き先がある気がして。しかし、まだ分からない。ハンスと話してハンスが気に入っただけなのかもしれない。
「……朝までとは、随分張りこんだな」
「先生、ミリが俺に抱かれて感じるんです。今の俺に。だってあんなに吸い付いて達するのだって演技だって思えなくて。でも、ミリが途中で気を失って眠ってしまって、はははっ、可愛くて朝まで一緒に眠りました」
屈託なく本当に嬉しそうに笑うハンスに、チリチリと嫉妬する。彼は受け入れられ救済された。私は? 私の願いは叶うのか?
会いたい。どうしても。
ハンスの薬を調合するため集中しなければいけないのに、期待が膨らんでソワソワと落ち着かない。調合が終わらないと出掛けることもできない、無理矢理集中して調合した。
本当に今度こそ私の望むものが?
昨日が初めてだから、上に命令されたから、ハンスに親切にしたのかもしれない。今日になったら嫌になっているかもしれない。確かめたい。本当に呪い付きでも平気かどうか。
娼館に入ると、すぐにその娼婦がやってきてハンスと笑顔で話すことに動揺した。本当に平気かもしれない。早く確かめたくてイーヴォを急かした。娼婦になりたてだからか、媚もせず私に会釈して二人で二階に消えた。
苛々と待つあいだ他の娼婦が私だけに話しかけてきたが、手を振って追っ払った。お前らが呪い付きを笑ってるのも、そいつと寝る娼婦を嘲ってるのも聞こえてるんだ。うんざりする。
二人が二階から降りてきてイーヴォとハンスが帰った。見送るときに口付けていた。まったく嫌がらずに。内心の驚きは言葉にできなかった。ただ、驚いた。
気が急くまま娼婦の腕を引っ張り二階へ行く。
部屋に入ってすぐ、ハンスとイーヴォのことを聞くと不思議そうに平気だと答える。本当に? 客が欲しいからではなく? 本当に? 見送りで口付けていた。本当かもしれない。
考えていると娼婦から質問を受けた。驚いたことに呪い付きのことを知らなかった。だからか? 呪いだと知らないから平気だったのか? いや、魔獣のように変形した体は訳を知らなくたって気味が悪いだろう。
もう一度ハンスの体のことを聞いたら、『可愛い』と。
一瞬、渇望し過ぎて頭がおかしくなったのかと思った。でも、彼女は言った。肯定した。あの、変形した体に好意の表現を使った。
彼女に服を脱がされ体を洗われる。体が熱くてたまらなかった。沸騰して混乱した頭でハンスとの行為をさらに聞く。感じると、しかも、あの変形した部分に感じると言った。
呪い付きと口付けた唇を、口内を蹂躙した。味わいたいのに興奮して自分を抑えられず滅茶苦茶に動かした。それなのに彼女の舌が私に応える。彼女の舌が私を迎えた。
ハンスの呪いを何度も聞く。彼女は嫌がらず不思議そうに答えた。呪い付きのことを聞くたびに顔をしかめられ、うんざりされていたのに彼女は不思議そうにするだけで普通に答える。
彼女はハンスを気持ち良かったと言った。あの変形した陰茎で感じたんだ。そして、私も迎え入れようとしている。呪い付きが入った彼女の膣の中に私自身を埋め込む。興奮し過ぎて何が何だか分からず、欲望と快感に支配され、ただただ彼女の中に欲望を吐き出した。
何回か欲望を吐き出すと頭の沸騰が収まり彼女を見ることができた。見目はたいしたことないが愛嬌がある。それなのに呪い付きに抱かれて喜び、それを私に暴かれ抱かれている。
呪い付きに抱かれて喜ぶ、彼女の欲望を暴きたかった。私の仄暗い欲望は彼女を引き摺り込むことを願い始めた。
彼女の体が私に吸い付く。私に反応して、私の欲望を彼女が何回も吸い取ってゆく。私の欲望の行きつく先。行き先はここだった。私の渇望は癒されて潤い、満たされた。
何回したのか分からない。水を飲むために休憩すると彼女が眠ってしまった。寝顔はあどけなく可愛らしかった。私の欲望に晒されたのに私を少しも警戒せず、ただ受け入れて信頼しているようだった。まだ、客から酷いことをされたことがないのだろう。だから眠れるんだ。
急にゾッとした。彼女が酷い目に合わされたら? 彼女にもっと良い客がついたら? 他の客から呪い付きのことで文句を言われて、私達を相手にしなくなったら? この喜びを二度と味わえなかったら?
心臓が掴まれたようで呼吸が苦しかった。
私は喜びを知ってしまった。彼女との行為は喜びだった。私の欲望の行きつく先だった。
また失って彷徨うのか? あてどなく求めて歩くあの惨めで苦しい日々をまた? 消えない欲望に焼かれて呻くあの時間をずっと一人で過ごす? この喜びを知ったあとで?
無理だ。今度こそおかしくなってしまう。
急に恐ろしくなり、彼女を見ていられなくなった。眠った彼女を起こさないように部屋を出て、朝までの時間を買って支払った。他の客に抱かれてほしくなかった。どの道もう夜明けが近かった。
仕事が始まるまで部屋で少しだけ眠った。夢の中のおかみさんは彼女になり、魔獣はハンスだった。ハンスに組み敷かれて喜びに打ち震える彼女を私は見つめる。そのあとで、彼女は振り返り私を受け入れた。
私ははっきりと自覚した。呪い付きを受け入れる彼女がみたい。呪い付きを受け入れた彼女を抱きたい。
娼館にいる彼女がこのまま呪い付き達の相手をし続ける保証はない。
奴隷の首輪をしてる娼婦は店の売り物でもある。誰かに買い取られたら二度と会えなくても不思議はない。幸い一番安い首輪をしている。今日のうちに彼女に買い取りを打診して店との交渉も済ませる。
呪い付き達と寝てもらうのは現状と同じ、他の客を取らなくていいぶん今より条件はいいはずだ。毎日じゃなくていいし、気分が良くなければ休んだっていい。私とも寝てくれるなら、できる限り希望は叶えるつもりだ。
応援ありがとうございます!
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